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私の名はマルカ【連載版】  作者: 眼鏡ぐま
●婚約者編
110/121

19.お花畑は満開のようで

いいねや誤字報告に評価などありがとうございます。

 先ほどはリックが鳴らしたドアベルを、今度はクライヴァル様が鳴らす。


「……このようなお時間にどちら様でしょうか?」


 リックの訪問の後だからだろうか。

 警戒なく扉を開けていた先ほどとは違い、今回は扉が開く前にそう尋ねられた。


「シャルバン侯爵に伺い参った。君の主にクライヴァルが来たと伝えてくれ」

「……少々お待ちください」


 そう言って扉の向こうの男の気配が遠ざかる。


「開けてくれますかね~」

「開けるだろう。駄目でも押し入るだけだが」


 公爵令息が押し入るとか言ってはいけない気がするが、ヒューバートお義父様たちも扉が開くことを疑っていない様子だ。

 そういうものかと思い待っていると、少しの間をおいて「中へどうぞ」と扉が開いた。

 扉を開けた男は、外で待っていたのがクライヴァル様だけだと思っていたようで、彼の後ろに続く私たちを見て一瞬目を瞠った。

 けれど、結局そのまま中に入れ、ベサニー夫人の待つ部屋へと案内された。


「こちらでございます」

「ありがとう」


 扉が開けられ部屋へ入ると、応接室と思われるそこには寝間着にショールを羽織った可愛らしい女性がいた。


(この人がベサニー夫人……似ている、のかしら?)


 雰囲気が似ているとは言われたが、自分ではよくわからない。

 ベサニー夫人はクライヴァル様を見るとその顔に喜色をあらわにして立ち上がった。


「まあ、まあ! 本当にクライヴァル様ですのね! なんてこと! 私嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだわ!」


 何と声まで可愛らしい。

 本当に見た目だけなら可愛らしく、守ってあげたくなるような人と言われても納得できる。

 けれど、今まで聞いていたベサニー夫人の中身が残念過ぎて、がっかり感が半端じゃない。

 しかも彼女はクライヴァル様しか目に入っていないらしく、私はともかくヒューバートお義父様とリディアナお義母様の存在にさえも気づいていない。

 普通に失礼だ。


「久しぶりだな、スタークス前子爵夫人。今日は私の両親もついて来てしまってね。だというのに先触れも出さず申し訳ない」


 ここでやっとベサニー夫人はヒューバートお義父様たちに気づいたようだ。

 こんなに存在感のある人たちを無視するなんて、彼女の感覚はどうなっているのだろうか。

 心配になる。


「あ、ま、まあ! 私、久しぶりにお会いしたクライヴァル様に目を奪われてしまって……申し訳ございません。アルカランデ公爵様にリディアナ様、お久しゅうございます」


 慌てて佇まいを正し、笑顔を向けて挨拶をしたベサニー夫人は私の顔を見てハッとしたように目を丸くした。

 無視されているのかと思ったが、どうやら私のことはクライヴァル様の背に隠されて本当に見えていなかったらしい。


(あーあ、思い切り表情に感情が出てしまっているわね)


 驚きの表情で私を見た後に、リックを睨みつけていた。

 私に対してはかろうじて引きつった笑顔を向けているが、おおかた「何であんたがそこにいるのよ!」とでも思っているのだろう。

 クライヴァル様に守られるように立つ私に、あのお屋敷にいるはずなのに何故、という思いと、クライヴァル様の側にいるのは自分だ、という二つの思いがあるに違いない。

 ベサニー夫人とは初対面だけれど、そんなの関係なく笑ってしまうほどに感情が透けて見える。

 私でもわかるくらいなのだから、クライヴァル様たちは言わずもがな。

 そもそも表情すら取り繕えていないのだから、隠す気があるのかさえ疑わしい。


「こんな時間に申し訳ない。ところで、そちらは? 対応してくれたのはおそらく使用人でしょうが」


 それぞれがソファーに腰を下ろし、向かいに座るベサニー夫人にクライヴァル様が問いかけた。

 壁際に控えているのが私たちを出迎えた男で、ソファーに座るベサニー夫人の後ろに立つのは他でもないリックだ。


「え、ああ、これは私が雇った護衛ですわ。さすがにイヴだけを連れて王都に戻ってくるのは不安がありましたから」


 ベサニー夫人は少し慌てた様子でリックのことを自分が雇った護衛だと言った。


「本当にスタークス前子爵夫人が護衛の手配を?」

「まあ、クライヴァル様ったら。そんな他人行儀な呼び方をなさらないで? 以前の様にベサニーとお呼びくださいな」


 いやいや、あなたは他人ですから。

 そう思っても指摘してはいけない。クライヴァル様のベサニー夫人に対する嫌悪感がさらに上がったとしても、ここは我慢である。


(この様子だと自分が今失言したってことにも気づいていなさそうね)


 私たちはもうリックたちが指示に従ってナンシーを攫ったことも、依頼人の目的が私の貞操を汚すことだったということも知っている。

 リックを雇ったのが自分だと言った時点で罪を認めたのと同義だ。

 急にここにやってきたリックを隠す暇もなく私たちが訪れたものだから、素直に護衛だと言うしかなかったのだろう。

 まあ、本来なら夜も明ける前の時間に寝間着にショールをひっかけたような格好で、男性と一緒にいるなんてあまり褒められたことではないし、客人の前にこのような格好で出てくるのも宜しくない。

 少し時間がかかっても一旦席を外し、もう少し身なりを整えてから戻ってくるものだ。

 ほとんどの人はこの時間はまだ寝ている頃だろうし、ベサニー夫人だってきっとそうだったはずだ。

 そんな時間に先触れもなくやってきたのは私たちなのだから、いくら立場が下だとしてもそれくらいは許される。

 ただ、服装はあれな割に、お化粧だけはしっかりしているのだから、玄関先で待たされた理由はお化粧だったに違いない。

 どうせ整えるなら服もせめて室内着やワンピースなどに着替えるべきだ。

 やはり残念な女性である。

 もしくは寝起きの気だるげな色香でもってクライヴァル様を誘惑しようとでも考えていたのかもしれない。

 まあ、それくらいで誘惑されるような人だったら、私よりも先に誰かと婚約していたはずだし、私みたいな女に告白なんてしてこなかっただろう。

 ベサニー夫人を見ながらそんなことを考えていると、クライヴァル様は再び「本当にスタークス前子爵夫人が護衛の手配を?」と聞いていた。

 どうやらもう一度彼女の口から証言させ、言い間違えたなどとは絶対に言えない状況に追い込むらしい。

 なお、ベサニー夫人が名前で呼んでと言ったことは完全に無視である。


「以前のあなたではそのようなことはできなかったはず。あれからずいぶんと頑張られたのでは?」

「そうよね。以前のあなたは平民と直接言葉を交わすなんて怖いと怯えていたけれど、少し見ない間に成長したのね」


 クライヴァル様と、リディアナお義母様が揃ってベサニー夫人を褒めるような言葉を口にした。

 それを聞いたベサニー夫人はわかりやすく表情を明るくした。

 きっとクライヴァル様たちが自分を認めてくれたのだと思ったのだろう。

 彼らの予想どおりなら、ベサニー夫人は今なおクライヴァル様に未練があり、自分こそが彼の妻に相応しいと思っているはず。

 以前は縁を切られたけれど、この様子なら本当に自分の思い通りになるかもしれないとでも思っているのかもしれない。


(は~、やだやだ。脳内お花畑人間って意外と多いのね……)


 こんなことは思いたくないが、クライヴァル様の隣に座る私を一瞥して勝ち誇ったように口の端を上げるベサニー夫人を見れば、その予想は当たっているのだろう。

「フフンッ」という効果音を付けられそうなくらい、わかりやすく勝ち誇っている。


(だから、私に見えているんだから隣りのクライヴァル様たちにだって見えているって、なんでわからないのかしら……)


 私は何にもわかりませんというような微笑みを顔に張り付けながら、心の中で盛大に溜息を吐いた。

 こんな人が婚約者だったなんて、皆さんさぞや心労が募ったことだろう。


(頭の中のお花は外からは刈り取れないものねぇ)


 私がそんな失礼なことを考えているなどとは露程も思っていなさそうなベサニー夫人は、先ほどよりも自信満々に「そうです」と答えた。


「私が、私自身の意志と私自身の手で護衛を手配したんですの。私も以前とは違って大人になったのですわ。そこの、クライヴァル様の影に隠れているだけの方とは違って、そういったこともできるようになったのです」


 またしても私を見て勝ち誇ったように笑った。

 私、私、とうるさい人だ。笑っている場合ではないといい加減気づいたほうが良いと思う。

 ほら、クライヴァル様たちの笑顔がどんどん冷ややかなものになってきた。


「……スタークス前子爵夫人、彼女が誰かご存じで?」

「ええ、ええ! 存じ上げておりましてよ。たとえ王都から離れた土地に住んでいたとしても、やはり情報というものを集めるのは大事なことですから。かつてリディアナ様に教わったことですわ」

「そうね、たしかにそう教えたわ。では当然、彼女の名前も知っているのよね?」

「もちろんですわ」


 ベサニー夫人は私を見て「マルカ・レイナード……あら、ごめんなさい。今はマルカ・フィリップス侯爵令嬢でしたわね。今はクライヴァル様の婚約者」と言った。

 わざわざレイナードの家名を口にするとは、あの犯罪に手を染めた家の出だとでも言いたいのだろう。


 今までも悔しまぎれに同じようなことや、平民だったくせにとこそこそ言われたこともあった。

 そこはいい。


(でもその後の「今は」って何なの? 前は自分だったって? それとも今後は違うとでも言いたいの?)


 うん? あれかな?

 喧嘩を売っているのかしら? 私に?

 買ってあげても良いけれど、ベサニー夫人はリディアナお義母様の教えで忘れていることがあるのではないだろうか。


『勝てない喧嘩を売ってはいけない。売ったからには勝たなくてはいけない』


(勝てない喧嘩を売ったのはあなたよ、ベサニー夫人)


 そんな感情に気づいたクライヴァル様が、私の手をそっと握った。

「思う存分やってしまえ」と目が語っているので、遠慮なくいかせていただきます!


マルカ、いっきまーす!(≧▽≦)!笑

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― 新着の感想 ―
そうなんだよなあ前子爵夫人なんだよなあ 人妻っつーか未亡人なんだよなあ 本人そう呼ばれても全然気にしてないけど
次回、再びマルカ無双でしょうか(*´ 艸`)
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