20.私が冗談だと思う訳
夕食を終え、私とクライヴァル様はサロンに来ていた。
仕事から帰宅したら対話をと、予定されていた通りの場が設けられたわけである。
しかもこの時間をたっぷりとるために、普段より早い時間の夕食になったというのだから、公爵家総出の圧を感じる。
みんな親切な人たちなのだが、何だろう、怖い。
今も「二人でゆっくりね~」と言いながらみんないなくなった。
もちろん本当に二人きりというのはまずいようで、クライヴァル様の侍従のステファンさんと、クリスティナ様付の侍女のナンシーさんが壁際に控えている。
ただナンシーさんがこの部屋にいるのは、この後私とクライヴァル様の間でどのような話がされたのかをクリスティナ様たちに報告するためだろう。
私がクライヴァル様に変なことをしないか見張るためなのか、それとも面白がっているだけなのか。
ちらっとナンシーさんを見れば笑顔を返された。
(おそらく後者でしょうね)
まあ、どんな話をしたのかと後でまた聞かれるよりも手間が省けて良いだろう。
聞かれて困るような話をする予定も無いし。
クライヴァル様は私に奥のソファをすすめると、自分は昨日と同じようにテーブルを挟んで向かいのソファに腰かけた。
「マルカ嬢、クリスティナに押し切られたとはいえこのような時間をとってもらい感謝している。まずは改めて昨日の非礼を詫びたい。すまなかった」
そう言って頭を下げたクライヴァル様に私は慌てた。
いくら私的な場とはいえ、こう何度も公爵家の方に頭を下げさせるのは駄目だろう。
「あの、昨日既に謝っていただいていますし!お願いですから止めてください!もう気にしてないですから!」
私の声に顔を上げたクライヴァル様だったが、その顔はどこか残念そうだった。
何故だ。
「……気にされないのも、まあ、今はそれで良いか」
「え?」
「いや、何でもない」
何やらぼそっと呟いていたがその声は私には届かなかった。
「では改めて自己紹介を。私は少しマルカ嬢のことを知っているが君は私のことをほとんど知らないだろう?まずはそこから始めさせてほしい」
クライヴァル様は姿勢を正す。
「クライヴァル・アルカランデ、アルカランデ公爵家の長子で歳は19だ。仕事は王宮勤めの……分かりやすく言うとバージェス殿下の側近だな」
「殿下の?」
「ああ、殿下が学園に通われている間は王宮内の各部署に短期間で配属されていた。色々なところに繋がりを持っておいた方が今後のためになるという上からの配慮だが、殿下が卒業されたのでこれからは殿下の側近として働くことになるだろう」
殿下の側近ということは将来の国王陛下の側近ということ。
思っていた以上に大物だった。
よく考えたら普通の平民として過ごしていたら会うことも無かっただろう公爵家の方だった。
私の周りの高位貴族の人たちがあまりに気安く話しかけてくるものだから忘れかけていたが。
「では次はマルカ嬢の番だ」
「大体ご存じですよね?」
「そうかもしれないが、やはり君の口から聞きたい」
「……マルカ、歳は16です。両親は小さい頃に他界していて、魔力測定の前まではカルガス領にある孤児院にお世話になっていました。魔力測定後はご存じの通りです」
私が言い終えるとクライヴァル様は一言「駄目だな……」と呟いた。
「え?」
「なぜだろう。試験や面接のようになってしまう……もっと打ち解けた会話をしたいと思っていたんだが」
「はあ」
そうは言っても昨日初めて会話をしたのだからこんなものではないだろうか。
「そうだ!まずはお互いの好きなものの話をするというのはどうだろう?」
「好きなものですか?」
「ああ、例えば好きな食べ物や本など何でも良い。ちなみに私は甘いものが好きだな」
「甘いもの」
甘いお菓子などは女子供の食べ物と言われることも多い。
もちろん男性でも好きな人はいるだろうが、そういった理由からあまり自ら甘いもの好きを公言する人は少ない。
好きなものに男も女も関係無いし、好きなら好きで構わないと私は思うのだが。
周りの目を気にして好きな物を食べないなんて人生損だと思う。
「その……子供っぽいと思うか?」
「いえ、思いません。ただ男性は甘い物を好きでもそれを隠す方が多いようなので、今言葉にされたことが意外だなと思いまして」
「ああ、そうだな。色々言われることもあるから私も敢えて言ったりはしないな」
「私に言ってしまって良かったんですか?」
「自分のことを知ってほしいと思っている相手に隠すほどの事ではないだろう?」
不思議そうに見られた後、さも当たり前だとでも言うようにそう返される。
自分のことを知ってほしい、私のことを知りたいと言うが本気なのだろうか。
一晩経てば昨日の告白は勘違いだったと気付くのではないかと思っていのだが。
「マルカ嬢?どうした?」
どうしよう。
聞くべきだろうか。
(ええい!まどろっこしいのは好きじゃないのよ)
こういったことは早めはっきりさせておいた方が良い。
「クライヴァル様」
「なんだ?」
「はっきりさせておきたいのですが、クライヴァル様はどこまで本気なのでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「ですから、昨日私に対して恋情がどうのこうの仰っていましたが冗談ではないのですか?」
「冗談?」
「そうです。薄々分かっているとは思いますが、私は見た目で思われているような大人しい女ではありませんし、庇護欲を満たすような可愛らしい性格でもありません」
伯爵家にいた時は、面倒事を避けるためと諦めも半分あって、ただ大人しく笑みを顔に貼り付けて過ごしていた。
自分で言うのもあれだが、私の母様譲りの容姿は悪くない。
伯爵家に入ってからも容姿は磨かれて、黙っていれば「貴族の男性が好むような庇護欲をそそる儚げな美女」に仕上がったらしい。
そんな見た目に騙された男性から学園やパーティーで声を掛けられることもあった。
ただそれは本気ということではなく、みんな私が元平民だということを知っていたから遊びや面白半分が殆どだった。
後継ぎがいるのにわざわざ引き取った少し見目の良い魔力の高い少女など、家のための利用目的だということは他の貴族の目に見ても明らかだったのだろう。
それならば本妻にする必要などない。
従順で自分の欲を満たすような愛人であればそれで良いのだ。
愛人の立場でも一応の繋がりは作れるし、平民上がりの娘なら貴族に声を掛けられたら浮かれてコロッと落ちると思われていたのかもしれない。
私を落とすのは誰かと賭けの対象にされていたことも知っている。
非常に失礼な話である。
まあ、これも学園で殿下が私を傍に置き始めたことにより収まったのだが。
つまり何が言いたいのかというと、私は貴族の男性が囁く愛の言葉はあまり信用していないということだ。
「余計なお世話だとは思いますが、クライヴァル様の年齢から考えてもクライヴァル様のお相手となる女性は奥様になる可能性が高いと思うんです。それなのに公爵家の嫡男であるクライヴァル様が私のような平民に恋をするなんて通常なら考えられません。お遊びなのか勘違いなのか、どちらにせよ本気だとは思えません」
「遊び?……ちょっと待ってくれ。なぜそんな考えになるんだ」
私の言葉に眉を寄せたクライヴァル様に、私は今まで経験してきたことを話した。
遅くなってすみませんでしたぁぁぁっ!(;´Д`)。
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