25.脳内お花畑たちの行く先
たいっへん遅くなり申し訳ありません!!
シャルバン侯爵と対照的な侯爵夫人とディルク様の姿になんだか同情してしまいそうだ。
「父上……落ち着いてください」
「何だ、ディルク! これが落ち着いていられるか。お前は姉がこんな目に遭っているのに――」
「あなた。アルカランデ公爵様が何の理由もなしにこんな事をすると思っているの?」
興奮するシャルバン侯爵に侯爵夫人がピシャリと言い放つ。
「お母様! 私は何もしていないわ! 信じてください!」
「お黙りなさい」
侯爵夫人は娘のベサニー夫人を一瞥すると、厳しい言葉をかけた。
「いったい何を信じろと言うの? あなたには何度も失望させられてきたわ。今回だって領地で大人しくしていろと言われていたのに、この人とこそこそと連絡を取り合って……」
侯爵夫人が溜息を吐きながら夫であるシャルバン侯爵を睨みつけると、彼は身を縮めた。
妻に内緒で娘のために王都に家を用意したが、本当は良くないことだと自分でもわかっているのだろう。
「王都に戻ってきたのも禄でもない理由だとは思っていたけれど、この状況……ベサニー、あなたついに許されないことをしたようね」
「そんな! 私は悪くないの! 本当よ!」
「姉上! いい加減にしてください」
ディルク様は悔しさの滲む表情で姉であるベサニー夫人を叱責し、私達に向かい頭を下げた。
「姉が、申し訳ありません。クライヴァル様、あの、つまりそういうことなんですよね?」
「ああ。非常に残念だが、君の危惧していた通りになってしまった」
ディルク様は眉間に皺を寄せ、歯を食いしばるように再び頭を下げた。
「そう、ですか……本当に、本当に申し訳ありませんでした」
「私からも謝罪いたします。本当にお詫びのしようもございません。どのような罰でも受ける所存でございます」
ディルク様とともに侯爵夫人も再び頭を下げた。
何もしていないのはシャルバン侯爵だけだ。自分の妻と息子が頭を下げる姿に、彼らとベサニー夫人を交互に見ておろおろと狼狽えるばかりだ。
そんなシャルバン侯爵にクライヴァル様が話しかける。
「シャルバン侯爵、あなただけが何もわかっていないようなので説明しましょう。スタークス前子爵夫人は男たちを雇い、私の婚約者であるマルカ・フィリップス侯爵令嬢の侍女を誘拐させた。さらにはその侍女を返してほしければ言う通りにしろと指示を出し、マルカをとある屋敷に向かわせ、そこで彼女を男たちに襲わせようとしたのですよ。これを聞いてもまだあなたはスタークス前子爵夫人が可哀想だとお思いですか?」
「そ、それは、いや、でもそんなことをうちのベサニーがするはずが……」
「父上!」
「だってなあ、ディルク。ベサニーはクライヴァル殿のことをとても慕っていたから、きっとそれを彼らにもわかってほしかったんだと思うんだ。きっとベサニーを案じた周りの男たちが勝手に暴走してしまったんだよ」
「……では、スタークス前子爵夫人に罪はないと?」
「そういうわけでは……だがきっとベサニーもこんなことになって心を痛めているはずです。ですから――」
その時クライヴァル様がテーブルをドンッと叩きつけた。
思わず私もビクッと肩を跳ねさせてしまったのだけれど、隣のクライヴァル様が今まで見たことがないくらい怒りを露わにしていたことのほうが驚いた。
「話にならない。シャルバン侯爵は自分の娘が同様な目に遭っても同じことが言えるのか?」
見たことがない険しい表情と、聞いたことがない低い声でクライヴァル様が問うと、シャルバン侯爵は「いや、それは」としどろもどろになり黙ってしまった。
いや、もうこの父親にしてこの娘ありというか、何というか。
何が何でも自分の娘は悪くないと思いたいのか、それともベサニー夫人と同じくこの父親の頭の中にもお花畑が広がっているのか。
ともかく散々甘やかしてきたのだろうなと簡単に想像できた。
そんな父娘の様子を侯爵夫人とディルク様は、情けないやら腹立たしいやら申し訳ないやらといった、何とも言えない苦悶の表情で顔を歪めて見つめていた。
「シャルバン侯爵夫人、我々はあなた方の娘に心底呆れているし許しがたいと感じている」
「はい、当然のことと思います」
「だが、皇太子殿下と我が娘クリスティナの婚姻の日が迫ってきている現在、マルカたちが醜聞に巻き込まれることも避けたい」
今回、幸いなことに私は無事だった。
けれど、事のあらましを公にすればどこから何を言われるかわからない。
こちらに何も非が無くとも、面白おかしく話を大きくする人は残念ながらいる。
だからこそヒューバートお義父様はベサニー夫人を警備隊に引き渡すことはしないと言った。
ただ、これは何も報告をしないということではない。
少し真実とは異なるけれど、ベサニー夫人は私の侍女のナンシーを誘拐し、人質に取って私にクライヴァル様との婚約解消を迫ろうとしていた。
しかし、私たちは脅迫を受ける前にナンシー誘拐の犯人であるリックたちを捕らえ、その黒幕であるベサニー夫人に行きついた。
と、まあこんな感じの内容で警備隊に報告をすると伝えた。
リックたちは捕まるだろうけれど、連れ込み宿に連れて行っただけでそれ以上のことはしていないので、数日間から数ヶ月の強制労働ないし奉仕活動などで解放されるだろうし、ベサニー夫人には厳重注意が行くくらいで終わるだろう。
「ほうら、やっぱり! 私は罪になることなど何もしていないもの」
「良かったな、ベサニー。だが、これはアルカランデ公爵の恩情によるものなのだから反省するのだぞ」
脳内お花畑さんたちがよくわからないことを言っているが無視、無視。
「さて、シャルバン侯爵夫人。あなた方はこれを踏まえて今後どうする?」
「私どもは――」
侯爵夫人は話しかけた口を一度閉じ、息子のディルク様と視線を交わしたのち頷いた。
「私どもはベサニーを最も監視の厳しい修道院へ送りたいと考えます」
その言葉にいち早く反応したのはベサニー夫人だ。
「え……嘘でしょう?」
ベサニー夫人の声に侯爵夫人は何も答えない。
「いや、嫌よ! どうして私がそんなところに行かなくちゃいけないの? お父様!」
ベサニー夫人に呼ばれハッとしたシャルバン侯爵が、慌てた様子で妻である侯爵夫人に「ちょ、ちょっと待て。どういうことだ? なぜ、急にそんなことを言いだすんだ」などと口にした。
「なぜ、ですって?」
「アルカランデ公爵様も大事にしたくないと仰っているじゃないか。ベサニーも反省しているだろうし、しばらく謹慎する程度でも――」
そう言い募るシャルバン侯爵の言葉を侯爵夫人の乾いた笑いが遮った。
「反省ですって? 今のベサニーを見てもあなたはそう思うの?」
「父上、アルカランデ公爵様が何もしないからと言って姉上の仕出かしたことがなかったことになるわけではありません」
侯爵夫人とディルク様の言葉にシャルバン侯爵は「だが、しかし」と口ごもる。
侯爵夫人はそんな夫を一瞥し、ヒューバートお義父様たちに向かって「そして」と再び口を開く。
「夫には早々に侯爵位を息子に譲らせることとします」
「な、何だと!?」
「当主として正常な判断もできないようですし、どうやら目も悪いようですので、気候の穏やかな領地に戻らせ療養させようと思います」
「ふざけるな! 私は認めないぞ、そんなこと!」
「あなたが認めなくともこれは決定事項です。婚姻時の取り決めで、意見が割れた際の家に関わる最終決定権はシャルバン侯爵家の正当な血を引く私にあるとなっているのをお忘れになって?」
「そ、そんな……」
がっくりと崩れ落ちたシャルバン侯爵にベサニー夫人は自分の分の悪さを悟ったらしく、急に侯爵夫人に媚を売り始めた。
「お、お母様。私とっても反省してるわ。もうこんなことしないし、大人しくスタークス領に戻るから。ね、だから……」
「姉上、あなたはもうスタークス領に戻ることなどできないのですから修道院行きは免れられませんよ」
「……え?」
「なぜ驚くのか僕にはわかりません。問題を起こせばスタークス子爵家から除籍すると言われていたのでしょう?」
「う、嘘……」
どうやらスタークス領を勝手に出て行ったことにより、現スタークス子爵はベサニー夫人を家から除籍したようだ。
つまりベサニー夫人は今はシャルバン侯爵家の人間というわけだ。
本来なら侯爵家からも縁を切られても仕方のない状況だが、貴族が入れる監視付きの修道院のほうが、下手に平民にしてこれ以上問題を起こされるよりも良いと侯爵夫人は判断したのだろう。
「アルカランデ公爵様、これ以外にも私どもにできる償いがあれば何でも致します」
「うん、まあいいだろう。シャルバン侯爵夫人、あなたがそこの男と違い賢明な判断ができる方で安心したよ。ディルク君が家のために努力しているのは知っているからね。彼のためにも当主交代の手続きを速やかに終えられるよう私からも各所に口添えしておこう」
「っ温情をいただきありがとうございます」
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げる侯爵夫人とディルク様にヒューバートお義父様たちは満足そうに頷いた。
傍らで今のところまだ当主であるシャルバン侯爵とベサニー夫人は煩かったけれど、誰も彼らに気を配る者はいなかった。
やっと不要なお花が刈り取られました( ̄▽ ̄)
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