1.私が貴族になった理由
短編「私の名はマルカ」の連載版です。
やっと書き始めることが出来ました。
これからよろしくお願いします。
私の名はマルカ・レイナード。
半年前からレイナード伯爵家の長女である。
半年前まで、私は家名も持たないただの平民―――しかも孤児院にお世話になっているような孤児だった。
私の唯一の家族であった母様が幼い頃に他界し、行く当てのなかった私は孤児院に入ることになった。
この国は大国と呼ばれるほど大きくはないものの、その分国の隅々まで支援の手が行き届いており、私のようなものでもそこまで不自由することなく成長することが出来た。
もっとも、私がすんなりとこの孤児院に入れたのは、母様が元々ここで働いていたというのが大きな理由だろう。
この国の孤児院はそれぞれが領によって運営されているため、その土地の領主様によって特色があったりもする。
私がお世話になっているこの孤児院は、ただ大人になるまでの面倒を見てくれるだけでなく、勉強や礼儀作法までも教えてくれる。
それは私たち孤児が独り立ちする際、様々な職種に、それこそ貴族のお屋敷でも働けるようにとの領主様の「親がいないからこそ安心して働ける職に」という配慮からだと聞いている。
本当に素晴らしい領主様である。
そして母様は、昔領主様のお屋敷の下働きに応募した際に、言葉遣いや所作の基礎が出来ていたため孤児院を手伝う人員としてこちらに回されてきたらしい。
らしい、というのはこの話が私が小さい頃に母様に聞いた話のためうろ覚えであるからだ。
まあとにかく、そういった理由から母様が存命だった頃から私も孤児院のみんなに混ざって一緒に学んでいたのだ。
掃除の仕方に始まり、勉学、礼儀作法、刺繍にお茶の入れ方まで、教わる内容は多岐にわたり、なんなら親のいる子供以上に学ばせてもらえたと思う。
また、この国の民は多かれ少なかれ魔力を保持しており、平民でも簡単な生活魔法なら使える程度には魔法というものが浸透していた。
貴族ともなればその魔力量は平民の比ではなく高いということが常識でもあった。
ただ、ごくたまに平民の中でも高い魔力を保持するものが出ることがあり、そういった者を見落とさないためにも民は15歳になると魔力測定を行わなければならず、高かった場合には制御などを覚えるため王立学園に通うことが法で定められていた。
そうして私も15歳になった時に魔力測定を行ったのだが、お察しの通り私には貴族にも負けない魔力があった。
「マルカさん。貴女には貴族の方々と同程度の魔力があります。来年の春から王立学園に通ってもらうことになりますので準備をしておいてください」
準備と言っても自分の荷物はそう多くはなく、大きなカバン一つにまとまるだろう。
平民が入れる無料の寮もあるということなので、住まいもなんとかなりそうでほっとした。
しかも学園に通いながら小遣い稼ぎが出来る仕事も紹介してくれるらしいので一安心だ。
正直なところ気位の高い貴族たちの通う学校になど行きたくはなかったが、法を破るわけにもいかないし、学園に通えて勉強させてもらえるならば将来的な就職口も広がりむしろ一石二鳥ではないかと思うようになった。
学園に入るのは翌年の春からだったので、それまでに少しでも貴族社会の中で粗相しないようにマナーを身につけなければと考えていたところに、さらに驚きの展開が待っていた。
なんと私を引き取りたいという貴族が現れたのだ。
その人物こそレイナード伯爵である。
なぜ私を、と不思議に思っていると孤児院の先生がそっと教えてくれた。
ただの善意である場合と魔力の高い子はいずれ国のために働くことが多いので、自分の権力のために私のように魔力が高い者を引き取ろうとすることがある場合。
そして魔力測定が終わったタイミングで声がかかる場合はそのほとんどが後者であると。
しかも貴族に平民が逆らうことなどできるはずもなく、私の意思に関係なく数日後にはレイナード伯爵家に引き取られることとなった。
「マルカ、しっかりね。どういう意図があろうと貴女は今後、貴族社会で生きていくことになります。中には下の者に対していろいろと心無い言葉を投げつける方もいると聞きますが、マルカはマルカです。自分を見失わないように」
「はい、先生。今までお世話になりました。ここでみんなと過ごした日々は私の今後の人生において大きな糧になると信じています。本当にありがとうございました」
「元気で」
「先生も」
孤児院まで迎えに来た馬車に乗って私は伯爵家へと向かった。
ちなみに、このとき私はまだ引き取り手のレイナード伯爵に会ったことがなかったが、貴族が魔力の高い子供を囲うというのはそういうものなのかと勝手に納得していた。
しかし、初めてレイナード伯爵に会った時、伯爵は私が想像もしていなかった驚くべき言葉を口にした。
「ああ、マルカ。我が愛しの娘よ。今まで会いに行けなくて済まなかった」
このとき私は初めて自分が伯爵家の実の娘として引き取られたことを知ったのだ。
そして一番初めに思ったことは、この人は何を言っているのだろうということだけだった。
伯爵が言うには、母様はもともと伯爵の愛人で私を身ごもった時に伯爵夫人に申し訳ないと言って姿をくらませた。
伯爵は私をずっと探していたが今まで見つけられず、ずっと会いたかったと言われた。
レイナード伯爵家には奥様であるアメリア様とご子息のヘイガン様がおり、二人は伯爵とは違い、私を汚いものを見るような目で見ていた。
それはそうだろう。
だって伯爵の言っていることは全て嘘なのだから。
例え庶子だったとしても憎らしいとは思うが、実際のところ私はそれ以下の存在だ。
魔力が高いだけの、多少見た目が整っている平民の子供。ただの他人だ。
(それでも伯爵が私を実の娘という演技をするのなら、奥様やご子息もそれに合わせなくちゃ意味が無いのに。それとも、そんなことにも気づかないと思われるほど馬鹿にされているのか。大体伯爵に父様の要素なんて全然無い)
私は朧気ではあるが父様のことを覚えていた。
私の容姿は完全に母様似である。
顔立ちも、ふわふわとした紅茶にミルクを溶かしたような色をした髪も母様から譲り受けたものだ。
ただその中でも少し金色が混じっている鳶色の瞳だけは父様からもらったもので、私のお気に入りでもある。
そう、決して伯爵のような腐った眼をした人ではない。
しかもそんな人の愛人などと母様を馬鹿にして、許すまじ。
伯爵夫人からは「お前のようなものを我が家に入れるなんて……私はお前をレイナード家の娘だなんて思いませんからね」と言われた。
伯爵子息からは「勘違いするなよ。お前は魔力と娘がいない我が伯爵家の政略のためだけに連れてこられたんだ。いずれどこかの貴族に嫁に出されるだろう」と言われた。
なるほど。娘としておいたほうが利用価値が出ると。
怒りで腸が煮えくり返りそうだった。
そんな馬鹿げた理由で母様を馬鹿にするとは許せない。
大体、身ごもって申し訳ないと思うような女は初めから愛人になんてなるわけないだろう。
母様は父様を愛していたし、父様が亡くなった後も父様以外に心を向けることはなかった。
父様のことを思い出し、話す母様の声と眼はとても穏やかで優しくて、私はその時間が大好きだったと朧気だが記憶している。
それに同じ国内に、しかも10年近くも同じ孤児院にいるのに私を見つけられないとは探していたというのが本当なら相当な能無しである。
設定が色々雑過ぎて呆れる。
思わずポケットに忍ばせていた母様の形見の懐中時計をぎゅっと握った。
本当に馬鹿げている。
これからこんな人たちと同じ家で過ごさなければならないのかと思うと溜息しか出ない。
「曲がりなりにも伯爵家の人間になったのだから、私たちの恥になる行動だけは控えなさい」
「まあまあ。少しずつ覚えると良い」
「甘いですよ、父上。平民は必死に足搔かなくては私たちの足元にも及ばない。学園で私に恥をかかせるなよ」
あなたたちのやってることは恥ではないのかと声を大にして問いたい。
しかし相手は貴族。
この人たちの一言で私の存在などすぐに底辺に落ちるのだ。
逆らうことも出来ず、かといって慣れ合う気にはもちろんならず、私の日々は淡々と過ぎていった。