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私の名はマルカ【連載版】  作者: 眼鏡ぐま
●婚約者編
114/121

23.謙遜はしない

いいねや感想&誤字報告に評価などありがとうございます。

遅くなってすみません!

 

「ステファン、入っていいぞ」


 ヒューバートお義父様はベサニー夫人がこれから話す内容を一応記録させようと、部屋の外に待機しているクライヴァル様の従者のステファンに声をかけた。

 しかし何の反応もなかったことでクライヴァル様がハッと気づいた。


「マルカ、防音魔法」

「ああ、そうでした」


 自分で展開していた防音魔法のことを忘れていた私は、クライヴァル様の言葉でそれを解いた。


「ステファン、入っていいぞ」


 もう一度そう声をかければ、ステファンが扉を開けて部屋に入ってきた。

 そして、中の様子を目にし、思わず「うわっ」と声を上げた。


「……これは、また。ずいぶんな状況で」


 苦笑を浮かべながら私をちらりと見たので、何事でもないように微笑みだけを返しておいた。


「ステファン、これからスタークス前子爵夫人の話すことを全て記録してくれ」

「かしこまりました」


 顔以外の全てを氷漬けにされたベサニー夫人に多少の動揺は見せたものの、それ以上の反応は示さなかった。

 ステファンの準備が終わったところで、私は改めてベサニー夫人に確認をする。


「ではスタークス前子爵夫人、あなたのしたことを全て語っていただけますね?」


 ベサニー夫人は静かに首を縦に振った。

 最初の勢いが嘘のように大人しいし、今もなお顔色は悪い。

 演技なのか、本当に怖がっているのか判断が難しい。


「今からこの氷を消します――が、愚かなことは考えないように。もうご存じのように、あなたの動きを封じることなど簡単なことです。この場で誰よりも精密に魔法をコントロールできるのはこの私です。他の方があなたを取り押さえようとすれば……無傷というわけにはいかないこともあるでしょうから、そのおつもりで」


 私が氷を消すと言ったとき、一瞬ではあるがベサニー夫人の震えが止まった。

 なので、微笑みを浮かべながら、万が一にでも逃げようとしたらどうなるのかを教えてあげたらその顔が絶望に染まった。


(なるほど、さっきまでのは半分演技ってところかしらね)


 この状況になってまでそんなことができるなんて、本当にふてぶてしい精神をしている人だ。

 けれど、無傷では済まないかもと聞いてからの顔色は本物だと思う。

 彼女は根っからの貴族令嬢だ。

 今までの話を聞く限り、それこそ蝶よ花よと育てられてきたに違いない。

 今だって、肌も髪も十分に手入れがされていて、傷やケガなどとは縁遠い存在に見える。

 そんな彼女は自分の肌に傷がつくなんて許せないし、想像するのも恐ろしいことなのだろう。

 まあこれはベサニー夫人に限ったことではなく、ほとんどの貴族の女性に共通していることかもしれない。

 リディアナお義母様やクリスティナ様、クライヴァル様でさえ、私が魔法省の仕事で外に出た後には怪我がないかと真剣に聞いてくるくらいだからそういうものなのだろう。

 まあ、それは良いとして。


「では、魔法を解きますね」


 そう言ってベサニー夫人を覆っていた魔法を解く。

 氷は溶かすと同時に熱し、蒸発させて、拘束していた証拠はきれいさっぱり消した。


「……! あなたのせいで身体が冷えてしまったじゃない! お洋服だってこんなに濡れ――」

「濡れていませんよ?」

「――え? ど、どうして?」


 魔法を解いたと同時に文句を口にするベサニー夫人。

 本当にこの人の頭の中はどうなっているのだろう。自分の立場でどうしたらこんなことを口にできるのか不思議でならない。

 まあこの人の頭の中を理解できたほうが人として駄目なような気もするけれど。

 私はひとつ溜息を吐き、ベサニー夫人の疑問に答えた。


「どうしても何も、あなたを氷漬けにした際、直接服や肌が凍らないように内側に薄くシールドを張ったからですけど?」

「は? え?」


 私が言ったことがよく理解できないのか、ベサニー夫人の顔には疑問符が浮かんでいる。

 ついでにその後ろに立つリックは唖然というか、釈然としない表情で私を見ていた。

 大方、なぜそんなことができるのなら自分たちにも同じことをしてくれなかったのか。あの時は直接凍らせたくせに! とでも言いたいのだろう。

 大馬鹿者め。

 自分の身が危ないのにそんな甘っちょろいことをするはずがないでしょうが。


「さて、それでは全て話してもらいましょうか」

「う……わかったわよ!」


 なぜかいまだに偉そうなベサニー夫人を念のため後ろ手で縛ると、彼女は不貞腐れたように事の次第を話し始めた。

 まあ大体こちらの予想どおりのことしか言わなかったので、ただの事実確認のようになったのだけれど。


「邪魔なあなたを排除できると思ったのに、どうしてこうなるのよ。クライヴァル様と結ばれるのは私のはずだったのに……! 隣にいるべきなのはあなたじゃなくてこの私よ!」


 偉そうにキャンキャンとうるさい声でよく吠える。本当に、どこをどうしたらそんな考えに行きつくのか謎である。

 どれだけ自分に自信があるのだろう。

 落ち込みすぎて卑屈になるのも良くないけれど、自己肯定感が高すぎるのも考え物だ。


「はあ……。何度でも言いますけど、だからと言って私がいなくなればスタークス前子爵夫人が次の候補に、とはならないでしょう。たとえあなたがまだ未婚で、シャルバン侯爵令嬢のままだったとしてもそれは有り得ません」


 一度婚約を解消した人と再び婚約を結び直すなんてことはまずない。よほどの事情があれば別だが、ベサニー夫人は彼女自身の資質の問題から婚約を解消されたのだ。

 それなのに、この人はそれを理解できていない。いや、理解したくなかったのかもしれないが。


「どうして、どうしてですか、クライヴァル様! 私だってあなたに見合うように努力したのに……この子のどこが良かったのですか? 私の何がこの子に劣ると言うのですか!」


 まあこの発言が出てくるあたりで、ただの阿呆なのかもしれない。


「以前も言ったがスタークス前子爵夫人の努力は努力の方向性が私たちの求めていたものとは違っていた」

「それは! けれど努力はしたのです。間違っていたなら教えてくだされば良かったではありませんか!」

「はあ……」


 頭が痛いなと言ってクライヴァル様は眉間を揉んだ。


「教えただろう。私からも母からも、クリスティナからも助言があったはずだ。本来なら自分で気づいてほしかったところを私たちは何度も君に伝えた。だが何度言ってもそれを理解せず、ただ助けてほしいだの理解してほしいだのと言って真剣に聞き入れなかったのは誰だ」

「でも、私だって努力して……助けてくれるお友達もいなくて……」

「君はいつだってできないのは自分のせいじゃないと言う。支えてくれる友人がいないのだって、普段の君の振る舞いのせいだったというのにね」


 そう言ってクライヴァル様は首を横に振った。

 私はといえば、これでよくベサニー夫人は自分のほうがクライヴァル様に相応しいなどと言えたなと呆れていた。

 公爵家ともなれば貴族家の中でも高い地位にあり、社交界の女性の中心となっていかなければならない。

 けれどいくら位が高くても、社交界を一人で生き抜くのは至難の業だ。

 だからこそ友人となった者と互いに助け合って、情報を得たり、逆に渡したりして乗り越えていく必要がある。

 それなのに普段の振る舞いが悪すぎて同年代の女性から遠巻きにされるなんて話にならない。

 まあ私も一部の人たちからはそれなりに嫌われてはいるけれど、さして問題のない相手ばかりだ。

 学園時代、レイナード伯爵家が没落し、私がただの平民となった時でさえも仲良くしてくれた方たちは元々がクリスティナ様のお友達だったこともあり、リリクス侯爵家やシモンズ辺境伯家のご令嬢だ。

 それ以外にもクリスティナ様のおかげで、セルム子爵令嬢や他の下位貴族の方たちとも交流を持つことができた。

 今でも彼女たちとは頻繁ではないが手紙のやりとりが続いている。

 学園で結ぶことができた大切な縁だ。


「スタークス前子爵夫人、逆にあなたに問いましょう。あなたのどこが私に勝っていると言うのでしょう」


 私の言葉にベサニー夫人はカッと顔を赤くした。


「すべてよ!」

「すべてとは? 私は確かに平民で孤児ではありましたが、両親は元々隣国の貴族でしたし、現在の養父であるフィリップス侯爵とも実際に血の繋がりもあります。畏れ多くも王太子殿下に友人だと言っていただいてもおります。王立学園での成績は常に上位を守り、座学も魔法も他の方に後れを取らない自信があります」


 平民を馬鹿にしていたベサニー夫人のことだ。

 彼女の認識としては、平民は教養がなく魔力も低いと思っているに違いない。

 だからこそ、幼い頃から家庭教師をつけて学んできたはずの貴族ばかりの学園で上位を守り、今の場所まで上がってきた私のすごさはわかるはずだ。

 自分ですごいとか言うなと思われるかもしれないが、私はそれだけのことをやってきたという自負がある。

 これに関しては謙遜なんてしない。


「他にもリディアナお義母様に倣い、自分に足りていないマナーも身につけてきました。ヒューバートお義父様に助言を受けながらアルカランデ公爵領についても詳しくなったと思います」

「ずるい、ずるいわ! 私の時はみんなそんなに助けてくれなかった! どうして、どうしてあなたばっかり……!」


 ベサニー夫人の目からポロリと涙が溢れたけれど、まったく同情などしない。

 それどころか皆が呆れて「はあ……」と深い溜息を漏らす。


「当たり前でしょう? 自ら努力をすることなく人に頼ってばかりで、しかもそうして受けた助言を心に留めることもしない。そんなあなたを誰が助けたいと思うのでしょう」


 頑張っているから手助けしたい、こうしたらもっと成長するかもしれない、そう思うからこそ手を差し伸べる。

 反対に、自分では何もせずに人任せにし、助言を与えたところでそれを真剣に聞き入れないなら相手にもしたくなくなる。

 それは人として当然の感情ではないだろうか。


「私はこの数年間必死に努力を重ねてきました。それは以前の自分ではクライヴァル様に釣り合わないと思ったから、この人を支えていくには不十分だと思ったからです」


 互いの好きという感情だけで上手くいくほど貴族社会は甘くない。

 それでもクライヴァル様の隣に立って、この先の人生を一緒に歩んでいきたいと思ったから、誰に後ろ指をさされても揺るがない自信を手にするために努力したのだ。

 目の前のベサニー夫人がそんな努力をしたとは到底思えない。


「あなたはこの数年間何をしてきましたか? 自らの行いを反省し、失った信頼を取り戻す努力をしましたか? 領主夫人として、家や領民のことを考え行動しましたか?」


 私の言葉にベサニー夫人はぐっと言葉に詰まった。

 それこそが答えだ。



ベサニーがお馬鹿すぎて長くなりそう……。

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◆連載中作品もありますのでよろしくお願いいたします_(._.)_
― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます(^^) お馬鹿さんのくだりが同じことの繰り返しでお腹いっぱいになってきました。 華麗なマルカの魔法使いを違う場面で見たいなぁ。
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