初回
私はしがない小説書きである。世人にもわかるように言うと、所謂小説家である。しかしながら私が世間一般に言われるような小説家と違うのは、未だに小説の一冊も出していないにも関わらずに自らを小説書きと称しているところである。いかなる理由で私が本の一冊も出していないのか心やさしき読者諸君は、私に本を出版しないどこぞの海溝よりも深い理由があるのだろうと思われるかもしれないが、何のことはない。ただ私の書く小説が面白くも何ともないからである。前述の読者諸君よりも心やさしき方々はそんなことはないとたとえ思ってもいなかったとしてもこれほどまでに惨めな私のことを慰めてくれることだろうが、私は嘘なんぞ吐いたことはないために小説が面白くないことは明白であり、特にこれといったつても人気もあるわけではない私の小説が売れるわけもなく、ただ私の書く駄作の数々が増えていくばかりである。さて、先刻嘘なんぞ吐いたことはないと言ったが、それはもちろん嘘である。なぜかというとそれはまあ単純な話で、このような話が理解できない御仁がおられるとするならば余程の阿呆か生まれたばかりの赤子ぐらいであろう。いや、もしかするとこちらの話なぞをハナから聞くつもりもないような大変に高貴な自尊心の高大なお方であればわからないのも仕方ないのかもしれないが、そのような大層なご身分の御人が私のような名がないようなほどの小人の話なんぞを読んでいるはずもないであろうから申し訳ないことに想定する読者層からは外させていただくが、もしやおられるというのであれば私のところまで直談判しに来ていただきたい。私はこれまでのように他愛もない話すほどのことでもないような話を好奇心に満ち溢れた子供のようにふらふらと定まった話もなく書き連ねるだけでありますので、このような矮小な存在にかまってなぞいられないという方はこの辺りで本を閉じていただきたい。しかしながら、この話は、というよりも私の書く話は三次元への進出を果たしていないので本を閉じるという表現は不適切であるかもしれない。というのもこの話の一番最初に書いたように私はしがない小説書きであるということを自称しているので、決して他者から小説家などと呼ばれたことはなく、ただいたずらに日々を消耗しているような人間でありますので決して余人にはあの人が・・・というようなことは一切ないのであります。