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私の名はマルカ【連載版】  作者: 眼鏡ぐま
●学生時代編
11/121

11.本と鬘

 

「マルカお嬢様のお部屋はこちらでございます」


 そう言って侍女さんに連れて来られた部屋は、おそらく調度品などはとても高価なのだろうが伯爵家にあったようなやたらと光っている物とは違い、落ち着いた雰囲気の部屋だった。


「こちらにお荷物を運ばせていただきました」


 部屋の奥にある扉を開けるとそこはどうやら衣装部屋のようだった。

 この、衣裳部屋にしては広い空間に私のドレスやワンピースがひっそりと掛けられていた。

 実は外出用のドレスは気合の入った物を何着か持っているのだが、室内やちょっと出かけるためのワンピースはあまり持っていない。

 というのも、ドレスに関してはレイナード伯爵がくだらない理由から張り切って用意したのだが、他の貴族の目に触れない室内用の服までお金をかけることは必要無いと判断したのかあまり作ってもらえなかった。

 伯爵家にいる時はほとんど部屋から出ず、そんなに数があっても使い切れる気がしないので私としてはちょうど良かったが。


「お着替えはどのお召し物にされますか?」


 だから、こんなふうに聞かれてもさほど迷わず決めることが出来る。

 私は数少ないワンピースの中から1着を手に取る。


「これにします」


 モスグリーンのワンピースだ。

 ウエスト部分をリボンで縛るタイプのシンプルな作りのものだ。


 クライヴァル様達を待たせるわけにもいかないのでさっさと着替えようと思い侍女さんに声をかけた。


「では着替え終わったら声をかけさせていただきますね」


 私の言葉に侍女さんはなぜか驚いた顔をした。


(え?なに?何かおかしいこと言った?……あっ!)


 そうだった。

 貴族のご令嬢は一人で着替えなんかしないんだった。

 公爵令嬢であるクリスティナ様ももちろん一人で着替えはしない。

 いや、でもねぇ。

 私、平民だし。

 伯爵家にいた時も、意地悪だかなんだか知らないけど最初以外は誰も手伝ってくれなかったし。

 まあ他人に裸を見られるのも抵抗があるから良かったと言えば良かったのだが。


「マルカお嬢様」

「は、はい!」


 呼ばれて侍女さんを見ればにっこりと笑っていた。

 なんだろう。

 笑顔なのに怖い。


「マルカお嬢様は今までもお一人で?」

「そうですね。大体は、はい」


 私がそう答えると、侍女さんの笑みが深くなったような気がした。

 これはきっとあれだ。

 同じ侍女として伯爵家の侍女のなってなさに怒りが込み上げているのだろう。


「わかりました。今回は手伝わせていただきますね」

「いえいえ。脱ぐのも着るのも比較的簡単な物ですので大丈夫ですよ」

「そういう訳にはまいりません。これも私たちの仕事ですので」

「いや、あの、ちょっと恥ずかしいので……」

「マルカお嬢様、これを機に慣れてくださいませ」



 何となくそうなる予想はしていたのでこれ以上の無駄な抵抗は止めた。

 本当は、平民なんだから人に手伝ってもらうことは無いと言いかけたけれど、今後もし運良く貴族のお屋敷で働くことになった際には侍女さんの動きを覚えておいて損は無いなと思った。




 着替えと、ついでにお化粧も軽く落としてサロンに向かう。

 クリスティナ様はまだ来ておらず、クライヴァル様だけがゆったりとソファに腰を掛けて本を読んでいた。


(こういう構図の絵とかありそう)


 改めて見ると本当にお綺麗な顔をしている。

 男性に対して綺麗というのもなんだが、けして女性的な美しさでも中性的な美しさでもない。

 きちんと男の人なのだが綺麗なのだ。

 顔のパーツがあるべきところにあるというのか、まあとにかく整っているのである。

 女性が騒ぐのも無理はない。


(それなのに、この方を知らない私って……。もっと周りに興味を持つべきね)


 少し反省しつつも、これからは今までよりも自由度が上がるから視野を広げなければと思う。


「マルカお嬢様をお連れいたしました」


 侍女さんに連れられて入室するとクライヴァル様が読んでいた本から視線をこちらに移した。


「ああ、クリスティナはまだ来ていないんだ。好きなところに……というのは難しいか。そこに座ってくれ」

「はい。失礼いたします」


 私は指示された通り、クライヴァル様のテーブルを挟んで向かい側のソファに座った。

 何となくクライヴァル様が手にしていた本に目をやる。

 するとクライヴァル様も私の視線に気づいたようだった。


「この本が気になるか?」


 正直、本が気になるというより、目の前に座らされて何処に視線を持っていけば良いか迷っていただけなのだが。

 しかし、少なくとも容姿だけなら(性格等はまだ知らないので)満点男が興味を持つ書物とはどういうものなのか、気にならないと言ったら嘘になる。

 私の僅かなこの間を肯定と取ったのか、クライヴァル様は持っていた本を目の前のテーブルに置いた。

 手に取って確認して良いということなのだろう。


「ありがとうございます。拝見します」


 分厚いその本は思っていた通り重かった。

 そして表紙に書かれた題名は、本と同じくらい重かった。


 ―――『人心掌握術』―――


 ・・・・・・。


 これは、どう反応するのが正解なのか悩む題名だ。

 これは人前で読むような本なのか。

 ・

 ・・

 ・・・ん?

 以前どこかで同じようなことを思ったような気がする。

 どこだっただろう。


「お待たせしてしまってごめんなさい」


 私が本を手に記憶を探っていると、クリスティナ様がやって来た。

 クリスティナ様はクライヴァル様の隣に座ると、私の持っている本に気付いたようだった。

 そして僅かに顔を顰めた。


「お兄様?この趣味の良い本をマルカに読ませようだなんて思ってないわよね?」

「まさか。思っていない」

「なら良いけど」


 クリスティナ様は普段よりも言葉遣いが崩れていて、兄妹間でポンポンとリズムよく会話が続く。

 これが彼女の素なのかと思うと、なんだか少し嬉しく思えた。


「マルカもそんな本読む必要無いわよ」

「でもちょっと面白そうですよね」

「……貴女がそんなことまで覚えたら怖いことになりそうだから止めてちょうだい」

「冗談ですよ。でもなんかどこかで見た覚えがあるんですよね、この本」


 私が何処で見たか思い出せずに何となくもやもやした気分でいると、クライヴァル様が侍女さんを呼んで何かを持ってくるように指示した。

 そして戻って来た侍女さんが持ってきたものは・・・(カツラ)

 クライヴァル様は栗色のぼさぼさとした巻き毛の鬘を侍女さんから受け取ると、おもむろにそれを被った。

 ダークブロンドの髪が全て隠れるように整え、ほとんど目が隠れているように前髪部分も雑に乱し、こちらを向いた。

 そして私の手から本を取り上げると、それを手にしてこう言った。


「マルカ嬢。これでも思い出さないか?」

「……ああっ!あなた図書室の!!」


 その姿を見て、私はやっと思い出した。

 そして思わず立ち上がってクライヴァル様を指差した。

 人を指差しちゃいけませんとはよく言われるが、この時はそんなことすっかり頭から抜け落ちて、はしたなくも驚きで口を半開きにしたままクライヴァル様を指差した状態で固まった。

 しかしすぐにクリスティナ様から「マルカ、お行儀が悪くってよ」と言われて我に返った。


「す、すみません」


 私は慌てて腰をソファに戻し、クライヴァル様をもう一度見た。

 彼は意地悪そうにニヤッと笑った。


(ありました、ありましたよ!確かにクライヴァル様にお会いしたことありました!でも気付けって方が無理でしょう?!)


 私は思わずため息を吐いた。



ブクマ&感想&評価、誤字報告などありがとうございます。

指摘されて初めて知る日本語の間違いが多くて恥ずかしくも勉強になります。



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