16.可能性は無きにしも非ず?
遅くなってすみません。
ブクマ&感想&評価誤字報告などありがとうございます。
なんだろう。
私の周りの方達は簡単に私のような平民と友人になろうとするが問題無いのだろうか。
バージェス殿下やアルカランデ公爵家の人たちが変わっているのだろうか。
他に友人はいないのか。
そもそもこのお歳で婚約者などはいないのだろうか。
(いたらそれこそ面倒ね。嫉妬が絡んだ視線って気持ちの良いものじゃないし)
なかなか首を縦に振らない私にクライヴァル様はさらに言葉を続ける。
「マルカ嬢が何を言っても咎めることはない。クリスティナと同じように接してくれて構わない。むしろそうしてもらいたい」
「……一つお聞きしたいんですけど」
「なんだ?」
「クライヴァル様はご婚約などされていないんですか?大変人気がおありのようですし、お相手がいるようなら絶対面倒なことになるので」
「いない。以前は婚約を結んでいたが今はいない」
「マルカ、マルカ。お兄様はその解消された元婚約者のこともあって、女性とはある程度距離を置いているのよ」
「はあ。トラウマ的な何かですか?あ、別に今詳しくは聞きたくないですけど」
「トラウマという程のものではないが……それまで以上に周りにいる女性の言動が煩わしく感じるようになったのは確かだな」
クライヴァル様は何かを思い出したのか顔を顰めた。
これだけ容姿も中身も家柄も揃っている男性となれば私が想像出来ないような苦労もあるのだろう。
「だが、不思議と君にはそういったものを一切感じ無い」
「それは私がクライヴァル様をそういった対象として見ていないからでしょう?」
最初は友人だったとしても、それが絶対に続くという保証はない。
きっともし私がそういう目でクライヴァル様を見るようになったら面倒だと思うはず、そう告げれば彼は口元に手を当て少し考える素振りを見せた。
そうそう。
ちょっと冷静になって考えればすぐに分かることだ。
私たちはせいぜい、友人の兄、妹の友人くらいが適切だと思うのだ。
まあ私が公爵令嬢の友人というあたりがすでにおかしなことではあるのだが。
そんなことを考える私の耳に聞こえてきたのは思いがけない言葉だった。
「―――そういう目で見るようになる可能性があるということか?」
「え?」
「君が私に恋情を抱く可能性があると?」
「……」
(さっきのはあくまでも仮定の話であってね……)
そう思いつつも妙に真剣なクライヴァル様の問いに促され、考える。
公爵家嫡男でクリスティナ様のお兄様なのだからとんでもなく変な人ではないのだろう。
少なくともヘイガンのような愚かな者ではなさそうだ。
国王陛下や公爵様から直接指令を受けるくらいだからいろいろ優秀なのも間違いない。
自分で自分のことを優秀だと言ったのも、冗談ではなく本当なのだろう。
見た目に関して言えば、正直言って好みである。
そう。困ったことに好みなのだ。
ダークブロンドの髪と切れ長な二重の瞳がクライヴァル様の凛々しさを際立たせている。
殿下とはまた違ったタイプの美男子だ。
人気があるのも頷ける。
(でも一番は……やっぱりこの瞳がいけないのよね)
正面に座って気付いたことだが、クライヴァル様の瞳はクリスティナ様と同じ灰色をしている。
実はこの色、私の母様の瞳の色とよく似ているのだ。
だからなのか、本当なら遠い存在の人たちだと分かっていても、どこか親しみや懐かしさを覚えてしまう。
中身に関しては私に対しての行動は思うところもあるが、一応彼なりの理由もあったようだし。
(……甘い、この考え方は甘い?うーん)
「マルカ嬢?」
声を掛けられてハッとする。
「……どうでしょう。あくまでも可能性のお話なので」
「そうか。全く無いわけではないのだな?」
「え?」
なぜか私の答えを聞いて嬉しそうに笑ったクライヴァル様を思わず見る。
「私はマルカ嬢に興味がある。君ともっと話をしてみたいし知りたいと思う。正直なところ今君に恋情を抱いているかと言われればそうではないと思っていたのだが―――どうやら違ったようだ」
クライヴァル様は立ち上がり、私の元まで来て跪いた。
ぎょっとして身体をそちらに向ければ、クライヴァル様は私の左手をするっと掬い上げた。
(な、なに?!どうすればいいの?!手を、手を離してー!!)
表情にあまり出ていないが慌てる私にクライヴァル様は微笑んで言葉を続けた。
「君が私のことを異性として見るようになったところを想像したが全く嫌な気にならなかった。それどころか私のことを想ってくれる可能性があると聞いて自分でも驚くほど嬉しさを感じている。どうやら私は既にマルカ嬢に恋情を抱いているようだ」
クライヴァル様は私の指をきゅっと握り手の甲に触れるか触れないかの口づけを落とした。
「……っ!な…な……」
あまりの衝撃に固まる私に捕食者のように目を細めて微笑むクライヴァル様を見て、私は思わず握られていた手を勢いよく引いて自分の胸に抱え込んだ。
さすがの私も顔が赤くなっているだろう。
心臓の音がやけにうるさい。
「先ほどの願いは撤回する。自分の気持ちに気付いたからには友人などでは満足できそうにない。マルカ嬢に振り向いてもらえるよう勝手に頑張らせてもらう」
そう宣言したクライヴァル様に、私は口をはくはくと開くだけで何も言うことが出来なかった。
(お兄様ったらすっかり私の存在を忘れているわね。マルカは……あんなに動揺しているあの子を見たのは初めてだわ。大丈夫かしら)
マルカを心配しつつも、クリスティナは目の前で行われた告白劇に笑みが隠しきれない。
あのクライヴァルについに想いを寄せる相手が出来た。
本人ですら今しがた気付いたばかりの想いだが、クライヴァルはそれを恋情だと言い切った。
いつになったら気になる女性が出来るのか、相手を探す気があるのか、このままでは後継ぎは望めず縁者から養子をもらうことになるのではないかとまで心配されていたクライヴァル。
お相手が貴族のご令嬢でないことを問題視してくる者もいるだろうが、マルカであれば問題無い。
幼い頃から専属の家庭教師に教育を受けたわけでもないのに、ほとんどの生徒が貴族の子供である学園で成績は常に上位で頭の回転も速い。
使用する魔法に関しては周知されてはいないが魔術師長も認める実力。
見た目に反して芯が強く、物怖じしない性格。
容姿だって今ですらなかなかのものなのだ。
手を加えればもっと磨かれるだろう。
貴族でないこと以外にマルカを貶められるものは無いと言っても過言ではない。
マルカ本人は気づいていないが、彼女はそれだけの逸材だ。
王太子の婚約者であるクリスティナですら気を抜けば抜かれてしまうかもしれないと危機感を抱かせる存在が他にいるだろうか。
元よりアルカランデ公爵家は実力主義、争うような相手もいないことから恋愛結婚推奨派だ。
クライヴァルがその気になったのなら、マルカの気付かぬうちに外堀が埋められていくのではないだろうか。
(逃げるなら今のうちと先ほど思ったばかりだけれど……ごめんなさいね)
願わくは無理矢理ではなくマルカ自身の気持ちが伴った形になってほしい。
その為にはクライヴァルが頑張る必要があるのだが。
幼い頃に婚約を結び、学園に入ってからその婚約を解消したクライヴァルは婚約者としての振る舞いや、知識はあっても恋愛経験などというものは無きに等しい。
彼にとってはマルカが初恋のようなものなのだ。
つまり、恋愛初心者同士の二人ということになる。
(頑張って、お兄様。まずはマルカをその気にさせることからね。私の友人なのだから、幸せだと思ってもらえるようにしてくれなくては許さなくてよ)
目の前の二人を見てクリスティナは微笑むのであった。