23.阿吽の呼吸
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いつもより少し緊張しながらカップに紅茶を注いでいく。
(なんで私が殿下たちの紅茶を用意しているのよ……)
もちろん顔には出さないが、心の中では愚痴をこぼす。
クリスティナ様が楽しみにしていた殿下の訪問。
いつもならクリスティナ様付の侍女のナンシーさんか、執事さんがお茶を用意するとのことで、私は二人の邪魔にならないように部屋の隅に控えているか他の仕事をしようと思っていた。
だが、クリスティナ様とお屋敷の人たちと一緒に殿下を出迎えた時に予定が狂った。
「やあ、クリスティナ!今日も変わらず美しいな」
「ようこそお越しくださいました。殿下も素敵ですわ」
相変わらずだなこの人はと思っていたら、メイドさんたちの中に紛れる公爵家のお仕着せを着た私を殿下は目ざとく発見した。
「はは、よく似合っているじゃないか。クリスティナやクライヴから話は聞いていたが本当に公爵家で働いているのだな」
気さくに話しかけてくる殿下に私はどうするべきか悩んだ。
殿下には平民でも友人であると言われたけれど、今の私は公爵家の使用人でもあるのだ。
普通に答えて良いものか、無言のままというのも失礼だと思うし、こういう場合はどうするのが正解なのか分からずにいると、殿下が言った。
「ああ、学園にいた時の様で構わないぞ。私たちは友人なのだからな」
そう言うと殿下はメイドさんたちに向かって「そういう訳だから、公爵邸にいる間は皆もそう認識してくれ」と話した。
「今日はマルカ嬢も同席するのだろう?」
「致しません。お二人の邪魔をするつもりはありません」
「べつに邪魔などとは思わないが……クリスティナも良いだろう?」
「ええ、もちろん」
「クリスティナもこう言っているしな」
「……」
私は思わず固まった。
もちろん顔には標準装備の微笑を貼り付けてはいるが、内心「馬鹿なのかしら?」と思った。
あんなふうに聞かれたら嫌だなんて言えないでしょうよ。
クリスティナ様は殿下の訪問をとても楽しみにしていたのだから、私がいるのは邪魔だと思う。
「……お言葉ですが、せっかく久しぶりに時間が取れたのですからお二人で過ごされるのがよろしいかと」
「遠慮するな」
「遠慮ではなく配慮です」
「それこそ無用な気遣いだな。私は同じテーブルにマルカ嬢がいても遠慮無くクリスティナに愛を語れるぞ」
「まあ殿下ったら」
ホホホじゃない、ハハハじゃない。
大人しく気遣われといてください。
「マルカ、私たち貴女とお兄様の話を聞きたいのよ」
「はい?」
「最近クライヴが楽しそうでな。理由を聞いたら……はははっ、これはもうマルカ嬢にも直接話を聞かねばと思ってな」
殿下はニヤニヤしながらこちらを見た。
なるほど。
揶揄う気満々ということですね。
「……殿下、私は今勤務中です」
「それで?」
「勤務中にお茶を飲んでお喋りをする馬鹿が何処にいますか」
「ここに」
そう言って殿下は私を指差した。
こら、人を指で指すんじゃない。
お行儀が悪いですよ、殿下。
「あらあら。私は馬鹿になりたくないのでご一緒出来そうにありません。残念です」
「少しの間くらい良いだろう?」
「良いですか、殿下?人はきちんと働いた報酬としてお給金をもらうのです。故意にサボるような輩に支払われるお給金はありません。そして私はお給金が欲しいのでサボりません」
言外にお分かりですか?と微笑んで見せれば、殿下は「融通が利かないな」と呟く。
そして何を思いついたのかクリスティナ様に向かって声を掛けた。
「クリスティナ」
「はい、殿下」
クリスティナ様は殿下の声に微笑んで頷き、私に向かって言った。
「マルカ、貴女には最初の給仕をお願いするわ。それが終わったら私たちと同じテーブルに着いて友人として一緒にお茶を楽しんでお喋りするの。これは命令よ?」
出た。
クリスティナ様の有無を言わせぬ笑顔の圧。
(や、やられた……。何よ、この殿下とクリスティナ様の阿吽の呼吸は)
殿下は名前を呼んだだけ。
クリスティナ様はそれだけで殿下の意を酌んでこの発言。
通じ合い過ぎていないか。
「マルカ、返事は?」
「分かりました。っていうか拒否権無いじゃないですか。友人というくせに命令とかずるいですよ……」
私が少し拗ねたように言うと、クリスティナ様は苦笑した。
「あら、仕方ないじゃない。マルカったら頑固なのだもの。勤務中だと言うからお仕事として与えただけよ」
「権力に負けた……」
「あら、それも仕方がないことよ。だって私は貴族だもの。使えるものは何だって使うわ」
ホホホと笑うクリスティナ様は実に貴族らしい。
「さあ、これで話はついたな。マルカ嬢に給仕をしてもらうのは初めてだな」
「……王族の方に給仕をするなんて初めてじゃなかったら逆に怖いですって」
私は溜息と共に二人の後を付いて行った。
そして冒頭に戻る。
なるべく音を立てないように3人分の紅茶を用意し、クリスティナ様と殿下の前に置く。
そして最後の一つをテーブルに置き、その席に私も座った。
「どうぞ」
「マルカ嬢の紅茶の淹れ方はずいぶん様になっているな。うん、美味しい」
「恐れ入ります」
「マルカは公爵家に来た時からある程度は出来ていたんですのよ」
「そうなのか?どこかで習ったのか?」
「孤児院にいた時に少し。あとはここでクリスティナ様の侍女のナンシーさんに教わりました」
ナンシーさんの淹れる紅茶は本当に美味しい。
茶葉の蒸らす時間とか色々あるのだろうが、同じ茶葉を使用しているはずなのに味に違いを感じるほどだ。
自分が淹れた紅茶を一口飲む。
(美味しいけど……うーん、80点ってとこかしら)
もちろん私が今出来る中では100点だが、やはり比べてしまうとこれくらいの点しか付けられない。
精進あるのみだ。
「さて、何から聞くかな」
殿下がニヤニヤしながら話を切り出す。
面倒臭い予感しかしない。
「……クリスティナ様はナンシーさんから聞いているんじゃないんですか?」
「初めのうちはね。でも最近はあなたたちの傍にナンシーを付けてはいないもの」
言われてみれば最近は部屋の扉を開けているだけで誰かが傍に控えているということがない。
「お兄様がね、視線が鬱陶しいと言うものだから」
「マルカ嬢を見ているのは自分だけで良いということか。分からなくも無いな」
「殿下、うるさいですよ。あ、すみません口が滑りました友人なので許してください」
「……クリスティナ。マルカ嬢が怖いぞ」
「あらあら。仲良くなられた様で何よりですわ。これがマルカの素ですもの」
(め、面倒くさい……)
「マルカ、口は滑らせても良いけれど、手は滑らせては駄目よ?さすがに問題になるから」
「気を付けます」
こうして始まったお茶会は私にとっては尋問のようなものになった。