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前編

練馬放送インターネットラジオ番組『オハナシナリオ。』にて、ボイスドラマとして先行公開されたものです。パーソナリティさんのアイディアを加えて修正し、投稿しました。本放送は2020年3月21日16:00、再放送は同日24:00と、3月25日21:30、3月26日19:00。

「温暖化マジ無理」

 あたしはつぶやいた。

「雪女のぼっちに拍車かけんの、やめてくんない……?」


 あたしは、雪女だ。名前は「氷姫」と書いて「えるさ」と読む。父が名付けたらしいけれど、由来は知らない。


 そもそも雪女族は、雪深い山奥で暮らす種族だ。昔は、そんな場所の山道を通らないとたどり着けない町や村があった。雪女は通りかかる男の前に姿を現して、気に入らない男は氷漬けにし、気に入った男は誘惑して夫婦(めおと)になった。

 今では、雪山登山はスポーツや娯楽としても親しまれていて、雪女はそんな機会を逃さずに人間の男をとっつかまえるようになった。


 そうして生まれたのが、あたしだ。


 父は一度は人里に帰ったけれど、母を忘れることができず、山奥まで何度も会いに来た。でも、それなりのトシになってきちゃったので、何度目かの登山で遭難して死にかけた。

 母は心配して、

「えるさ、あんたももう十六歳だし、一人で暮らせるよね!? お母ちゃんはお父ちゃんと一緒に人里に降りるからね!」

 と宣言し、本当に人里に降りてしまった。

 何でも、人間の男と関係を持つと、雪女の特性と人間の特性両方を持った身体になるんだそうだ。だから母は父の子を産むことができたし、人間と同じものを食べられるし、雪のないところでも暮らせるらしい。

「いいなぁー」

 指をくわえて見送るあたしに、母は「あんたも頑張んな! じゃね!」と軽く言って、いそいそと山を下りていった。



 それから一年。

 あたしは十七歳になった。


 昨今の温暖化の影響で、雪はじわじわと少なくなっている。この山に暮らす雪女族は、あたしだけ。かつては美しい雪渓を目当てに来ていた登山客も減り、男との出会いもない。全くないわけじゃないけど、あたしは好みがうるさいのだ。

 必然、あたしは誰とも夫婦(めおと)になっておらず、雪の結晶のよーにキヨラカな身のままなので、人里には降りられない。


「美人で有名な雪女族の、花の十七歳が、彼氏の一人もいないとか。超サムいわーマジうける。このまま孤独に年取んのマジ勘弁。あーあ、雪さえあればもっと観光客も来るのにさ。温室効果ガスを削減するとか言ってたパリ協定はどうしたよ」

 樹氷の合間をぶらぶら散歩しながら、あたしはグチっていた。


 ……正直に言う。

 あたしは、寂しい。山には動物たちがいるけれど、おしゃべりはできないからあたしが一方的に話しかけている。ネット環境でもあれば、誰かと繋がれるのに。

 これから先、何年、何十年も一人で過ごすことになるのかと思うと、ブルーになる。

 男でも女でも、老人でも若者でもいい。誰かとおしゃべりできたらいいのに……


 あたしはふと、顔を上げた。

 ズズズ……という振動を感じる。山頂の方を見ると、雪煙が立っていた。

「あ。雪崩か」

 春は、古い雪も新しい雪もいっぺんに崩れ落ちる『全層雪崩』が多いのだ。大規模だし、被害も大きいけど、雪女のあたしはもちろん平気である。

 思った通り、すぐに雪崩が発生して、あたしに迫ってきた。


(あーあ、こういう時に登山客の男でもいればな。あたしが横っ飛びに助けてあげてさ。「危ない!(ズサァ)大丈夫ですか!?」「あ、ありがとう。君は一体」「あたしは、通りすがりの雪女」「美しい……どうか僕と夫婦に」みたいな展開、良くない? きゃー!)

 ドドド……

 妄想に浸りながら、あたしは雪崩に身を任せた。


 雪に流され、埋まり、しばらくしてから、あたしは顔を出した。

「ぶっはぁ」

 立ち上がり、身にまとった白い着物と長い髪から雪を払う。

(白にもちょっと飽きたなー。まぁ、白い着物と下ろした髪と裸足は、雪女のアイデンティティだからな。人里に降りれたら、もっとおしゃれするんだけど)


 その時、ふと、異変に気づいた。

「……あれ?」

 あたしがいるのは、山の斜面ではなかった。

 雪は積もっているけれど、平地だ。

「え、そんなに麓の方まで流されちゃった?」

 あたしはあたりを見回した。

 ところどころに雪の小山ができているし、木々がわりと密に生えているので見通しはあまり良くないけれど、とにかく平地だ。


(春に平地でこんなに雪が積もっているなんて、ある?)

 なんだか変、と思いながら振り向いた時、あたしの耳はかすかな物音を捉えた。

 雪を蹴る、足音。

 何かが走って、近づいてくる。


 やがて、向こうの木々の間を小さな影が横切った。さらに、その後を追って大きな影が現れる。

 大きな方は、巨大なオオカミだ。小さな影を見失ったらしく、うなり声をあげながらぐるぐると回っている。


 あたしは無造作に、オオカミに近づいた。

 オオカミが、こちらに気づく。バッ、と跳躍して、一気にあたしの前までやってきた。

(でっか! 頭があたしと同じ高さじゃん)

 驚きながら、あたしは牙をむいたオオカミに話しかける。

「あんた、ずいぶん大きいね。うちの山じゃ見かけないけど、どっから来たの?」

 目を、まっすぐ見つめる。オオカミの目と、まともに視線がぶつかる。

 猛っていたオオカミが、急におとなしくなった。あたしが手を差し出すと、その手に頭をこすりつけてくる。


 雪の中で生きる者たちは、本能的に雪女を恐れる。怒らせると吹雪を起こしたり、あたり一面を凍らせたりすると、わかっているのだ。だから、雪女の前ではいい子である。


 あたしは手を伸ばして、オオカミの首のあたりをわしゃわしゃと撫でた。

「よしよし。何を追いかけてたのか知らないけど、もし人間の男だったら、餌にしないでちゃんとあたしに教えて。この山ではそれがルール。わかった?」

「クゥーン」

 オオカミは頭を低くして、尻尾を後ろ足の間に入れた。

 ひとしきりわしゃわしゃしてから、あたしは手を離す。

「さて、と……」

 山頂はどっちだろう、と振り向いて──


 ──あたしは驚きに凍りついた。

 あ、今の比喩ね。


 少し離れた大木の陰から、人間が顔を覗かせている。

 そいつは、あたしがそいつに気づいたことに気づくと、ゆっくりと姿を現した。

 男、だ。彫りの深い、外国人っぽい顔立ち。詰め襟のカッチリした服に、毛皮の襟のついたマントを着ている。

 年齢は三十歳前後くらいかな。毛皮の帽子から覗く灰色の髪、青灰色の鋭い目、マントの上からでもわかるがっちりした身体つき。


 あたしは、生唾を飲み込んだ。

(うそ。めっちゃタイプ)


 男は真顔で近づいてくる。スピードを上げて近づいてくる。

(えっ、何、そんな急に、ちょっと、まだ心の準備が)

 ビビったあたしは思わず、片手を前に突きだした。

「ダイヤモンド・フローズン・ブリザード!」


 ゴオッ、と氷まじりの風が巻き起こり、男に吹きつけた!


 男は「うっ」と声を上げて、両腕で顔をかばいながら膝をついた。

 あたしの必殺技(名前は適当)は強力だ、あのままの姿勢ですぐに凍りついてしまうだろう。

(しまった、うっかり好みの男を凍らしちゃったよ!)

 あたしはガッカリしながら、手を降ろした、のだけれど……


 すっ、と男が立ち上がったので、仰天して目を剥いた。

「な、何で立ち上がれんの!?」

 男はあたしをまっすぐ見て、どこか呆然とした様子で言った。

「裸足に、白い衣……あなたはもしや、『白き聖女』か……?」


「は? なんて?」

 素で聞き返してしまったけれど、男はさらにあたしに近づいてから、改めて片膝をついた。

「雪オオカミに襲われ、もはや命はないものと諦めておりましたが、まさか白き聖女様がお救い下さるとは。ありがとうございます。雪オオカミを従えるそのお姿、なんと尊い」


「いやあの、その前に、あんたどうしてあたしの絶対零度の必殺技ダイヤモンドフローズンブリザードを浴びて平気なのよ」

 うろたえまくるあたしに、男はちょっと不思議そうに言った。

「ここは雪深き辺境。騎士団所属の騎士たちは全員、魔導師によって氷耐性・寒さ耐性を身につけておりますれば」

 

 ──どうやら、あたしはいつの間にか、剣と魔法の世界に迷い込んでしまったようだ。


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