12.彼が私を知っていた理由
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「思い出してもらえたようで嬉しいよ」
クライヴァル様は鬘を取り、乱れた髪をさっと手で直した。
「いえ、あの、気付かなくてすみませんでした」
「どういうこと?私にも分かるように説明してちょうだい」
「ええっとですね……」
私がクライヴァル様と初めて会ったのは、おそらく学園の図書室だろう。
と言っても、変装されていたためクライヴァル様だという認識は全くなかったが。
それ以前にクライヴァル様の存在を知らなかったので、変装していなければ気づいたかと聞かれると・・・まあやたらと顔の綺麗な人がいるな、くらいには思ったかもしれない。
彼はいつも図書室にいる2~3人のうちの一人で、時折あいさつ程度の言葉を交わすだけの名前も知らない人だった。
いつもぼさぼさの髪で目まで隠し、手にしているのは今クライヴァル様が持っているまさにその本だった。
見た目も雰囲気も社交的とは言い難く、その本で得た知識の使い道を聞きたいような、聞きたくないような、そんな感じの人だった。
ただ、私に対する様々な噂があった時もあからさまに私を避けたり、蔑む視線を寄こすことは無かった。
まあこの点に関しては図書室に来る人たちはみんな同じようなものだったが。
「―――とまあそういう訳なんですが、何故クライヴァル様が学園の図書室にいたのかは分かりかねます。私たちの3つ上ということは、昨年卒業されているはずですよね?」
私がその疑問を口にしながらクリスティナ様を見れば、彼女は軽く頷いた。
「ええ、そうよ。だからマルカもお兄様の存在を知らなかったのだし。お兄様?どういうことだか説明してくれるのよね?」
「何故だと思う?」
「質問に質問で返すのは止めて。意地悪ね」
「こんなの意地悪のうちに入らない。少し考えれば分かることだ。まあ可愛い妹のためにヒントくらいやろう」
少し拗ねたような態度をとるクリスティナ様に、それをあしらうクライヴァル様を見ているとなんだか少し微笑ましい。
「まず一つ目。私が学園に行きはじめたのは君たちが入学してから大体3か月後から。二つ目。わざわざ私が変装していたということ。そして三つ目。これを言ったらすぐに分かってしまいそうだが、これは父と陛下からの指示を受けてのことだ」
「変装……。公爵様と、国王陛下……?」
「入学してから3か月……。その頃は……」
「「……っ!」」
私とクリスティナ様の視線が重なる。
私たちはほぼ同じタイミングでクライヴァル様が学園に来ていた理由に思い至った。
「な?簡単に分かっただろう?」
クライヴァル様が学園に来ていた理由―――それは他でもない、私のためだ。
私のため、と言うと少し語弊があるかもしれない。
正確に言うなら私のせい、が正しいだろうか。
入学して3ヶ月経った頃は、ちょうど生徒たちの間で私とバージェス殿下のことが話題に上がり始めた頃。
私とクリスティナ様が初めて話した頃でもある。
平民から貴族に上がったばかりの娘が殿下の周りをうろちょろしていたから探りを入れに来ていたということだ。
探りを入れるのにこの人は目立ちすぎるとも思うが、まあそのための変装か。
「クリスティナ。理由を教えてあげたのになぜまだ拗ねているんだ?」
「……私、自分で見定めると言ったわ。必要な場合は手を貸していただくと」
「私も父上もそれで良いと思っていたさ。だが学園の教師からも報告が上がって来てね。殿下はもうじき立太子される身だったし、学園からの報告が上がった以上無視することも出来ない。仕方がないだろ」
そう言ってクライヴァル様が優雅に紅茶を口にすると、クリスティナ様も無言でそれに続いた。
あれは理解はしているけど手を出されたのが悔しいという気持ちを自分の中で処理しているのだろう。
しかし王立学園ともなると、そういった問題に目を光らせている人がきちんといるらしい。
だったらあの嫌がらせも止めさせてくれたら良かったと思わずにはいられない。
私がシールドを使いこなしていなければ怪我をしていたかもしれないのに。
それに私が伯爵子息や、殿下に「殿下とのことで他の生徒から嫌がらせを受けている」と訴えていたらもっと大事に―――んん?
「……」
私は目の前に座るクライヴァル様をじっと見た。
「何かな?」
「もしかして、私試されていました?」
「何だ、もう気付いたのか。まあ言い方は悪いが、そうだな」
クライヴァル様はあっさりと認めた。
嫌がらせを受けた私がその後どういう行動をとるのかを観察していたということだ。
「君という人物を見極める必要があったし、君がどういう行動をとるのかによって私の方でも陛下方に上げる報告の内容が変わってくるからな。噂通りの厄介な存在なのか、それとも違うのか。私としても君がくだらないちょっかいをかけられているのを放置しなければならないという罪悪感はあった」
噂通りの人物なら、適当な理由を付けて排除する。
つまりそういうことだったのだろう。
もし違ったならば、なぜそのような噂が立つ行動をしているのかを調べる必要があったはずだ。
ただの貴族同士の問題ではなく、一国の王族が関わってくるのだから当然のことだ。
しかも問題になっている人物は平民出のひよっこ貴族。
急に貴族になったが故の夢心地から抜け出せないただの勘違い令嬢か、それとも家から何かしらの命を受けている操り人形か。
どちらにしても面倒な存在であることには変わりないが。
「もちろん万が一の時には助ける気だったが……まあそんなものは杞憂に終わったけどな」
あんな嫌がらせは大したことがなかったし、一番の実害と言えばペンを壊されたことくらいだ。
「殿下や伯爵子息にその身に起きたことを訴えるわけでもなく、殿下の名を使って牽制するわけでもなく、かといって悲嘆に暮れるわけでもない。それどころか何事も無いように振舞っていた。さすがに君に当たらず落ちて壊れた植木鉢を自ら片付けていたのには驚いたが」
「……本当によく見ていらっしゃったんですね」
だって道に植木鉢の割れた破片と土が散乱していたら邪魔でしょう。
近くに箒と塵取りがあったら片付けるしかないではないか。
「それが私が受けた命だったからな。だがそのおかげでマルカ嬢自身が殿下に全く興味を抱いていないということはよく分かった。クリスティナから聞いていた通りだった」
「だからそう言ったじゃないの。マルカを見れば分かるって」
「そう怒るな。私も仕事だと言っただろう?クリスティナひとりの意見で全てを決めるわけにはいかない案件だ」
「そうですよ、クリスティナ様。私は信じてもらえて嬉しかったですけど、殿下は本来こんな小娘が馴れ馴れしく近づいて良い存在じゃないんですから」
クリスティナ様には申し訳ないが、これに関してはクライヴァル様の判断が正しい。
まあクリスティナ様も本当は理解しているからこれ以上突っかかってくることはしない。
「まあとにかく、勉学においても君は勤勉で優秀だったし、何かされても自分を守るだけで誰かに攻撃的になることも無かったし、レイナード家の悪事について報告してくるしで問題無しと判断されたわけだ。私の調査も君が王城に呼び出された時に終わった」
ああ、あの奇妙な液体を飲まされた時か。
もうだいぶ前の事のように感じる。
(あれ?……でも)
「クライヴァル様、卒業パーティー間近まで学園に来ていましたよね?」
今の話だと調査は終了していたはずなのに図書室で何度も見かけた。
わざわざ変装してまで学園に来る理由が他にもあったのだろうか。
不思議に思ってそう尋ねれば、クライヴァル様は気味が悪いくらいの美しい笑顔を浮かべていてなぜか背筋がぞくっとした。
なぜだろう。
今、すごく逃げたい気分。
助けを求める気持ちでクライヴァル様の隣に座るクリスティナ様を見れば、こちらもなんとも言えない表情でクライヴァル様を見て言った。
「お兄様?」
「何だ?」
「マルカの調査は数か月前に終わっていたのよね?」
「ああ」
「でも学園には行っていたのよね?なぜ?」
クライヴァル様は少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「そうだな……端的に言えば個人的な興味」
クリスティナ様の質問に答える形で出たその言葉に、私は意味が分からず首を傾げた。
そして、クリスティナ様と、控えていた使用人さんたちは目を瞠ることとなった。
≪マルカに聞いてみよう≫
質問:鬘くらいでクライヴァル様のイケメンオーラって消えるんですか?
↓
マルカ「ビックリするくらい消えます。背筋も丸まっていて猫背でしたし」
クライヴァル「バレないように練習したからな」
マルカ「その練習風景見たかったですね。鏡を前に練習しているところとか笑えそうです」
クライヴァル「……(にこにこ)」
マルカ「ごめんなさい。嘘です。もう言いません」