21.きっと気のせい
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「度々そのような事があったので、申し訳ないですがあまり信用できません」
私が今までに経験したことを簡単に話すと、クライヴァル様は眉間に皺を寄せ、静かに言った。
「私はそんな不誠実なことはしないし、君に抱くこの気持ちは勘違いではない。自分の気持ちは自分が一番よく分かっているつもりだ。例えマルカ嬢でも否定されたくない」
クライヴァル様の表情と少し低くなった声に、彼が怒っているのだと分かった。
「……すみません。出過ぎたことを言いました」
「いやっ、すまない。違うんだ。マルカ嬢に対して苛立っているんじゃない。今まで君の周りにいた男どもに腹が立った」
クライヴァル様は一つ大きく息を吐くと大袈裟に肩をすくめて言った。
「だってそうだろう?その男どものせいで私のマルカ嬢への想いを疑われているんだぞ。私は愛人など欲しくないし、愛する人はひとりが良い」
そう言うとクライヴァル様は私をじっと見て言った。
「そう、君だけで良いんだ。私は本気だよ」
「か、勘違いということは」
「ない。さっきも言っただろう?自分の気持ちは自分が一番よく分かっている」
「……でも気付いたの、昨日ですよね?それまでただの興味だと思ってたって仰ってましたよね?」
「うぐっ……それを言われると。だが、絶対に勘違いなどではない」
私の指摘にクライヴァル様は慌てたように言い返す。
「マルカ嬢に抱いている気持ちの正体に気付いた時、自分でも可笑しなくらい納得したんだ。それに、その」
「なんですか?」
クライヴァル様は私から目を逸らす。
「いや、何でもない」
「何でも無いって感じじゃないですけど……自分のことを知ってほしいと言っていたのにもう隠し事ですか?」
私がクライヴァル様の言葉を逆手にとってそう言うと、少し視線を彷徨わせてから観念したように言った。
「……今朝見送りをしてもらった際に思ったんだ。君が私の恋人であったなら父がしたのと同じように君の頬に口づけすることも許されるのに、と。しかも君が理想の夫婦像だなんて言うものだから想像が膨らんでしまった」
少し俯き加減で話すクライヴァル様の耳が微かに赤くなっている。
(何を想像したのよ、何を!)
「……」
私の冷めた視線に気づいたクライヴァル様が慌てて弁解し始めた。
「違うぞ!決してふしだらな事など考えていないからな!ただ、毎日おはようと言い合えたり、君が帰りを待っていてくれたりしたら幸せだろうなとか、そういった想像だ!」
「本当ですか?」
「本当だとも!爽やかな想像しかしていない」
「さわ、やかな想像……爽やか……ふふっ」
疑われたことを全力で否定するクライヴァル様の口から出た言葉に、私は思わず笑ってしまった。
だって爽やかな想像って何って思うでしょう?
慌てすぎて自分でも何を言っているのか分かってないんじゃないだろうか。
その証拠に、なぜ私が急に笑い出したのかクライヴァル様は全く分かっていないようだった。
「っふ、ふふ……爽やかな想像って、何ですかそれ。それを言うならささやか、ふふ」
「……ささやかと言ったよな?」
「いーえ、爽やかと仰いました、っふふ」
口元を押さえてくすくす笑う私を見てクライヴァル様は「そんな顔は、初めて見たな」と言って目を細めた。
そんな顔とはどういう顔だろう。
何度も言うが、私は控え目な微笑みが標準装備である。
曖昧に、やんわりと、心無い言葉を受け流す時だってこの表情は実に役に立つ。
多少の喜怒哀楽は乗るものの、クライヴァル様の前でも常に笑顔のはずだ。
「作り物でない笑顔を浮かべた君はなんて可愛らしいのだろう」
ふいに漏れた言葉と共に向けられた眩しすぎる笑顔に私の思考が一時停止する。
そしてその甘い言葉が自分に向けられたことを理解した瞬間、私の顔に一気に熱が集まった。
・・
・・・
おかしい。
おかしい、おかしい。
バージェス殿下に言われた時には何も感じなかったのに。
顔を赤くしたまま混乱する私に気付いたクライヴァル様は嬉しそうに笑みを深めた。
「……そんなに照れてくれるということは、私の言葉が少しでも君に届いたということだろうか」
「照れてません……!驚いただけです」
そうだ、驚いただけだ。
これは照れているわけじゃない。
殿下よりも顔が好みだから少し衝撃が強かっただけだ。
そうに違いない。
「顔が赤いが」
「気のせいです。驚いて体温が上昇しているだけです」
「ははっ、まあ今はそれでも良いか。昨日も言ったが私は勝手に頑張るからな。父にも昨日のうちに伝えてある」
「……公爵様は何と?」
「良い者を選んだな、と。頑張れとも言われたな」
そんな馬鹿な。
「ありえない……。一体何を考えてるんですか……っ!」
「もちろん公爵家の未来についてだろう」
「尚更意味が分かりません」
公爵家の未来を考えて、何がどうして平民を跡取り息子の相手とすることを認めるのか。
貴族同士の繋がりとか色々あるんじゃないのか。
頑張らせてどうするのだ、止めなさいよ。
「我が家は実力主義だからな。私が好意を持ったからということを除いても、君の能力を認めているということだろう」
「それクリスティナ様も言っていましたけど、そもそもその実力が見合っていないでしょう」
私が納得がいかないといったように呟けば、クライヴァル様は呆れたようにこちらを見た。
「マルカ嬢はどうにも自己評価が低すぎる」
まるで「何を馬鹿なことを言っているんだ、こいつは」と言わんばかりに溜息交じりに返された。
自己評価が低いということは無いと思う。
公爵様も認めているだなんて、それこそどこかで何かが捻じ曲がった過大評価だと思う。
「君はもう少し周りからどう見られているかを……いや、今はそんなことはどうでも良いんだが。ともかく私は本気だ。君に好きになってもらえるように精一杯努力する」
◆◇◆◇
「おやすみなさいませ」
ゆっくりと音を立てないようにクライヴァルの部屋の扉を閉めたステファンは、先ほどのクライヴァルの言葉に何とも言えない表情を浮かべたマルカの様子を思い出し、苦笑いを浮かべた。
最後のあれは「好きだ。君を全力で口説き落とす」と言っているようなものだ。
長年仕えているが、クライヴァルがあれほど異性に対して情熱的な男だとは知らなかった。
全ての女性に対し当たり障りのない態度で接し、以前の婚約解消以降特定の女性を傍に置かなかったクライヴァル。
そのせいで従者であるステファンとあらぬ噂を立てられたこともある。
クライヴァルにとってもステファンにとっても頬の引き攣るような迷惑な話だったが、クライヴァルに想い人が出来たと知られればそれもすぐに無くなるだろう。
相手がマルカだと分かれば様々な問題も出てくるだろうが、まあその辺はクライヴァルと公爵がどうにかするのだろう。
侍従の自分がどうこう考えることではない。
廊下を歩くステファンの足取りは心なしか軽やかだった。