14.兄について(2) ※クリスティナ視点
ブクマ&感想&評価、誤字報告ありがとうございます。
直していただく度に日本語って難しいなーと思う今日この頃。
兄も色々考えてはいたのだろう。
あの方では公爵夫人は務まらないと、父に婚約解消を願い出た。
「理由は?」
両親も兄の気持ちを薄々感じ取ってはいたようだが、相手のことも考えると明確な理由無しには解消するわけにはいかないからと、形ばかりの質問をしたようだった。
「父上の後、公爵位を継ぐ者として彼女は公爵夫人となるに相応しくないと判断しました」
「考えは変わらないか?」
「出来る努力を怠る者はこの家ではやっていけない。そうでしょう?」
「……そうだな」
「それとも父上は私に妻のお守りをしろと?」
「あー、分かった。分かったよ。侯爵家には私の方から伝える。お前から伝えるよりも、その方が家の決定ということでスムーズにいくだろうからな」
「よろしくお願いします」
後から父に聞いた話では、お守りをさせる気かと聞いてきた兄は恐ろしいまでに冷ややかな笑顔を浮かべていたらしく、息子なのに怖かったとかなんとか。
まあそれはさて置き、公爵家からの婚約解消の申し入れにお相手の侯爵家当主は顔を青くした。
こちらは特に旨味の無い婚約だったが、侯爵家にしてみればそうではない。
娘を立ち直らせてみせるから暫し時間をと縋る侯爵に、無駄だと思いながらも少しばかりの猶予を与えたのだが―――娘の侯爵令嬢は父親の思いを見事に踏みにじってみせた。
人の噂とは早いもので、学園では兄が侯爵令嬢と距離を置いているとすぐに話題に上がった。
それだけでも侯爵令嬢の心を乱すには十分だったのだろうが、それに加えて今まで手を抜いていた学業にも苦しめられた。
こんな事も分からないほどに自分は学業を疎かにしていたのかとその時気付ければまだ良かった。
ただ彼女にはそれを理解することが出来なかった。
いや、認めたくなかっただけかもしれない。
ある時「もうじき婚約を破棄されるなんてお可哀想に」とわざわざ聞こえるように嫌味を言った生徒に気付いた侯爵令嬢はつかつかとその声の主に近づき、その勢いのまま相手の頬に向かって手を振り下ろしたのだ。
「その無礼な口を今すぐ塞ぎなさい!あなた伯爵家の人間でしょう?!私は侯爵家の娘よ!そしてクライヴァル様の妻に、公爵夫人になるの!あなたみたいな大して可愛くもない伯爵令嬢ごときがそんな口を利いて良い相手ではないのよ!弁えなさい!」
化けの皮が剥がれた侯爵令嬢の顔は醜く歪んでいた。
化けの皮とは言っても今までは暴力に訴えることは無かったのだから、それほどまでに追い込まれていたのだろう。
今までのように私たちに愚痴を吐き出すことも出来ず、胸の内に多くの不満を溜め込んでしまっていたのかもしれない。
タイミングが良いのか悪いのか、兄は偶然その場を通りかかった。
「君は一体何をやっている」
「クライヴァル様……?!」
兄を見た途端普段のか弱い令嬢の皮を急いで戻し、駆け寄ってくる侯爵令嬢。
そんな彼女を視線ひとつで制し、殴られ地面に倒れ呆然とする相手に兄は手を差し伸べたらしい。
「大丈夫か?」
「クライヴァル様!なぜその者を庇うのです?貴方様の婚約者は私でしょう?」
「……私は君との婚約解消を申し入れた」
「そんなこと仰らないでください。私頑張って貴方に相応しくなれるよう励んでおりますのに!」
「それでこの様か?」
「それは……っ!その方が失礼なことを言うから!貴方が私をもっと大切にしてくれないから……っ」
「君はそうやってすぐ人のせいにし、自分の非を認めようともしない。力を持つ者は下の者を護ることはあっても権力を振りかざしてはいけない。そのような事も分からない者を私は望まない。猶予を与えるだけ無駄だったようだ」
この一件で兄は完全に侯爵令嬢を見限り、その日のうちに婚約解消となった。
侯爵令嬢は泣いて縋ったがその決定が覆ることはもちろんなく、公爵家から婚約を解消されたあげく、成績も良くなく令嬢に暴力を振るうという醜聞が立った――まあ噂ではなく事実なのだが――彼女は良縁は望めず、その容姿を好まれたどなたかの後妻になったと聞く。
そして兄はといえば、それ以降誰とも婚約していない。
婚約を解消してから山のように届く釣書も、まとわりつく女性も、向けられる秋波も、「面倒だ」「しばらく自由になりたい」と言って笑顔で躱すか無視をしていた。
兄の婚約者の座を狙って、本来ならとっくに婚約が決まっていても不思議ではない妙齢の女性でもまだ他の方との婚約を決めかねている方もいるという。
我が兄ながら罪深い男である。
そんな兄だが、最近では「優秀な者を自分で見つけて申し込むので父上は何もしなくて良いですよ」などと言いだす始末。
伴侶ではなく執事でも探しているのかというような言い方と、いつまで経っても相手を見つけるどころか誰にも興味を示さない兄は両親をやきもきさせていた。
私や、我が家で働く使用人たちも、今後の公爵家の存続は大丈夫かと不安になるほどだったのだ。
その兄が。
なんとその兄がマルカに興味を持ったと言ったのだ。
なぜ私たちが驚いたのか分かってもらえただろうか。
(お兄様がどういった意味で興味を持ったと言ったか分からないけれど……これは結構大変なことよ?仕事は終了したのにわざわざ自分の時間を割いてマルカを見に行っていたなんて驚くべきことだわ)
私は兄の言葉の意味が分からず首を傾けるマルカに目をやる。
兄のことを全く知らなかった彼女がこのことを知っているとは思えない。
紅茶にミルクを垂らしたような淡い茶色の髪に長いまつ毛の下に隠された大きな鳶色の瞳を持つマルカ。
見た目だけならかつて兄の婚約者だった女性と同じ、庇護欲をそそる存在だ。
しかし中身は全く違う。
だからだろうか。
見た目の印象が似ているからこそ私や兄の目には彼女がより新鮮に、興味深く思えるのかもしれない。
あまり人に頼ろうとはせず、頑張り屋でとても芯の強い女性。
本来はなかなかの毒吐きだろうと思われるが、ひとたび令嬢としての仮面を被ればそれすら上手に隠してしまう。
慣れない貴族社会の中でも浮かないほどに身に着けた所作や、常に成績上位を守る優秀さは彼女の努力の証だろう。
(逃げるなら今のうちよ、マルカ。でも―――)
隣に座る兄をちらっと見る。
あまり感情を悟らせない兄ではあるけれど、さすがに長年一緒に生活していれば分かる。
(もう遅いかもしれないわね。だってお兄様とっても楽しそうだもの。マルカには悪いけれど、貴女が義姉になるのも悪くないと思う私がいるのよ。ふふ)
私たち家族の好みはよく似ている。
私が気に入って、兄も興味を持っていて、おそらく父もマルカを気に入っている。
ということはもちろん母もそうなるはず。
(これから楽しくなりそうね)
私は近い未来を想像して笑みを浮かべたのだった。
≪補足≫
クライヴァルも、クリスティナも侯爵令嬢が愚痴を言ってめそめそする度にアドバイスをしたり、改善点を指摘したりしてきました。
それでも直らん、もう無理だーてことで婚約解消に至りました。
マルカに聞いてみたいことなどあったら教えてください。
感想欄やメッセージなどで聞いていただければ出来るだけお答えしたいと思います(・∀・)