22.好条件なお仕事
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(今日も良い天気ね……)
今は学園の長期休暇中(ちなみに期間は2ヶ月間)
休暇前の上級生の卒業パーティーで色々あって、住む所が無くなった。
学園の寮に入ろうと思ったが空きが無く、クリスティナ様のご厚意により公爵家にお世話になった。
そうしたらなぜかクライヴァル様に告白された。
こんな平民相手に何をとち狂ったことをと思ったが、どうやら本気らしい。
そしてこれまた謎なことに公爵様も認めて、クライヴァル様に頑張れとか言っているらしい。
本当にどうかしていると思う。
最初は1日だけお世話になるつもりだったのに、いつの間にか3日、5日とずるずる滞在することに――しかもその間はお客様、お嬢様扱い――これでは駄目だと思い、街に職と住まい探しに行こうとすれば全力で止められた。
しかし私の意志は固く、「ご厚意はありがたいが、これ以上この状態でお世話になるわけにはいかない」「正当な理由も無く甘い待遇に縋るような駄目な人間にはなりたくない」と言えば、そこまで言うならばとあることを提案された。
ちなみに、クライヴァル様が私に好意を持っているというのは私の中では正当な理由にはならないと言っておいた。
公爵家から出された提案というのが「住み込みでここで働かないか?」ということだった。
またとんでもないことを言いだしたと思ったが、よくよく聞けばもうすぐメイドさんが一人故郷に帰るということで、新しく人を雇おうと思っていたところだという話だった。
なんでも公爵家では公爵様が気に入った者でなければどんなに仕事が出来ても雇わないという決まりがあるらしく、新しい人を入れるまでに時間が掛かるのだという。
その点私なら問題無く、是非にと言われた。
それでもなんだか上手く丸め込まれているような気がして迷っていると、私の前にすっと一枚の紙が差し出された。
そこには公爵家での雇用条件が書かれていた。
・週休二日
・住み込み
・一日三食食事付き
・ケガや病気をした際の治療費は公爵家持ち
などなど、とんでもない好条件が並んでいた。
お給金も、地方から出てきた私にしてみればこんなにもらって良いのかと思うくらいで驚かずにはいられない。
将来のことも考えるとお金はあって困ることは無いし、公爵家で使用人としての経験を積めば、今後役立つに違いない。
(一日三食ついて、しかも寝床付き!街へ行ってもこれ以上の好条件は絶対に無いわね)
しかも、休暇中は一日を通して仕事があるが、学園が始まればそちらを優先させるということまで書いてあった。
至れり尽くせりである。
ここまでしてもらえるのならその分しっかり働いてみせましょう。
そんなわけで私の休暇中の職は決まった。
なぜか「食事は一緒に摂りましょうね」と公爵夫人やクリスティナ様に言われて家族水入らずのはずの食事の時間に私がお邪魔することになるとしても、たとえ雇用条件の最後の方に小さく“クライヴァル様在宅時はステファンの指示に従うこと”と書かれていたことに引っかかりを覚えても、甘んじて受け入れる所存である。
そんなわけで、私が公爵家で働きだしてしばらく経った。
掃除や洗濯なども孤児院にいた時にやっていたので、懐かしく感じたくらいで問題は無かった。
むしろ魔法が使えるようになった今の方が断然楽だった。
特に洗濯のお手伝いをした時には今まで手で絞っていた水分を、私が魔法でちょちょいとやったらとても喜ばれた。
天気が悪くなかなか洗濯物が乾きにくい日にも私の魔法は役立った。
仕事は楽しいし、役に立てて嬉しいし、みんな優しいし最高の職場である。
契約時に引っかかりを覚えた部分は簡単に言うと、クライヴァル様が屋敷にいる時はクライヴァル様の相手をしてあげてねということだった。
お出迎えやお見送りをしたり、お茶を淹れたり、話し相手になったり、とまあそんな感じだ。
面倒なことになったと思っていたが、ちょっとした話から深い話まで、博識なクライヴァル様とお話しするのは思っていたよりも楽しかった。
思っていたより、というのは失礼かもしれないが。
しかし時折「そういうところが好きなんだ」とか「君の顔を見ると一日の疲れが吹き飛ぶよ」なんて甘い言葉をしれっと差し込んでくるものだから油断ならない。
公爵家で働く人たちに優しくされればされるほど、クライヴァル様に好意を向けられれば向けられるほど、私はあることが心配になった。
その心配事をクリスティナ様に相談してみれば、「マルカって実はお馬鹿だったのかしら……」と溜め息混じりに言われた。
失礼な。
私は真剣に相談しているのに。
ただ馬鹿だと言いつつも、そこまで心配するなら今度殿下にも話してみたらと言ってくれたので機会があったら殿下にも聞いてみようと思う。
そんなやりとりがあった数日後。
今日はバージェス殿下がクリスティナ様に会いにいらっしゃるらしい。
少し前にお手紙が来ており、その時からクリスティナ様はとても楽しみにしている。
学園を卒業された殿下は忙しいようで、婚約者と言えども毎日会うということは難しいようだ。
時々王宮に上がった時にお会いしているようだが、ゆっくり時間をとってというのは久しぶりらしい。
クリスティナ様も近い将来王太子妃になるのだから王宮で特別な教育などを受けるのかと思ったらそうでもなかった。
「私を誰だと思っているのかしら?今さらそんなことを慌てて行わなければならないほど私は不出来ではなくってよ?」
にこやかにこんな風に言い切ってしまえるクリスティナ様は格好良いと思う。
口先だけの人間がそんなことを言ったら傲慢だと言われるだろうが、クリスティナ様は名実ともに完璧令嬢なので問題無い。
とは言え、時々王妃様主催のお茶会などに参加したり、公爵夫人が開いたお茶会に同席したりして社交界での手綱の握り方についてレクチャーを受けているらしい。
手綱を握る、という表現がなんだか恐ろしい。
何故か私も給仕のお手伝いをしたり、お茶会後の復習に付き合わされたりしている。
純粋に楽しんでいるお茶会もあれば、そうではなさそうな空気の場合もあって、「今回はせっかくのお茶菓子も喉を通らなくなりそうな回でしたね」と言ったことがある。
それに対してクリスティナ様は、大したことはないと笑ってみせた。
「国内貴族に馬鹿にされるようでは王妃なんて務まらないもの。私も同年代の方達には負ける気はしないけれど、これからは目上の方とも渡り合って行けるようにならなくてはね。ゆくゆくは王妃様のようにしっかりと手綱を握るつもりよ。王妃様はさすがに経験値が高いからとても勉強になるわ。マルカも覚えておきなさい。社交の場は様々な情報を得る場なの。得た情報をどのように活用するかはその者の腕次第よ」
か、格好良い!
私と同い年で、ここまで将来を見越して行動出来るなんてさすがは貴族の娘、王太子殿下の婚約者と言ったところか。
いや、違うな。さすがはクリスティナ様、が合っているだろう。
殿下もそんなところがまた良いのだと言っていた。
「私のクリスティナは美しく、気高く、それでいて愛らしい。その上時に勇ましくもあり……ん?マルカ嬢もそう思うか。よく分かっているじゃないか」
殿下のクリスティナ様への愛は留まるところを知らない。
重いと思うかもしれないが、クリスティナ様は恥ずかしがりながらも嬉しそうだし、私も殿下の言ったことには同意しかないので何の問題も無い。
そうそう、例の件での殿下が私に囁いていた甘い言葉は全てクリスティナ様に対して実際に言ったことのあるものだと知った時には驚いた。
私が砂を吐きそうになりながら耐えている姿を見て笑いを堪えるクリスティナ様に、同じ言葉を殿下から囁かれて恥ずかしがれば良いのだなどと思っていたが、あれらの愛の言葉はクリスティナ様にとっては聞き慣れた嬉しい言葉でしかなかった。
私だけがぐったりしただけだった。
私が過去の殿下とクリスティナ様との王宮でのお茶会を思い出していると、外から馬車の音が聞こえてきた。
どうやら殿下が到着したようだ。
相談したいことはあるが、まずはメイドとしての職務を全うするとしよう。
たぶんバージェス殿下はクリスティナへの想いなら、周りが「もうそのくらいで大丈夫です」と言うまで語り続けられます。