12.ささっと行って、さっさと帰る
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あのお屋敷から連れ出した男に用意させたローブのフードを目深にかぶり、連れてこさせた連れ込み宿の3階に上がる。
「ここですか?」
声を抑えて男に確認すると、首を縦にブンブンと振った。
「もし嘘だったら……」
「こ、この期に及んでそんなことしねえっ……です」
男も小声でそう返し、部屋の扉の鍵を開けた。
「あなたが先に入ってください」
男が扉を開けると、中から呻き声が聞こえた。
念のため男に先に部屋に入らせ、続いて私も後から続き、逃亡防止のため扉にシールドを張った。
「ううっ……むー! むー!」
そして呻き声の聞こえる方を見ると、そこには簡素なベッドの上で両手両足を縛られ布を噛まされたナンシーの姿があった。
「ナンシー!」
すぐさま駆け寄りナンシーの口を解放すると、私が彼女の心配をするより先に「マルカお嬢様! ご無事ですか!?」と聞かれ、思わず苦笑してしまった。
「ご覧の通りピンピンしてるわ。それよりナンシーは? どこか怪我などしていない?」
ナンシーの手足を縛っていた布を解きながら聞く。
ついでに彼女の着ている服も密かに確認したが、大きく乱れたところはなかったので安心した。
手足が自由になったナンシーは私に抱きつくと、声を上げて泣いた。
「私は大丈夫です! 申し訳ございません! ご無事で、本当にご無事で良かった!」
「泣かないで。謝る必要なんかない。ナンシーは何も悪くないもの。悪いのは……」
ちらっと横目でここまで連れてきた男を見れば、彼はビクッと肩を揺らした。
やはり相当怯えられている。
「悪いのはあそこにいる男と、彼らの依頼人なんだから」
「い、依頼人? それはどういう……というかいったい何が起きているのですか? この男性はいったい……」
ナンシーは訳がわからないといった様子で男を見た。
彼を見ても何もわからないということは、ナンシーが連れ去られた時意識が朦朧としていたというのは本当のことなのだろう。
「詳しいことは後で話すわ。とりあえず早くここを離れてお屋敷に戻りましょう」
予定していた帰宅時刻からかなり経ってしまっている。
皆心配しているだろう。
すでに捜索が開始されている可能性もあるが、私が考えたようにどこの誰がどのように関わっているかわからない今の段階では表立って動くことができずにいるかもしれない。
だからこそ早く私たちが無事であると知らせなければ。
「大丈夫? 立てる?」
「はい」
「じゃあ行きましょう」
まだ少し足元のふらつくナンシーに肩を貸す。そして気付く。
(……ここ、3階だったわ)
ぴたりと動きを止めた私にナンシーは不思議そうに視線を向けた。
頼りたくない。本当は彼女に触れさせたくもないけれど、さすがに自分の力では無理だと気付いてしまった。
不本意だ。本当に不本意だ。
「……マルカお嬢様? どうされたんですか?」
深い溜息を吐いた私にナンシーが心配そうに声をかけてきた。
「ナンシー、本当はあなたに触れさせたくないの。でも悔しいけれど私の力じゃ無理なのよ。だから、少しの間だけ耐えてちょうだいね」
「え? え?」
何を言われているのかわからず狼狽えるナンシーに心の中で謝りながら、私は扉の側で逃げようともせず待機している男を呼んだ。
「ちょっと。手を貸してもらえますか?」
「え? 俺?」
「あなた以外誰がいるんですか。早く」
「は、はい」
傍にやってきた男にナンシーを馬車まで運んでほしいと頼み、私はまた目深にフードを被った。
「しっかりシーツで包んで。直接彼女に触ったら許しませんから。ナンシー、ごめんなさいね」
ナンシーはわかっていると言うようにこくりと頷いた。
「あの、お嬢さん……」
「なんですか?」
「このシーツ勝手に持ってちゃっていいんですか? 店の備品なんじゃ」
「大丈夫ですから。ほら、早く」
男にナンシーを抱えさせ、私たちは部屋を出て階段を降りた。
受付にいた店員に無言で少量のお金が入った袋を渡す。
話しによると、この連れ込み宿は前払い制。本来なら宿を去る際に支払いは必要ない。
けれど宿の備品であるシーツを持ち去ろうというのだから、そういうわけにもいかない。
店員は男が抱えたシーツを見てから袋の中身を確認すると「毎度あり」と小さく言って、出ていて良いというような仕草を見せた。
私はぺこりと頭を下げ無言のまま宿を出た。
男に馬車までナンシーを運ばせ、行き先を告げようとして思い留まった。
「……あの?」
「今から行き先を言いますけど、絶対に声に出さないでくださいね」
「ヒェッ……なん、ですか、その笑顔怖いんですけど! 俺、なんかやばいことに巻き込まれてます!?」
「声が大きい」
「むぐっ!」
シーツを男の口に押し当て黙らせる。
「巻きこまれるも何も、自ら進んで足突っ込んでるんですよ。いい加減気づきなさい」
だから私がまだ許してあげると言っているうちに、素直に従っていれば良かったのにと言えば、男は未練がましく「だってまだ報酬もらってなかったんだよぉ……」と泣きそうな声で言った。
「状況を見誤ったあなたたちの自業自得ですよ。とにかく、これ以上私の心証を悪くしないことが今できるあなたの最善です」
「はあ……ほんと最悪だ。昼間までは最高の気分だったのに……」
「それはこちらの台詞です。それで行き先ですけど」
「お、おう」
ごくりと男は息を呑み、私はにっこりと笑って行き先を口にした。
「行き先は――アルカランデ公爵家です」
「……っ!? なっ……むぐ!」
顔を引きつらせ、叫びそうになった男の口にシーツを突っ込む。
やっぱりこんな男たちでも知っているくらいアルカランデ公爵家は有名なようだ。
まあ王族の次くらいに有名なのだから、この国の民で知らないほうがおかしいのだけれど。
「貴族の邸宅がある地区はわかりますか?」
男がシーツを咥えたままこくこくと首を縦に振る。
「そうですか。ではまずそちらへ。そこからは私が案内します」
涙目の男からシーツを取り上げ、さっさと御者台に行くように促し馬車の扉を閉めた。
「……マルカお嬢様、あの者は何者なのですか? それに、自由にしてしまって目的と違う場所に連れて行かれたりしたら……私も御者台に参ります」
「大丈夫よ。ここに来るまでも素直に従っていたし、さすがにアルカランデ公爵家の名を聞いてこれ以上罪を重ねるような真似はしないでしょう。それになぜだかわからないけど、私ものすごく怖がられているのよね。不思議よねー」
ふふふと微笑んでそう言えば、ナンシーは怪訝な表情で「マルカお嬢様、あの者に何をされたんですか?」と言った。
「ちょっとお仕置きしただけよ?」
そこからナンシーに書店からの出来事を掻い摘んで説明したのだが、話を聞き終わった彼女は深い溜息を吐いた。
「マルカお嬢様、お願いですから今後もしこんなことが起きたら、絶対にひとりで行動しないと誓ってください! 貴女に何かあったら皆が悲しみます! 犯人と対峙しようなんて思わないでください!」
「……善処するわ」
「善処ではなく!」
「ま、まずはそうならないよう気をつけていきましょう! ね? それに今回も自分の安全はしっかり確保した上で乗り込んだから!」
「そういう問題ではありません……はあぁ、ちなみにお仕置きとは? あの者はなぜマルカお嬢様をあそこまで恐れているのですか?」
私は男たちを氷漬けにしたうえで水責めと雷を交互に浴びせたことを話した。
「……えげつない。いえ、敵に情けは無用ですものね、ええ」
「大丈夫! 証拠は残していないから!」
「証拠を残さないのが一番怖いんですって……まあ、あの者の態度にも納得がいきました」
訓練されたわけでもない一般人ならば心が折られ、二度と逆らうまいと思うだろうと、ナンシーは若干口の端を引きつらせて言った。
◇◆◇◆◇
「マルカが帰ってきていないとはどういうことですか?!」
「落ち着きなさい」
クライヴァルが屋敷に帰ると、馬車から降りた彼に従者のステファンがこそっと耳打ちをした。
するとクライヴァルは顔色を変え、急ぎ足で両親のもとへと向かい、一言めに放ったのが先ほどの言葉だ。
「……っ、すみません。しかしいったいどういうことなんです?」
「わからない。現状では予定していた時刻に戻ってきていないということだけだ。今まではこんなことはなかったので心配になってな」
街に屋敷の者を向かわせたが、立ち寄ると言っていた書店を出てからの足取りが掴めないということだった。
「侍女は?」
「ナンシーが一緒に行っているわ。当たり前だけれど、彼女ももちろん戻っていないの」
マルカたちを街まで送り届けたアルカランデ家の馬車は予定していた時刻に迎えに行ったが、時刻を過ぎても二人は現れなかった。
しばらく待ってはみたものの、一向に姿を見せないことに不安になった御者は慌てて屋敷まで戻って事の次第を告げた。
入れ替わるように屋敷の者が二人、馬車停め場で待つ者と周囲に話を聞く者に分かれるために街に向かった。
そして書店を出てからの消息が掴めないということだけが報告されのだ。
「何か事件に巻き込まれた可能性は?」
「今のところ警備隊にはそれらしき情報は入っていないそうだ」
「屋敷のほうにも何の接触もないわ」
そうは言っても予定された時刻に帰ってこないということは今までなかったのだから、そういうことなのだろう。
自分たちには後ろめたいことなど何もないアルカランデ公爵家だが、他の貴族からは羨まれたり妬まれたりすることもある。
だからといって実力行使に出るような愚かな家はそうそうないと思っていたのだが。
「クライヴ、最近身の周りで何か変わったことはなかったかしら」
「とくには……、っ!」
「何かあるのか?」
クライヴァルは帰り際に聞いた話を思い出した。
「……今日、ディルクが私のもとを訪れました」
「ディルク? シャルバン侯爵家の倅か」
「そうです。ディルクは姉である前スタークス子爵夫人が王都に戻ってきていると私に伝えに来てくれました」
「……あの娘が戻ってきている? それは本当か?」
「スタークス領にいるのではなかったの?」
「ええ、そのはずだったのですが、シャルバン侯爵が王都の端に密かに屋敷を用意したとディルクは言っていました。今はまだ何かをしたわけではないが、念のため気をつけてほしいと」
ベサニーがクライヴァルを好き、執着していたのは皆知っている。
婚約を解消した後も、新たな嫁ぎ先が決まった後も、そして嫁ぐまでの間も何度も面会を望む手紙が来ていたほどだ。
3人の間に何とも言い難い沈黙が流れた。
「……シャルバン侯爵家に行ってまいります」
「ならん」
立ち上がりかけたクライヴァルを父であるヒューバートが止めた。
「なぜですか! 何かあってからでは遅いのですよ?!」
「駄目だ。座れクライヴ」
「父上! 私は――」
「クライヴ、お座りなさい」
ピシャリと有無を言わせない硬質な声がクライヴァルの声を遮った。
「少し冷静になりなさい。何か起こってからでは遅いとうのはわかるわ。でもまだ何も起こっていないのよ」
正確に言えば、何が起きているのかわかっていない。
何か起きていたとして、シャルバン侯爵家が、ベサニーが関わっているのかどうかさえわからないのだ。
いくら相手より家格が上の公爵家であるといっても、そんな状態でシャルバン侯爵家に詰め寄るなどという横暴な真似はできない。
そして事はそれだけでは収まらない。
「今ここで無暗に動けばあなたとマルカとの婚姻も危ぶまれるわ。わかるでしょう?」
「……すみませんでした」
クライヴァルは母であるリディアナが言わんとしていることを理解し、再びソファに腰を下ろした。
もしも本当にマルカが誘拐されたのだとして、その身を保護しないままに事が公になって一番害を被るのは誰か。
それはマルカだ。
たとえマルカに何の瑕疵が無かったとしても、クライヴァルの婚約者である令嬢が何者かに攫われたとなれば、これ幸いとあらぬ噂を立てる輩が出てくるだろう。
無事に戻ってきたとして、攫われている間にその身に何かがあっても不思議ではないなどと面白おかしく話すに違いない。
もちろんクライヴァルは何があってもマルカ以外を伴侶にする気などないし、そもそもマルカの強さと防御能力の高さを知っているから彼女の貞操を疑うことなどない。
けれど真実がどうかなんて噂に興じる者たちにとってはどうでも良いことだ。
公爵家の力を以て、表面上の噂を消し去りマルカの耳に入らないようにすることはできるだろうが、それでも人の口に戸は立てられないものだ。
だからこそ秘密裏に解決することが求められる。関わっているかどうか確定ではないシャルバン侯爵家に殴り込むなど悪手でしかないのだ。
「……マルカは、無事ですよね……?」
「お前がそんな弱気でどうする」
「そうよ。マルカの強さはクライヴが一番知っているでしょう? あの子は不埒な輩に好き勝手させるような大人しい性格ではありませんよ」
そう言って不敵に笑うリディアナを見てクライヴァルは落ち着きを取り戻し、自分の不甲斐なさを恥じた。
「すみませんでした。母上の言うとおりです。マルカはきっと今も自分にできる最善を尽くしているはずです。そうですよね、父上?」
「ああ、そうだ」
「すでに数名を捜索に当たらせているわ。私たちはどう転んでも良いように対策を考えましょう。もしかしたらひょっこり帰ってくるかもしれないしね」
「はい」
リディアナの言葉通りになるのを望んではいたが、まさかそれが現実になるとはこの時は誰も思っていなかった。
この物語のヒロインはヒーローでもある\(^▽^)/
だってマルカだから!
2月もあっという間に半ばを過ぎましたね。
今年はバレンタインデーにかこつけて、自分用にたくさんチョコを買い込みました。
ちょっとだけ高いものにも手を出しました(笑)
どれもこれも美味しくて幸せです(*´ω`*)
皆さんはチョコを買ったり、貰ったり、あげたりしましたか?