10.やってきました、公爵家
やっと兄登場。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
私は卒業パーティーが終わった後、クリスティナ様と一緒にアルカランデ公爵家のお屋敷にやって来ていた。
それもこれも、クリスティナ様の「住むところが無い?それならうちに来れば良いじゃない」的な思いつきからだ。
貴族の中の貴族とも呼べる公爵家にそんな簡単に泊まらせてもらって良いものかと考えもしたが、クリスティナ様の「お友達が困っていたら助けたくなるのは当然ではなくて?」と言う言葉に素直に従うことにした。
たしかに私ももしクリスティナ様が困っていたら助けたいと思う。
うん、友達ってそういうものだ。
なんか調度品とか、一目で分かる一流の使用人さんとか、大きすぎてこれ個人宅?って思ってしまうお屋敷とか、そんなの気にしない。
気にしないったら気にしない。
ずらりと並ぶ使用人さんたちが一斉に頭を下げる。
そこには寸分の乱れもない。
出来る、この人たちは出来る人たちだ。
伯爵家の使用人さんも同じような行動をしていたが、こんなに揃っていなかった。
まあ私に対しては孤児が一夜にして貴族の一員になったことに対しての嫉妬や、奥様たちが私を蔑ろにしていたのが伝染して敬意もへったくれも無かったからしょうがないのかもしれないが。
だがプロとしてなっていない。駄目駄目だ。
朝も起こしてもらったことは無い。
誰よりも早く自分で起きるけど。
呼ばなきゃ来ない、なんなら呼んでも来ない時もあった。
まあべったり張り付かれて監視されるのも面倒だからそれはそれで良かったのだが、呼んだ時くらいは来てほしかった。
というか、自分の感情を優先させたりやる気がないなら辞めた方が良い。
仕事しろ。本当に。
「お父様はもうお帰りになってる?」
「いえ。旦那様はまだお帰りになっておられません。奥様も本日は旦那様とご一緒ですのでまだ」
「あら、そうなの」
なんということだ。
まず一番に勢いのまま公爵様にご挨拶をするという計画が早くも破綻した。
公爵様には一度王城でお会いしたことがあるがクリスティナ様とは違った面立ちのナイスミドルなおじ様だった。
優しそうな方ではあったが、当主様のいないお屋敷に上がり込むのはいかがなものか。
しかも奥様までいないなんて。
「ではお兄様は?」
んん?
お兄様?
「クライヴァル様は先ほどお帰りになりまして、マルカお嬢様を客人としてお迎えするようにと仰せつかっております。お部屋の方もご用意できております」
「マ、マルカお嬢様?!」
「まあ!さすがね。みんな仕事が早くて助かるわ」
「クリスティナ様」
「バージェス様が王城に使いを出してくださっていたようね。お父様たちが帰られたら改めて紹介するわね」
殿下も出来る。
いつの間に使いなんて出していたのか。
「あ、ありがとうございます。ってそうじゃなくて」
「何かしら?」
「お嬢様っていうの止めてもらえませんか?私はもうただのマルカなので……ムズムズします」
「こう言っているけれどどうかしら?」
クリスティナ様が使用人さんに聞くが「マルカお嬢様は大切なお客様ですので」と言われた。
「そういうことだから諦めて?」
「っぐ、分かりました……」
にっこり微笑まれて言われては逆らえない。
クリスティナ様の微笑には有無を言わせない何かがある。
「あと、お兄様というのは」
「私の兄よ。クライヴァルと言うのだけれど、知らない?」
「すみません。存じ上げなくて」
私がそう言うと、クリスティナ様は少し驚いた顔をした。
「お兄様は私たちの3つ上なのだけど、私たちの年代の子女の中ではそこそこ有名だとは思っていたけれど」
「そうなんですか?」
「おかえり、クリスティナ」
私たちが話していると奥の立派な階段から一人の男性が下りてきた。
「あら、お兄様。ただ今帰りました」
「今日はいろいろと大変だったな」
「大したことなかったわ。お兄様もそう分かっていたからパーティー会場には来なかったのでしょう?」
「まあな」
クリスティナ様にお兄様と呼ばれた人は髪はクリスティナ様と同じダークブロンドだったが顔立ちはお父上である公爵様によく似ていた。
この兄妹、顔立ちこそ違うが二人ともとんでもない美形だ。
クリスティナ様がさっき言っていた、同年代の子女の中でそこそこ有名というのはこの美貌のことかもしれない。
立っているだけで何人か吸い寄せられてきそうなほどである。
まあ私は知らなかったわけだが。
「お兄様、紹介するわ。こちら私の友人のマルカよ」
「は、はじめまして!マルカと申します」
急に話を振られてどもってしまった。
「ようこそ、マルカ嬢。クリスティナの兄のクライヴァル・アルカランデだ。君のことはよく知っている。こうやって話すのは初めてだな」
んん?
よく知っている?話すのは初めて?
よく知っている、だけなら公爵家で話題に上がっていたのかと思うところだ。
けれど、話すのは初めてとはどういうことなのか。
まるで話をしたことは無いが会ったことはあると言いたげな言葉に思わず下げていた頭を上げてアルカランデ卿を見上げた。
(こんな綺麗な顔、見たら忘れないと思うんだけど……)
ちらっとアルカランデ卿の顔を見るが、やっぱり見覚えが無い。
「あの、アルカランデ卿」
「クライヴァル」
「え?」
「クライヴァルで良い」
「よろしいのですか?」
「ああ」
いきなり名を呼ぶことを許されてしまった。
学園内ならまだしもとは思うが、まあ本人が良いと言っているのならそれで良し。
「では、クライヴァル様。失礼ですが、どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」
「私も気になるわ」
「クリスティナは知らなくても仕方がないが、マルカ嬢に気付かれないのは少し残念だな」
この言い方。
やはりどこかで会ったことがあるようだ。
「申し訳ありません」
「いや、気付けという方が難しいかもしれん」
「お兄様?どういうことなの?」
「その辺りのことも話すからまずは着替えてきたらどうだ?いつまでもその格好じゃ落ち着かないだろう」
「分かったわ。マルカ行きましょう」
「えっと……」
着替えろとは言われても、私はどうしたら良いのか。
手持ちの荷物は何も無い。
私物は今頃押収されて王宮にあるだろう。
問題無いと確認されてから手元に戻る予定だ。
「ああ、マルカ嬢の私物ならレイナード家から押収された物の中から私が預かってきた。事前に君が纏めておいたものと、あの家で君が使用していたものだ」
「あ、ありがとうございます」
この件が終わった暁には伯爵家の物は押収されることが決まっていたので、私は自分の荷物を纏めておくように言われていた。
想像以上に手元に戻ってくるのが早くて助かる。
後回しでも良いような私個人の荷物を無いと困るだろうからと先に確認してくれたのだろうと想像できる。
やはり出来る人たちは仕事が早い。
ただ、レイナード家で使用していた物を私が受け取ってしまって良いのだろうか。
そんなことを考えていると、私の考えを見透かしたようにクライヴァル様が言った。
「レイナード家で使用していた物は、全てではないが奴らからの迷惑料とでも思って受け取っておけと陛下からのお達しだ」
「……迷惑料、ですか。ふふっ、それならばありがたく頂戴いたします」
「そうしてくれ。既に客室に運ばせてある。クリスティナ、着替え終わったらマルカ嬢もサロンに来てくれ」
「わかったわ。ではまた後程」
クライヴァル様に改めてお礼を言って、私とクリスティナ様は一旦その場を離れた。
≪マルカに聞いてみよう≫
質問:マルカさん結構上位貴族に普通に話しかけてるけど大丈夫なんですか?
↓
マルカ「大丈夫ですよ?もちろん言葉遣いは気を付けますし、むやみやたらに話しかけたりは出来ませんが。『下の者が上の者に許可無く話しかけるなど不敬だ!切り捨てろ!』みたいな貴族の方もいるんですかねー」
クリスティナ「そんな貴族はほとんどいないわ」
マルカ「ほとんどってことは少しはいるんですか?」
クリスティナ「よほど時代遅れの方か、身分だけでしか自分を語れない暗愚な貴族くらいかしらね」
マルカ「なるほど。そういう方に出会った時には気を付けます」
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