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私の名はマルカ【連載版】  作者: 眼鏡ぐま
●婚約者編
106/121

15.ベサニー・スタークス


なんだかごちゃごちゃしていますが……

ベサニー・スタークス前子爵夫人=元シャルバン侯爵令嬢

そしてクライヴァルの元婚約者です。

 

 忘れかけていた名前だったので反応するのに少し時間がかかってしまった。


「……あの、でも前スタークス子爵夫人は領地にいらっしゃるはずでは?」

「そのはずだったのだが、父であるシャルバン侯爵を頼って王都に戻ってきているそうだ。この情報はシャルバン侯爵子息、つまりベサニー・スタークスの弟から提供されたものだから間違いないだろう」


 クライヴァル様が今日の仕事終わりに直接聞いた話らしい。

 まだ何もしていないようだが、これから何か迷惑をかけるようなことを仕出かすかもしれないから念のため注意してほしい、そんなふうにシャルバン侯爵子息は言ったそうだ。

 弟にここまで言われるベサニー夫人とは……。

 私が考えている以上に面倒なタイプの人なのかもしれない。


「帰宅したクライヴからその話を聞いた時、私はすぐにその娘に疑いを持った。けれど確証もなくその情報だけでシャルバン侯爵家に行くわけにもいかない。言い掛かりだと言われてしまえばそれまでだ」

「はい、よくわかります」


 王家に次ぐ地位のアルカランデ公爵家がその権力を盾に身勝手に行動するわけにはいかない。

 影響力のある地位だからこそ慎重に動かなくてはいけないこともあるのだ。


「だが先ほどの男の話を聞いて、ほぼ間違いなくあの娘が関わっているだろうと感じているよ。マルカはあの男が言っていたケデフという街を知っているかい?」


 ヒューバートお義父様からの問いかけに自分の記憶を探ったが、私は答えを持ち合わせていなかった。


「いえ。勉強不足で申し訳ありません。その街はどちらに?」

「スタークス領さ。領内には北と南に比較的大きな街があるんだがね、王都寄りの南に位置するのがケデフという街なんだ」


 ヒューバートお義父様の予想では、ひっそりと屋敷を出たべサニー夫人はすぐにそのケデフという街で男たちを雇い、王都に向かったのだろうということだった。


「そんなにすぐに足の付きそうなことをしますか?」

「いや、逆に個人で馬車を手配しなければ、すぐに領地を出たことが露見していただろう」

「なぜです? 変装して乗合馬車を利用したほうが見つかりにくいのではないですか?」


 そこそこ大きい街なら人の行き交いも盛んだろうし、多くの人の中に紛れてしまったほうが個人で馬車を雇うよりも遥かに見つかりにくいと思うのだけれど。

 私がそう言えば、ヒューバートお義父様は苦笑を浮かべ、「普通はそう思うだろうな」と言った。


「けれど、あの娘が以前から変わっていないとすれば……クライヴ、お前はどう思う?」

「そうですね……もし彼女があの時から変わっていないのであれば、絶対に個人で馬車を雇うと思います。乗合馬車など絶対に利用しないでしょう」

「なぜですか?」

「彼女は気位が無駄に高いからだ」

「……はい?」


 クライヴァル様曰く、ベサニー夫人は自分が貴族であるということに良く言えば誇りを持っており、悪く言えば家格や権力を重要視しており平民を見下しているのだそうだ。

 そんな彼女が変装のために平民と同じような格好をするなど考えられない。

 まして平民と肩を寄せ合うような乗合馬車を利用するはずがないということだった。


「あの……」

「なんだ?」

「言いたくはないですが、その、彼女は仮にもクライヴァル様の婚約者だった人ですよね? アルカランデ公爵家に嫁ぐはずだった者としてはあまりにも……」


 その先を言わなくても十分伝わったようで、皆静かに頷いた。


「マルカの言いたいことはよくわかる。ただあれも当初からそうだったわけではないのだ」

「初めて会った頃は普通の可愛らしいお嬢さんだったのよ?」


 頭の回転も悪くなく、緊張しながらも人好きのする笑顔で挨拶をしてくれていたとリディアナお義母様は溜息をついた。


「それなのに成長するにつれてどんどん良くないほうに行ってしまったのよねぇ。クライヴの婚約者であったから周りから色々言われたり、プレッシャーなどもあったのだとは思うけど……それとこれとは別の話。それを乗り越えられないようじゃここではやっていけないものね」


 決して自分たちだって助言をしなかったわけではない。

 助言を真摯に受け止めず、あらぬ方向へ力を注いだのは彼女自身だとリディアナお義母様は冷ややかに笑った。


「あら、いけない。話が逸れてしまったわね。続けてちょうだい」

「……まあそんな人物なわけだが、彼女は美人というよりは可愛らしいと言われる容姿で、深い栗色の髪とエメラルドのような瞳を持っているんだ。これが偶然の一致だと言えるだろうか?」

「言えないと思います。ですが……」


 逆にあまりにも状況証拠が残りすぎていて、誰かがベサニー夫人に疑いが行くように仕向けたのではないかと思ってしまうくらいだ。

 それに、もしも本当にベサニー夫人が依頼人だったとして、こんなことをした理由は何なのだろうか。

 そう首を傾げる私にヒューバートお義父様は苦笑を浮かべた。


「それこそが私たちがあの娘こそが依頼人だと思う最大の理由なんだ。マルカ、君がクライヴの婚約者だから狙われたのだと私たちは考えている」

「それは……正直に申しまして、今さら? という感じなのですが……」


 私とクライヴァル様の婚約が公になったのはもう数ヶ月も前のことだ。

 私の存在が気に食わなくてこのようなことをしたのなら、もっと早くに動きがあっても良さそうなものだし、もしそれが理由なら他にも当てはまる人は大勢いる。


「しかもベサニー夫人はご主人を亡くされたばかりの未亡人ですよね? 今さら私に危害を加えたところで彼女には何のメリットもないのではないでしょうか」


 普通の貴族の令嬢ならまだしも、他家に嫁いだ女性が夫を亡くしたからといってアルカランデ公爵家に嫁ぐなんて普通ではありえない。

 ましてや一度は婚約を解消した相手だ。

 好き合っていたのにのっぴきならない事情から離れざるを得なかった相手というならまだしも、そういうわけでもない。

 つまり絶対にないと断言できる。


「私が狙われた理由はそれとして、もっと他の家やご令嬢という可能性のほうが強いのではありませんか?」

「その可能性のほうがよほど低いな」


 ヒューバートお義父様はそう言って首を横に振った。


「今この国でアルカランデ公爵家とフィリップス侯爵家に牙を向けようなどという死にたがりの愚か者はいない。もし当主筋の思惑で動いていたとしたら、必ず私の耳に入っている」


 そう言ってにこやかな笑みを浮かべるヒューバートお義父様は少し怖い。

 今、ものすごく自然に、けれど自信満々に色々な意味での自分たちの力の強さと情報網の凄さを口にされた。

 けれど、それが決して過言ではないとわかるからこそ恐ろしい。


「それにクライヴに懸想していた他のお嬢さん方は、マルカとの婚約が決まった後から次々と婚約者が定まったから考えなくても良いと思うわ」


 ヒューバートお義父様から引き継ぐように話すリディアナお義母様は、情報は自ら取りに行かなければどんどん逃してしまうものだとも言い、もしかしたら王都から離れた所にいたベサニー夫人が私たちのことを知ったのも、つい最近のことだったのかもしれないと言った。

 さらには彼女は未だにクライヴァル様のことを諦めていないのかもしれないとも。


「……やめてくださいよ、恐ろしい」

「あら、冗談で言っているんじゃなくってよ? クライヴだってそう思うからこそシャルバン侯爵家に乗り込もうとしたのではないの?」

「それはそうですが」

「……乗り込もうとしたんですか?」


 驚きから目を丸くしてクライヴァル様を見れば、彼はバツの悪そうな顔で「ああ」と頷いた。


「母上たちに諭されて思い留まったがな」


 この事実を知って少し嬉しいと感じてしまう私はずるいのかもしれない。

 心配をかけてしまったのに、普段は冷静なクライヴァル様が私のためにそこまでしようとしてくれたことを嬉しいと思ってしまった。

 真面目な話をしているのににやけそうになる顔を制し、ヒューバートお義父様に話の続きを促すと、依頼人をベサニー夫人と仮定した場合、おそらく彼女の目的は私の醜聞を作り出すことだったのではとヒューバートお義父様は言った。


「醜聞、ですか?」

「ああ、そうだ。大方、朝になったらその屋敷に誰かを差し向け、マルカを発見させる手筈になっているのではないだろうか。そして嫁入りが決まっている令嬢が、男たちと一晩共に過ごしたのだと吹聴して回るつもりだったのかもしれない」

「事実がどうであれ、令嬢が一晩家に帰らず行方知れずだというだけでも噂好きな方たちにとっては格好のネタですものねぇ。それが次期公爵の婚約者ともなればなおのこと。クライヴを諦めなければならなかった令嬢たちにとっては悔しさや妬ましさを晴らす良い機会でしょうしね」

「だからこそマルカが自ら男たちの待つ街外れの屋敷に向かうように仕向けたのだろうな。……本当に腹立たしい。マルカじゃなかったらと思うとゾッとするよ」


 クライヴァル様は顔を顰めた。



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