18.公爵家の朝
「ふぁ~あ……、よく寝た。このベッド危険」
(シーツはサラサラ、お布団はふかふか。文句無し、最上級の寝具に完璧なベッドメイキング……ずっと寝ていられる)
朝起きて一番初めに思ったのはベッドの感想だった。
私の朝は早い。
これは孤児院にいた時の名残なのだが、貴族の令嬢はこんなに早く起きないということは伯爵家の養子になった時に知った。
私付の侍女より早く起きることが何回か続いた時に「私が遅いという嫌味でしょうか?」と言われて、それ以降は起きても着替えず寝衣を着たまま軽く身体を動かして待っていた。
今考えると、養子に迎えられた伯爵令嬢に向かって言うことではないし、着替えを手伝うどころか最終的には起こしに来ることも無くなっていたので嫌味の言われ損でもある。
(でも最初はそういうことも分からなかったのよね)
貴族の生活なんて私には想像もつかなかったし、関わりだって無かった。
(人生、何が起こるかわからないものよね)
王宮で両陛下にお会いしたり、公爵家の客間に泊まらせてもらっているなんてあの頃の私が知ったら驚くに違いない。
「白昼夢でも見たんですか?」とか言いそうな気がする。
でもこれは現実なのである。
驚け、過去の私。
初めて知った貴族は孤児院のあった場所の領主様で、母様や孤児院の先生から聞いただけだが素晴らしい人という印象だった。
次に知った貴族はもちろん私を養子にしたあの人たちだった。
伯爵家で働く人たちの中には下位貴族出身の人もいたけれど、私のことは大嫌いだったようで冷たく当たられた思い出しかない。
貴族は私のような平民を見下している方が多いのかもしれないと思った。
学園に通うようになっても私に対する風当たりは強かったように思う。
それはもちろん私の出自の問題だけでなく、殿下たちとのこともあったからだということは理解しているけれど、くだらない嫌がらせや下手したら怪我をするほどの悪質なものもあったことで私の中の貴族像は決して良いものとは言えない。
けれど、その中でもクリスティナ様たちとの出会いや、本当の私を見て友人になってくれた人たちもいて。
よく考えてみれば平民の中でだって色々な人がいる。
結局は貴族だからというわけではなく、その人の人間性や親の影響もあるのだなと思い直した。
昨日お会いしたクリスティナ様のご家族もみんな気さくな方だった。
久し振りにお会いした公爵様はまるで親戚のおじさんのような気安さだったし、初めてお会いした公爵夫人はクリスティナ様によく似たこれまた大層な美人だった。
「今日はもう遅いから明日ゆっくりお話ししましょうね」と優しく声を掛けてくださった。
私の中の夫人のイメージは平民を蔑み私に罵声を浴びせるレイナード伯爵夫人だったから、クリスティナ様のお母様だから大丈夫だとは思っていても実は少し緊張していた。
それを簡単に吹き飛ばしてしまった。
(やっぱり私はあの瞳に弱いみたい)
クリスティナ様達と同じ灰色の瞳。
あの目で見られるとどうしてか嬉しいような、切ないような、何とも言えない気持ちにさせられる。
「そこまで珍しいはずじゃないんだけど、意外と今まで周りにいなかったのよね」
ブツブツ言いながらクローゼットの中から服を選び着替えたところで部屋の扉がノックされた。
「はーい。起きているのでどうぞ」
「おはようございます、マルカお嬢様」
「おはようございます」
「よくお休みになられましたか?」
「はい。お布団もすごくふかふかで質の良さはもちろんですが、みなさんのお仕事の素晴らしさに感服しました」
私がそう言うと侍女さんは一瞬驚いた顔をしてクスッと笑った。
「そのように言っていただいて、とても嬉しいです。ありがとうございます」
たとえ仕事だったとしても、当たり前のことを当たり前にこなすことは意外と大変であるし、素晴らしい仕事を称えない理由にはならないと私は思う。
侍女さんたちの用意してくれた部屋のおかげで私は気持ちの良い朝を迎えることが出来たわけだし。
「もうお着替えもお済みのようですが、お化粧はどうなさいますか?」
「私は普段は一切しないのでこのままで大丈夫です」
「そうですか。ではダイニングルームに参りましょう」
侍女さんに連れられて歩いていると、途中でクライヴァル様に会った。
目が合ったと思ったので「おはようございます」と挨拶したのだが、なかなか返事が返ってこない。
不思議に思いクライヴァル様を見ると、灰色の瞳がぼーっとこちらを見ていた。
「ああ、おはよう……あれ……うん、夢か」
それだけ言うと、クライヴァル様はくあっと大きな欠伸をした。
「すみません、マルカお嬢様。クライヴァル様は朝が弱いのです」
「そうなんですか。意外ですね」
まだ完全に目覚めていないようで、まだぼんやりしている。
昨日とはまるで別人のようだ。
「ほら!クライヴァル様しっかりしてください!」
バシッ!!
「いっ……!」
クライヴァル様の背中を彼の後ろに控えていた人物が思い切り叩いた。
私が驚いていると、クライヴァル様を叩いた人と目が合った。
「おはようございます、マルカお嬢様。もうじきしっかり目覚めると思いますので、この情けない姿は頭の片隅に追いやっていただけると助かります」
そう言って爽やかな笑顔を向けてきたのはクライヴァル様の従者のステファンさんだ。
このお屋敷の執事の息子さんらしい。
「お、おはようございます。そんなに強く叩いてクライヴァル様大丈夫なんですか?」
「ええ、これくらいやらないと起きませんからねぇ」
「……さすがにもう少し弱くても起きる」
背中をさすりながらクライヴァル様は呟いた。
「嘘は駄目ですよ。あれくらいやらなければ貴方は起きないじゃないですか。マルカお嬢様の前だからって格好つけるのはよしてください」
「格好つけてなどいない。大体なぜ今マルカ嬢の話、が……うわっ」
完全に目を覚ましたクライヴァル様はその視界に私を捕らえると、驚き一歩下がった。
人の顔を見て驚くとか失礼じゃないか、と思ったのだがクライヴァル様はどうやら本気で混乱しているらしい。
(はっは~ん、さてはまだ寝ぼけてるわね)
「マ、マルカ嬢、なぜここに」
クライヴァル様の問いにステファンさんが答える。
「お忘れですか?昨日クリスティナ様がお連れしたんじゃないですか。寝ぼけていないで早く頭も動かしてください」
「そうか、そうだった。すまない。どうにも朝は苦手で」
「いえいえ。改めて、おはようございます」
「ああ、おはよう」
挨拶を交わした私たちは揃ってダイニングルームに向かった。
そこにはすでに公爵夫妻が待っていた。
「おはよう、マルカ嬢」
「おはよう、マルカさん。よく眠れたかしら」
「おはようございます。おかげさまでゆっくり休ませていただきました」
「それは良かったわ。……あら、クライヴ。今日はしっかり起きているのね。マルカさん効果かしら?」
そう言って公爵夫人はホホホと笑う。
「母上。おはようございます。朝から揶揄うのは止めてください」
「だってねえ?ねえ、あなた?」
「そうだな。お前はいつも寝ながらその席に着いているようなものだろ」
「そこまでひどくはありません」
クライヴァル様は席に着き、私も侍女さんに案内された席に座った。
(あれ?)
私がキョロキョロと周りを見ると、すぐに公爵夫人が気づいた。
「もしかしてクリスティナを探している?」
「あ、はい」
「あの子は朝食が終わる頃にならないと来ないと思うわよ?」
「そうなんですか?」
「そこのクライヴと一緒でね。誰に似たのだか二人とも朝が弱いのよね」
「意外ですね」
「そういう訳だから、気にせず朝食にしましょうね」
こうして始まった朝食の席だったが、出された料理は朝食用の簡単な物にも関わらずやはりとても美味しくて、ついつい食べ過ぎた。
美味しいご飯をお腹いっぱい食べられる。
それだけでも幸せだ。
クリスティナ様はというと、本当に最後のお茶の時間までやって来なかった。
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