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私の名はマルカ【連載版】  作者: 眼鏡ぐま
●婚約者編
117/121

26.過去は振り返らない?

いいねや感想&誤字報告に評価などありがとうございます。


「は~、これでやっと落ち着きましたね」


 あの後、リックたちは警備隊に引き渡され、三ヶ月の奉仕活動が命じられた。

 ちなみにリックの仲間のジョンたちを置いてきていたお屋敷には、朝早くに貴族がこっそり読むゴシップ紙の記者がやってきたらしい。

 どうやらベサニー夫人は私とリックたちが一晩あの屋敷で一緒だったという記事を書かせようとしていたようだ。

 危うく記者と鉢合わせするところだったが、ベサニー夫人がなかなか罪を認めなかったおかげで思ったよりも時間がかかり、お屋敷のシールドを解除しに行くのが遅れて良かった。

 私が何か関わったというだけでいらぬ憶測を生む可能性もあるから。


 シャルバン家は当主だった人が散々ごねたらしいけれど、それで何が変わるわけもなく。

 つつがなく爵位はディルク様に渡った。

 ディルク様が学園を卒業するまでの間は母親である前侯爵夫人が当主補佐となって支えるようだ。

 前侯爵は予定どおり領地で療養という名の軟禁。

 ベサニー夫人は監視付きの修道院で、質素倹約な生活と平民のための奉仕活動を余儀なくされている。

 平民が自分のような高貴な者のために働くのは当然だ、などと戯言を言っていた彼女にはきつい生活だろう。

 しかもこれが一生続く。よっぽど人格が更生されれば話は変わるだろうが、あのベサニー夫人が正しく成長するには相当な時間がかかりそうだ。

 ちなみにあの時私に氷の箱に閉じ込められていたベサニー夫人の従者のイヴは、凍ったまま警備隊のもとに運ばれた。

 氷が溶かされ訳もわからぬまま状況を説明されたイヴは、あっさりとすべて自供したそうだ。

 彼は本当の名をステイルと言い、見た目が少しクライヴァル様に似ているからとベサニー夫人に召し上げられ、言葉遣いもそれっぽく強制され、名前もイヴと名乗れと言われていたそうだ。

 つまりクライヴァル様の代わりとして傍に置かれ、いろいろな意味で可愛がられていたらしい。

 散々いい思いをしたくせに、あの女がすべて悪いんだ、自分も騙されていたんだ、と反省の色の薄かったステイルには半年間の奉仕活動が科せられたそうだ。

 ぶつぶつと文句を言っていたらしいので、その程度で済んだことがいかに幸運なことだったのか、彼にわかる日が来るのかは疑問だ。


 すべて事後報告になったクリスティナ様たちや、フィリップス侯爵家の人々には、なぜその時に言わなかったのだと怒られたが、私もびっくりの実質半日というスピード解決だったのだから致し方ないと思う。


「……今回の件は、本当にすまなかった」


 そう言って隣に座るクライヴァル様は私に頭を下げた。

 責任感の強いこの人のことだ。

 自分とベサニー夫人が関わりがあったせいで私のことを巻きこんでしまった、自分に責任がある、などと考えているのだろう。


「クライヴァル様の考えていることは何となくわかりますけど、それ間違ってますからね?」


 過去に何があったにせよ、今回騒動を起こしたのはベサニー夫人自身だ。

 同じ状況であって、彼女と同じ選択をする者がどれほどいるだろう。きっといない。みんなそこまで馬鹿じゃない。


「ベサニー夫人の罪をクライヴァル様が背負う必要なんてどこにもありませんよ?」

「だが……」

「確かに昔は婚約者だったかもしれませんけど、それ何年前の話ですか。もう立派な他人です。それにベサニー夫人ももう大人なんですから自分で考えられますし、したことの責任は自分で取るのは当たり前です」


 五つ六つの幼子じゃあるまいし、いつまでも誰かがどうにかしてくれるという態度では困るというものだ。

 まあそうさせてしまったのは元シャルバン侯爵なのだけれど。


「大体クライヴァル様が今回の件で私に頭を下げたなんて話があの人の耳に入ったら、また勘違いしちゃいますよ。自分の都合の良いように考えることに関してはある意味天才ですからね」

「嫌な才能だな……」

「そうですよ。人の話も聞かないし、同じリスハール人なのに話が通じなさすぎて驚きました。過去にクライヴァル様が後悔ないくらい手を尽くしていたとしても、ベサニー夫人がどうなっていたかなんて誰にもわからないし、誰の責任でもありません。全ては彼女が自分で決めて起こしたことです」

「そうか、そうだな」

「そうです、そうです。ベサニー夫人は他人。もう私たちに関係のない人です。いつまでもあの人のことを気にするなら……拗ねちゃいますよ?」


 えいっとクライヴァル様の胸に身を寄せて、上目遣いに言えば、クライヴァル様はピシッと固まった後、ゆっくりと私の背に腕を回した。

 婚約後も私たちは手や頬への口付け以上のことはない。

 私が参考文献としていた恋愛小説ではもっといろいろ書いてあったが、クライヴァル様から「貴族と平民は多少違うからね。この本は私が預かろう」と言って没収されてしまった。

 正直なところ内容はすべて頭に入っているけれど、高位貴族としてのあれやこれを改めて学んだ今となっては、クライヴァル様の言わんとしていることもわかるので余計なことはしないようにしている。

 それでも時折甘えることはしたいし、抱きしめてもらうことくらいは許されるはずだ。

 本当に駄目だったらナンシーやステファンが止めに入るだろうけれど、いつの間にか彼らの姿が部屋から消えたところを見ると問題ないのだろう。


「マルカには一生敵わないような気がするな……さっきまであれやこれやと考えていたことがすべてどうでも良くなってしまいそうだ」


 頭の上からクライヴァル様の声が溜め息とともに聞こえた。


「ふふ、どうでも良くなったのではなく、どうでも良いことを考えていただけですよ。それに私たちは敵・味方ではないのですから勝ち負けは成立しません」


 私が助けることもあれば、クライヴァル様に助けられることもある。

 私が翻弄すれば、クライヴァル様に翻弄されることもある。

 苦手なことは助け合い、補い合えたら、それはとても素敵なことだと思うのだ。

 まあ、クライヴァル様の苦手なことと言われてもすぐには思いつかないのだけれど。


「そうだな。だが敵ではないとしても、私は常にマルカの味方だよ」

「私が悪いことをしても?」

「……その場合は敵になる可能性もある」


 クライヴァル様は一瞬の間の後、気まずそうに言った。


「私、クライヴァル様のそういうところ、好きですよ」


 普通の女の子なら、どんな時でも自分の味方でいてほしいと願うのだろう。

 けれど、家族だからとか、好きな相手だからとか、そんな理由で悪事を見逃したりするような人は私は嫌だ。

 道を誤った時にちゃんと正してくれる人のほうが私は良い。

 そんなクライヴァル様だから、心から信頼できるし、安心して頼ろうと思える。


「だが、やはり敵にはなりたくないな……だから、そうだな。まずはそうなる前に話をしよう」


 悩んでいること苦しんでいることがあるなら一人で抱え込まず、相談し合おうとクライヴァル様は言った。


「一人で解決できないことでも、私たち二人なら答えを見つけることができるかもしれない。もし駄目でも、うちには優秀な者たちがたくさんいる。みんな力になってくれるさ。そうなってくると……私たちが敵対することなんて想像もできないな」

「それもそうですねぇ」


 実際クライヴァル様や、このお屋敷の人たちで解決できないことなんてほとんどないだろう。

 そんな結論に至り、私たちは目を見合わせ笑った。


「じゃあ私たちの未来はとっても明るいということがわかったところで。これからまた忙しくなりますね。まずはクリスティナ様たちの婚姻式典ですよ!」


 あと少しでバージェス殿下とクリスティナ様の婚姻式典が執り行われる。

 現在は最終確認の段階に入っており、改めて私の誘拐未遂事件がスピード解決できて良かったなと思う。

 私を理由に式典の日程をずらすことなどできないし、それに私には当日大きな仕事が待っているのだ。


「上手くやれそうか?」

「もちろんです。ちょっと調整が難しそうですけど、そちらも今最終調整に入っていますし、魔法省のみんなでやるので大丈夫です! みんな腕の見せ所だって張り切ってますよ

「それは楽しみだ」

「期待しててくださいね」


 失敗はできない大仕事だ。

 まあ失敗したとしてもどうとでもなるように、いろいろとパターンは考えられているのだけれど。

 しかしクリスティナ様もバージェス殿下も楽しみにしてくれているので是が非でも成功させたい。

 もっと練習したいし、他にもやらなければならないことがたくさんあるから、いつまでもベサニー夫人のことを考えている暇なんてないのだ。


(さようならベサニー夫人。きっともうあなたを思い出すことはないでしょうね)


 人には振り返ったほうが良い過去と、振り返る必要のない過去があると思う。

 前者は言い換えれば思い返したい過去であり、母様たちとの思い出や、クライヴァル様たちとのこれまでの出来事が私にとってはそれに当たる。

 反対に、ベサニー夫人は間違いなく後者だ。

 思い出したくないというよりは、その必要すらない過去なのだ。だから思い出すのはこれでもうおしまい。

 ベサニー夫人とは違い、私は前に進んでいく。


さあ、魔法省メンバーは婚姻式典で何をやるでしょーか!?

答えは次話で!

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