2.面倒なことこの上ない
そして翌年の春、私は予定通り王立学園に入学した。
幸いなことに元々最低限のことは孤児院で学んでいたことと、伯爵家に入ってからマナーの授業を受けさせてもらっていたおかげでそこまで周囲から浮くことはなかった。
けれど、時々「平民上がり」と言う陰口を頂戴することもあった。
実際その通りなので気にすることも無かったが。
それよりも驚いたのは伯爵子息の態度だった。
伯爵家の中では夫人と一緒に顔を合わせれば嫌味を言われるばかりだったが、学園に入ると「私の可愛い妹です」と鳥肌の立つような言葉と共に学友に紹介され、「お兄様」と呼ぶことを強要された。
その学友の中にはこの国の王の息子であるバージェス殿下も含まれており、まさかの側近候補だということに、こんなのがこの国の未来を担っていくのかと思ったら不安しかなかった。
一体どういう基準で選ばれたのか謎である。
伯爵子息以外の人たちは、騎士団長の子や大臣の子らでバージェス殿下と同学年にこれだけの有力貴族の子が揃うことに貴族の計画性の凄さを知った。
だからこそ謎である。
たしかに伯爵子息は馬鹿ではないが、飛び抜けてどうこうというものも無いのに。
(まあこれ以上考えたところで私に分かるわけないし。一人くらい人間的に駄目な者が混じっていても周りが優秀ならどうとでもなるか)
なぜ私をわざわざ殿下に紹介する必要があるのかは疑問だが、学友の妹くらいの存在なら他にもいるだろうし、元平民など気にする存在にもならないはずだ。
伯爵子息の立場に関しても、自分が厄介事に巻き込まれず、民の生活に支障をきたさないのであればどうでも良い話だ。
レイナード伯爵家に引き取られたこと自体がすでに厄介な気もするが、そこはもうどうにもならないので諦めることにした。
そして私は入学後も淡々と毎日を過ごし真面目に授業を受け、少ないが友人も出来た。
真面目に学んでいるせいか成績もぐんぐん伸び、魔法も座学も常にトップ集団にいるようになっていた。
伯爵に言われたからでも目立ちたいわけでもなく、ただただ学ぶことが楽しかった。
思っていたよりも平和な毎日を送っていたのだが、ひとつだけどうしても嫌なことがあった。
伯爵子息がバージェス殿下のお傍に行く際、なぜか私を帯同させるのだ。
「マルカ、おいで」
「はい、お兄様」
止めてほしい。
一人で行けば良いではないか。
(私が一緒に行って一体何の役に立つというのか。ああ、周りの視線が痛い。文句は私ではなくヘイガン様に言ってほしい)
従順に返事をしつつも心の中では文句を言っていた。
一部のプライドの高い生徒の間で、私は「元平民の分際で優しい兄に頼み込んでバージェス殿下に近づこうとする女」と言われ始めていることを伯爵子息は知っているのだろうか。
貴方たちが「恥となるな」と言った存在に私はなりかけているというのに。
しかも貴方たちのせいで。
この情報がもし耳に入っていないのだとすれば、情報収集能力が低いと思う。
仮にも殿下の側近候補だというのならばそれくらいしっかりしろと言いたい。
言えないけれど。
そして、さらに厄介なことに初めはただの学友の妹だった私に向けるバージェス殿下の視線がだんだんと熱を帯びたものに変わってきたように感じていた。
会うたびに「君は奥ゆかしい女性だね」「貴族社会で慣れないことがあったらいつでも私を頼って」「今日も君に会えたことが嬉しいよ」「君が私と同じ気持ちでいてくれたら」「可愛らしい君に似合いの花だ」などと砂を吐くような言葉をかけられる。
なぜだ。
私が一体何をしたというのだ。
そんな要素どこにも無かっただろう。
本当に勘弁してほしい。
たしかに殿下は眉目秀麗、文武両道で人望もあり立太子も近いのではと噂されており、多くの視線を集める方ではある。
見た目も実際も王子様なのである。
言い寄られれば女性は皆喜ぶのだろう。
ただね、あなた婚約者がいるでしょうよ。
幼き頃に王家と公爵家の間で結ばれた婚約。
この学園に通う者なら誰もがその存在を知っている美しき公爵令嬢クリスティナ様。
彼女もまた美しさだけでなく、気品と知性を持ち合わせた完璧令嬢だった。
そんな婚約者がいながら私に愛を囁くなどクズの極み。
孤児院の子供たちならバカなことをするなと頭に拳骨を落とすところだ。
本当にもう関わりたくない。
他の側近候補の人たちがいる時は社交辞令程度で問題にはならないが、伯爵子息と一緒の時や二人になった途端に言葉に甘さが増す。
おかしい。
(もしかして伯爵子息がバージェス殿下に何か言ったの?)
面倒臭いことこの上ない。
殿下も殿下である。
将来この国のトップに立とうという方が伯爵子息程度の人間に振り回されてどうする。
しっかりしてほしい。
ただ少し不思議なのが、殿下は私に一切触れてこない。
私に手を伸ばしかけたかと思うと、急にぎぎっと身体の動きが硬くなるような素振りを見せ手を引っ込めるのだ。
いや、触れてほしいわけではなく、なんなら一生触れてほしくないので構わないのだが。
それに学園以外のところではクリスティナ様を蔑ろにすることも無く、パーティーなどもしっかりエスコートをされているらしい。
だからこそ、私から媚びを売っているだの愛人候補だの言われるのだ。
何が悲しくて自分から好きでもない相手の愛人枠を狙いに行かなければいけないのか。
貴族ってそういうものなのだろうか。
まだただの政略結婚の方がマシである。
ある時、問題にならない程度に友人に愚痴を吐いていると、まさかのクリスティナ様から声を掛けられた。
「ごきげんよう、マルカ様」
「ご、ごきげんよう」
「なぜ私が貴女に声を掛けたか……理由はお分かりかしら」
「……バージェス殿下の事でしょうか?」
「ええ。貴女も知っているとは思うけれど、私はバージェス殿下の婚約者です。殿下は将来この国を背負って立つお方です。そんな殿下の人望に綻びを作るわけにはいかないの。貴方どういうおつもりなのかしら」
スッと冷えた視線を向けられる。
美人が怒ると怖いって言いますよね。
ただ私は濡れ衣を着させられたくはないんですよ。
「発言よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「ありがとうございます。お言葉ですが、私のほうから殿下に声を掛けたことなどただの一度もございません。私は自分の分も弁えております故、クリスティナ様と敵対する気など毛頭ないということだけはお伝えしたく思います。もちろん殿下にはこの国の王子殿下であらせられるという感情以外は持ち合わせておりません」
一気に言い切るとクリスティナ様は少し驚いた表情で目をぱちくりさせていた。
「クリスティナ様?」
「……ごめんなさいね。聞いていた噂とずいぶん違うものだから」
「噂は噂。そこには少なからず伝える者の思惑や意思が介入いたしますので」
「そうね。貴女見た目と印象がだいぶ違うのね」
「?そうでしょうか?」
「ええ。まあいいわ。とりあえず今は貴女の言葉を完全ではないけれど信じることにします。もし他の方に何か言われたら私の名前をお出しなさい。貴女の言葉が本当である限り、私が盾になりましょう。お時間取らせてごめんなさいね。それでは」
そう言ってクリスティナ様は颯爽と去って行った。
「わざわざこのためにお一人で来られたのでしょうか」
「そうね。きっと一方の意見だけではなくマルカさんの意見も聞いた上で判断されるのよ。上に立つ者の鑑だわ。素敵よね」
本当にこんな素晴らしい女性を放ったらかして殿下は何を考えているのだと憤りを感じずにはいられない。
そして私は私と同じように殿下の態度に納得がいかない者、もしくはクリスティナ様の取り巻き(友人ではなく勝手に周りに侍っている権力目当ての者)たちによる嫌がらせを受け始めていた。
元平民の私が殿下の周りにいることも腹立たしいのだろう。
中には成績で私に負けてやっかんでいる者もいたようだが。
初めは足を引っかけられたりペンを壊されたりといった些細なものだった。
(お貴族様って自分の手は汚さないって思ってたけど、案外そうでもないのかしら。ペンもタダじゃないんだから!もったいない!)
私は違った方向に怒りを覚えたが、嫌がらせに関しては特に反応することなく過ごした。
けれど、それにもまた苛立ちを覚えたのだろう。
最近では外を歩いていると上から植木鉢を落とされたり、階段の上でわざとぶつかられたりといった傷害罪とも思えるような行動に出る者までいた。
しかし、面倒なことに特に目撃者もおらず、誰かに伝えたところで殿下が出てきても面倒なのでこれも放置することにした。
(私は今は不本意だけど一応伯爵家の人間。怪我をさせたらまずい人たちもいるはずだけど。植木鉢なんて当たったら下手したら命にかかわるじゃない)
もしくはそういうことにまで考えが及ばない人たちなのか。
こんな馬鹿な手法をとる人たちだからそうなのかもしれない。
ただし私も怪我をしたくはないので、自らにシールドの魔法をかけ自身を守ることにした。
この魔法、実に便利で一見するとシールドが張ってあるとはわからないようになっているのだが実際は身体全体を強固な膜が覆っている状態なのだ。
授業で習うレベルを超えた魔法ではあるが、全校生徒に開放されている学園の図書室には応用編としてその魔法が載っている本があった。
高い魔力を有し、伯爵家に戻っても何も楽しいことも無いので図書室に入り浸っている私にとってはこの程度の魔法は簡単なものである。
おかげで私は今日も無傷である。
悔しがる者たちの顔が浮かばなくもないが、そんな暇があるなら勉強しろと思わずにはいられない。
私にあの手この手で嫌がらせを仕掛ける情熱を勉強に回したら、きっと成績も上がるだろうに。
情熱の無駄遣い。実にもったいない。
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