11.男たちの事情
まだまだマルカのターン。
あの後、男たちはすぐに口を割った。
やはり水と雷の交互責めは相当堪えたらしい。
がっくりと項垂れてなぜか皆イスに座る私の前に正座をし、一列に並んでいる。
何も事情を知らない人がこの場を目撃したら、私はあくどい女主人に見えてしまうだろう。
「はあ……」
頬に手を当て溜め息を一つ吐けば、男たちは肩をビクッと揺らした。
そんなに怯えなくても良いだろうに。
「今話したことに嘘はありませんか?」
「な、ないです!」
「そうですか。それにしても……本当に馬鹿ですね」
男たちの証言によると、彼らは地元の街で貴族だと名乗る女性に王都まで自分の護衛をしないかと声をかけられたそうだ。
幸い彼らは馬にも乗れたし、御者として働いた経験のある者もいた。そして仲間内に腕っぷしに自信のある者もいた。
貴族の女性には従者と思われる男が一人付き従っていたが、二人の距離は妙に近く、何か訳ありかと疑った。
ただ、それを詮索したところで何も良いことはないし、何より報酬に目がくらんだ。
支払いはすべての仕事を終えてからということだったが、道中も安宿ではあったけれど男たち用に宿を借りてくれたり、豪華な食事をとらせてくれたり、さらには娼婦を宛がってくれることもありと良いことづくめだった。
お金に汚いケチな貴族もいるというが、自分たちは良い依頼人に当たった、運が良いと喜んでいたそうだ。
そうして特に大きな問題もなく王都に到着し、そこで仕事は終わりかと思いきや、しばらく待機するようにと言われた。
話が違う、ここまでの報酬を先に支払ってほしいと言えば、契約書を見せられて【報酬は依頼人が望むすべての仕事が終わったら】と書かれていると言われた。
見せられた契約書には確かにその一文があり、騙されたと思ったが、王都での滞在費もすべて負担すると言われ、渋々引き下がったそうだ。
そして数日が過ぎ、最後の仕事だと従者がやってきた。
この仕事を完遂したら翌朝には報酬を支払う。朝までの間、また娼婦を用意するからこの屋敷で待つようにと言われたのだそうだ。
ちなみにここは貴族や金持ちが愛人や娼婦と逢瀬を楽しむためによく利用されている建物らしい。
そう言われて待機していたところに私がやって来たものだから、私のことを娼婦と思い込んだのだと男たちは言った。
本当に馬鹿じゃなかろうか。
(せめて最初に確認くらいしなさいよ……!)
ここに来たのが私じゃなかったら、本当に大変なことになっていたではないかと頭を抱えた。
とにかく、それならばと乗り気になったところで言い渡された仕事内容が、指示された女性を連れ込み宿に文字通り連れ込むことだった。
この女性がどうやら私の侍女のナンシーだったようなのだ。
連れ込んだ女性は男たちの好きなようにしろと言われていたらしい。
ここまでの話を聞いて、私はナンシーに無体を働いたのかと怒ったのだが、男たちは必死な形相で「ち、違う! 誤解だ! やってない!」と叫んだ。
どうやらこの最後の仕事だとこの話をされた時、今までと違う穏やかではない内容に彼らは戸惑ったらしい。
しかも指定された店(書店)に行き、指定された女性を見つけると、店の隅の小さなテーブルに突っ伏してうたた寝しているように見えた女性はなぜか意識が朦朧としているようだし、そんな状態の女性を連れ込み宿に運んで好きなようにして良いなんて普通じゃない。
あれ? これって犯罪じゃないのか? と思ったらしい。
いや、もっと早く気づけと言いたい。
しかもそこまで考えたにもかかわらず、男たちはナンシーを連れ去ることをやめなかった。
なぜならまだ報酬をもらっていなかったから。
「どうしてそこで街の警備隊や騎士団に相談しなかったんですか。犯罪を犯して捕まってしまったら報酬どころではないでしょう」
「だってすごい額の報酬なんだぞ!?」
だから何だと一瞥すれば、男たちはごにょごにょと言い訳がましいことを言い始めた。
従者はイヴと名乗ったそうだが、肝心の貴族女性の名前すら知らない間抜けな男たちは、私を明日の昼まで解放しなければ、がっぽり報酬をもらえるはずだったのだと嘆いた。
「だ、第一本当に犯罪かどうかもわからないし、もしかしたら王都ではこういう遊びが流行ってるのかもって……それに仕事も依頼してきたのも貴族だし……」
「大馬鹿者が。そんな遊びがあるわけないし、あったとしてもそんな依頼、碌な貴族じゃないことくらいわかるでしょうが」
だから念のため連れ去った女性には手を出さなかったんだと男たちは目をそらしながら呟いた。
そんな男たちにもしナンシーに手を出していたらこんなものでは済まさなかったと睨みつけると、男たちはまた震え上がった。
「それで? ナンシーはどこにいるんですか? 彼女の無事をこの目で確認するまであなたたちの話をすべて信じるわけにはいきませんよ」
連れ込み宿という存在は知っていても、自分には無関係過ぎて王都のどこにあるか、何件あるのかは知らない。
そこまで吐いてもらわなければ話にならないと語気を強めれば、リーダー格の男が仲間の一人に「おい、どこの宿に連れてったんだよ」と聞いた。
どうやらナンシーの連れ去りにはすべての男たちが関わっているわけではないようだった。
「西、西通りにある連れ込み宿だ、です! そこが一番店番の口が堅いからって……」
「それで?」
「朦朧としてたけど本当に手は出してません! 意識のない女に手を出すとか、そんな趣味もないんで!」
「あなたの趣味なんてどうでもいいです。ナンシーには何もしていないんですね?」
「はい! あ、でも目が覚めた時逃げられないように手足縛って口に布噛ませてきました!」
「してるじゃないのよ!」
思わずダンッとイスの肘掛けに拳を落とした。
「ひっ、す、すみません!」
「……はあ、もういいです。ところであなたたちの馬車は今どこに?」
「え? 盗られちゃいけないんでこの建物の裏に停めてあるが……」
「そうですか。じゃあ、そこのあなた」
私はナンシーを連れ去った男の一人に御者の経験はあるかと聞いた。
「ある。ここまで馬車を走らせてきたのも俺だ、です」
「では今から馬車を出してナンシーのいるところまで連れて行ってください」
「へ? 今から?」
「当然です。先ほども言ったように、私はまだあなたたちの言ったことをすべて信じたわけではありません。仮に本当だとして、そんな場所にナンシーを置いておくなんて許せません。今すぐ迎えに行きます」
加えて、これはお願いではなく命令だと睨めば、指名された男は首を縦にブンブンと振った。
私のような年下の娘にこんなにも素直に従うなんて、よほど先ほどまでの魔法攻撃が効いたか本来そこまでの悪人ではないのだろう。
だからといって許しはしないけれど。
「さてと、皆さん立ってください。そして良いと言うまでじっとしていてください」
何をされるかわからず、怯えながらも私の言葉で立ち上がった男たちに向かって指をパチッと鳴らした。
すると床から風が巻き起こり、男たちの濡れた髪や服を揺らし、風が収まる頃にはすっかりと乾かすことができた。
「え? 痛くねえ……」
「おい、嘘だろ? 服乾いてるぞ」
「本当だ! どうなってんだ?」
男たちは自分たちの身に起こったことを不思議そうに確かめ合うと、私を見た。
「あんたが、やったのか? どうして……」
「どうしてって、濡れたままじゃ寒いでしょう?」
話は聞き終わったし、私は今からここを出ていくのだから、その前に責任をもって自分がびしょ濡れにさせた人を乾かしていくのは当然だろう。
なぜそんなことを聞くのかと首を捻って答えれば、男たちはきょとんとして顔を見合わせた後「はは……」と力なく笑ってその場に座り込んだ。
「あんた、変な人だな」
「貴族だと思ったけど本当は違うんじゃないか? ああ、でもこんな魔法を使いこなす奴は貴族の中でもすごい奴に違いないか」
「俺たち手を出しちゃいけない人に手を出しちまったんだな」
「あー、馬鹿した! やっぱあん時やめときゃ良かったよ」
「こ、殺されなくて良かった……」
「失礼な。殺したりなんて恐ろしいことしませんよ」
微笑んでそう言えば、少し場の雰囲気が和んだ。
なんだかこの人良い人じゃないかという空気になったようだが、残念でした。計算通りである。
格の違いと怖さを見せつけたうえで、ほんの少しの優しさを出せば、相手には良い印象を与えやすい。
先ほど彼らに対して行った私の拷問まがいの行為の証拠をきれいさっぱり消し去り、なおかつ私の印象までも良くなり一石二鳥である。
見た目だけは可憐な私がこんな腹黒いことを考えているだなんて、彼らは思いもしないのだろう。
まあ世の中知らないほうが幸せなこともあるのだから、一生気づかないでいてくれて良い。
私はイスから立ち上がり、先ほどナンシーの居場所を口にした男の襟を摘まみ上げた。
「ではこの人借りていきますね。言っておきますけどナンシーを見つけたら警備隊に通報しますから。逃げようなんて思わないでくださいね。まあ思っても逃げられませんけど」
今この屋敷を覆っている防音魔法を解いて、新たにシールドを張っていくつもりだ。
通常だと私がいなくなれば魔法が切れてしまうところだけれど、今はクライヴァル様からもらったブローチがある。
いろいろあってすっかりその存在を忘れてしまっていたが、今の私に一番必要なものだった。
このブローチに魔力を込めてシールドを展開すれば、あら不思議。
私がいなくてもシールドを維持したままいることができるのだ。
つまり私がこの屋敷を出た後にブローチを使ってシールドを張れば、外からの侵入はもちろん、中からも外に出ることはできないというわけだ。
「いや、もう逃げる気も起きないわ」
「ほんと、ほんと。ここで大人しくしてるよ」
ここに残していく男たちの返答に満足し、かといって完全に信用することもせず、私は男一人を連れ立って屋敷を出た。
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