24.被害者はだれ
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言葉に詰まったベサニー夫人の姿こそが答えだった。
「何もしていないでしょう?」
きちんと行動できていたなら前スタークス子爵が亡くなった途端に別邸に追いやられたりしないはずだ。
「しかもあなたは守るべき領民を自分の欲のために危険に晒した。リックたちを騙し、私を傷物にしようとしたことは許しがたいことです。これがどれだけ罪深いことかわかりますか? 平民が貴族に手を出したらどうなるか、捕まったらどうなるか、あなたはよくわかっていたはずです」
貴族が貴族に手を出すのとはわけが違う。
何度も言うが、本当に首が飛ぶ。
「うるさい、うるさいのよ! こんな平民がどうなろうと私の知ったことではないわ! 平民が高貴な私達のために働くのは当然じゃない!」
「黙りなさい」
声を荒げて喚くベサニー夫人を咎める。
そんな一方的な奉仕が当然であってたまるものか。
怒鳴ったわけではないが、今までよりも低く重い声と厳しい視線にベサニー夫人の肩がビクンと跳ねた。
「つまり、あなたはリックたちが死んでもいいと思っていたと?」
人の命はそんなに軽いものじゃない。
誰かが勝手に奪って良いものじゃない。
私は溢れそうになる怒りを抑え、冷静でいられるように努める。
「……リックたちはスタークスの領民です。あなたは民を守るどころか、何も知らない彼らを自分に都合の良いように使い捨てようとした。前子爵夫人として、貴族として、あるまじき行いです。恥を知りなさい」
今までになく強気な私の言葉にベサニー夫人は愕然としたように目を丸くし、しばらくするとわなわなと唇を揺らした。
「……な、によ、何よ、何よ! 偉そうに私に指図しないで! じゃあ何、あなたは他者を思いやれるっていうの?! 貴族である私にすらこんな仕打ちをしておいて? 平民を守るですって? 笑わせないで! 可哀想なのは私なの! 守られるべきなのは私なのよ!」
笑わせるなはこちらの台詞だ。
何をもって被害者面ができるのだろう。この人はつい先ほど自分が告白した過ちをもう忘れてしまったのだろうか。
「あなたがどれだけ被害者ぶろうと、あなたが行ったことは犯罪です。あなたは私と私の侍女を悪意を持って害そうとしたんですから」
「ふ、ふふ……犯罪だなんて大袈裟よ。だって結局あなたたちは無傷じゃない。醜聞を嫌うのが貴族ですもの。あなたの身に何も起きていないのであれば、私もまた何もしていないのと一緒なのよ。そう考えれば言われた通りのことすらできなかったこの役立たずたちを褒めてあげてもいいのかしらね」
そう言ってベサニー夫人はリックを振り返って蔑笑した。
もちろんそれに怒りを見せたのはリックだ。
「っこの……!」
「やめろ、リック」
怒りから手が出そうになったリックをクライヴァル様が言葉で止めた。
リックの気持ちはわからなくもないが、今ここで暴力に訴えても何にもならない。
けれど、ベサニー夫人はクライヴァル様は自分を守るためにリックを止めてくれたのだと都合の良いように考えたらしい。
「クライヴァル様……! ありがとうございます! ふふふ、残念だったわねぇ。私に手を上げたら重罪よ? 私は貴族、あなたは平民。価値が違うの。そうですよね、クライヴァル様」
上目づかいで話しかけてくるベサニー夫人を、クライヴァル様はサラッと無視し、リックに「こんな者、殴る価値もない。お前の手が汚れるだけだ」と言った。
リックはクライヴァル様の言葉に驚いたようだけれど、言われたことを理解すると手をぎゅっと握りしめ、一つ大きく息を吐くと冷静さを取り戻したようだった。
「……え? あの、クライヴァル様?」
「……」
ひとり理解できないベサニー夫人がクライヴァル様に問いかけるも、彼はそれには答えず「本当に腹立たしい」とだけ呟いた。
とても小さな声だったけれど、私やヒューバートお義父様たちにはしっかりと聞こえていた。
「え? 何? どうして? 私を守ってくださったのではないの?」
「あなたなんて守る価値もない。私たちが思いやりたいのは善良な民、常識のある人であって、あなたのように自分の欲望のために笑顔で他者を陥れるような自分本位な愚か者ではありません」
領主は領民を守る。
良い貴族は自分たちがどうして平民よりも良い暮らしができているのか、その分何をしなければいけないのかをきちんと理解している。
もちろんアルカランデ公爵家の面々も誰よりもそれを理解している。
だからこそベサニー夫人の言動は腹が立つことばかりだった。
「……何なのよ、さっきから偉そうに!」
ベサニー夫人は私をキッと睨み、肩を震わせた。
「私はずっと愛されてきたの! お父様もお母様も、みんな私のことを愛らしい、自慢の娘だって言ってくれていたのよ! それなのに、どうしてクライヴァル様は私のことを愛してくださらないの? 私だって、私だって努力していたじゃないですか! それを認めてくださらないばかりか婚約を白紙に戻すなんて……どうして私があんな男に嫁がなければいけなかったのよ! なんであなたみたいな子に貴族を語られなくちゃいけないの? 私の未来はもっとみんなが羨やむ輝かしいものになるはずだったのに……!」
ここまで来てまだそんなことを言うベサニー夫人に、ヒューバートお義父様とリディアナお義母様が冷たい声で「自業自得だろう」と言い放った。
「その手にするはずだった未来を手放したのは君自身だ。人の好意を当然のものだと自惚れ、自分は優遇されるものだと勘違いし続けていることも、自らを省みれないことも、貴族として民のことを考えられないことも、すべてにおいて公爵家に相応しくないと判断せざるを得ない」
「そうね。もっと言えばどの貴族家の妻としても相応しくないわ。あなたのような人を迎え入れたいと思う家はないでしょうね」
「そんな……あんまりだわ」
ベサニー夫人はその大きな瞳からぽろぽろと涙を流し、「ひどい、ひどい」と嘆いた。
彼女はいつまで悲劇の主人公でいるつもりなのだろう。
「ひどいわ……リディアナ様はどうしてそうも私にきつく当たるのですか? 昔からそう……見た目だけを磨いても駄目だとか、自分にできることを頑張っていたのにいつも認めてくださらなかったわ」
ベサニー夫人は一人で涙ながらに過去を語り出した。
リディアナお義母様はいつも小言が多かったとか、クライヴァル様に自分に優しくするように言ってくれなかったとか。
はあ。そりゃこんな脳内お花畑さんに物事を教えようとすれば厳しくもなるだろう。
けれどそれは意地悪ではなく、そこにはしっかりと愛情があったはずだ。
適当に相手にせず、いずれ公爵夫人としてクライヴァル様とともに大きな責任を背負うことになる者への愛情が。
それすら理解しようとしないなんて、ひどいのはいったいどちらだろう。
他にもクライヴァル様も婚約者である自分を守ってくれなかったとか、行事の時くらいしかドレスも宝石も贈ってくれなかったなどなど。
呆れすぎて溜め息が止まらない。
「スタークス前子爵夫人は本当に話の通じない人ですね」
「……何ですって?」
「これだけははっきり言えます。公爵家やクライヴァル様が必要としているのは、ただ美しく着飾るだけの人ではありません。スタークス前子爵夫人はどうしてクライヴァル様と結ばれたいのですか? クライヴァル様が公爵家の人だからですか? 公爵夫人になりたいからですか? 贅沢がしたいからですか? 人から羨まれたいからですか?」
多くの女性はクライヴァル様に惹かれる。
容姿も優れているし、頭も良い、それでいて性格や家格も申し分ない完璧令息なのだから、仕方のないことだ。
けれど、クライヴァル様がそう言われるのは偏にそうなれるように彼自身が努力を怠らないからに他ならない。
出来て当たり前なんてことはないのだ。
それもこれも、皆の期待に応えるため。自分がこうなりたいという理想を実現するため。いずれ継ぐアルカランデ公爵領を守り、発展させるため。
放っておけば頑張りすぎてしまうクライヴァル様を支える人になる。
それが私の目標であり、その目標があるから私も頑張ろうと思える。
自分の欲望のためだけにクライヴァル様の隣を欲するなんて論外だ。
「あなたはクライヴァル様と婚約していた間、彼の何を見てきたのでしょう。クライヴァル様の考えを理解し、ともに同じ方向へ歩いて行ける人でなければ支え合うことなんて不可能です。あなたのように自分のことばかりで他者を思いやれないような人など論外だということを思い知りなさい。あなたには二度とクライヴァル様の前に現れてほしくありません」
「何よ、何なのよ……何様のつもりよ!」
婚約者様ですけれど? なんてことは思っても口にしない。
もういよいよ面倒くさいなと思っていると、外に待機していたはずの騎士が入ってきて、ヒューバートお義父様に耳打ちした。
「やっと来たか。入ってもらいなさい」
ヒューバートお義父様の言葉に誰がやってきたのだろうかと待っていると、様子を窺いながら部屋に入ってきたのは中年の男性と女性、そして私よりも若い少年だった。
中年の男性は後ろ手に縛られたベサニー夫人を見ると、「ああっ!」っと声を上げて彼女に駆け寄った。
「ああ、ベサニー! いったい何があったんだい? アルカランデ公爵、これはどういうことですか!」
「落ち着きたまえ、シャルバン侯爵」
「これが落ち着いていられますか! 可哀想に、ベサニー。すぐに解いてあげるから」
「お父様……助けて、お父様! みんなひどいのよ!」
先ほど自分のしたことを告白していたはずなのに、まるで自分の罪などなかったかのように男性に助けを求めるベサニー夫人。
なるほど、どうやらこの中年の男性がシャルバン侯爵らしい。
ということは女性が侯爵夫人で、少年は弟のディルク様なのだろう。
「解くことは許さない」
「なぜです! ベサニーがいったい何をしたというのですか!」
おそらくこの場で状況を理解していないのはシャルバン侯爵だけだろう。
その証拠に侯爵夫人とディルク様はシャルバン侯爵と違い、沈痛な面持ちで口を引き結んでいた。
お馬鹿が1名増えました。
こんなのが2人もいるとまともな家族は大変だ~( ̄▽ ̄;)