第二話 不死の呪い
「なあ、聞いたか? 『不死の騎士』の噂」
「『不死の騎士』? なんだよそれ」
「おまえ知らないのか!? 最近よく戦場に現れている、騎士なんだがな。どうやらそいつは、撃たれても切られても、あまつさえ潰されてもまるで何も無かったかのように蘇るらしいぞ」
「へえ、そんなやつがいるのか。最近物騒になってきて魔物も増えてきたから、ただ事じゃないな」
「それでな、その噂の騎士なんだが……なんと、女騎士だっていう噂もあるんだよ」
「女だって!? そもそも女の騎士だって少ないのに、そんな化物じみたやつがそうなわけないだろう」
「そうだよな、やっぱり噂か。でも見てみたいな? もしそれが女だったらな」
「だな、もしそうだったら気にはなるがな……」
「『不死の騎士』の噂ね……」
俺は、路地裏から聞こえてきた下世話な話に少しばかり興味をひかれながらも、自分の屋敷への道を急いでいた。
「こんな辺境の村にまで伝わってくるってことは、相当有名な話なんだろうな……」
俺が住んでいるここは王都から相当離れている。一応ジュダの村、という名前が付いているが、それを知っている人間も王都に何人いるか、分からない。
そんな事を考えながら歩いていると、いつのまにか屋敷の前についていた。
ヴィルヘルム邸。そう呼ばれている。
のどかなジュダの村には不釣り合いなくらいに立派な建物であり、この村の面積の三分の一を閉めている。
もともとは俺の曽祖父が作り上げたものだ。その頃はこの村は魔王との戦いの最前線近くであったから、言ってしまえば景気がとてもよかった。ひい祖父さんはそこを上手く利用して、宿の経営や商売などの才能を駆使して財を気づいたらしい。その時に立てた屋敷がこれだ。
だが魔王との戦いの前線が移動していくにつれこの村を訪れる人も減ってしまっていったらしい。
村は結局衰退していき、あとには寂れた村とこの屋敷が残った。
そして、この俺、アラン・ヴィルヘルムが現在のこの屋敷の持ち主というわけだ。
現在は見かけは立派で耐久性は文句ないが、何年も前の建物であるが故にガタが着ている。
そして使用人も十分に雇うことができない状態なので、最低限の場所以外はほったらかしになっている。
父親が「お前がこのヴィルヘルム家を立て直せ」と遺言で言っていたが、今の俺にそんなことをする気は毛頭なかった。
こののんびりとした暮らしに満足していた。
扉を開ける。
「おかえりなさいませ」
初老……いやもうすでに老人の域に達しているだろう。腰の曲がった老人が俺を出迎えた。
「ただいま、アルバート」
俺はそう声をかける。
彼はアルバート。この屋敷の唯一の使用人だ。ひい祖父ちゃんが死んだくらいの頃からずっとこの屋敷に勤めているらしい。俺もずっと彼に面倒を見てもらっていた。
「掃除、終わってるかい?」
「もちろんです、アラン様。宝刀『グラハム』も念入りに」
アルバートが指差す先にはひときわ輝く剣が飾られていた。ヴィルヘルム家に代々伝わる宝刀グラハムだ。
「アラン様、食事などはいかがいたしますか」
「あとでもらうよ。ちょっと部屋で休んでから」
「かしこまりました」
そう言って去っていくアルバートを尻目に、俺は自身の部屋へと向かた。
部屋につき椅子に腰掛ける。
考えるのは、さっき耳にした与太話。『不死の騎士』の話だ。
死なない騎士。こんな娯楽の無い村ではそんな話でも盛り上がる。
現に俺だって気になっている。もし、そんな存在がいたとしたら魔法としか考えられない。
その後俺はアルバートが用意した夕食を済ませると、さっさと寝室に引き上げて眠りについた。
深夜。
ふと、眼が醒めた。
特に理由はなかったが、なんとなく起きてしまった。
これまでも何度か経験はあった。このままでは再び眠りにつくのは難しい。
「散歩でもするか……」
俺はそうつぶやいて屋敷の外にでた。
そろそろ夜がなかなか明けない時期になってきた。風も肌寒くなってきたし、空気も乾燥している。
そんな季節の移り変わりを感じながら俺は、真夜中の村をあてもなく歩く。
ふと自分のこれからのことが気になった。
この世界は、魔王に支配されている。でもこの村の人々や、戦場から離れている人達からすると、魔王軍と人間が戦っていることなんて今となってはどうでも良くなってきているのだ。
この村みたいなところならいくらでもある。
国王が魔王との戦いに躍起になっているのを尻目に、置いて行かれた村。そこの民たちは、戦なんて関係なく日々の生活を送っている。魔物が攻めてくるわけでもない。俗世からかけ離れた世界。
そんな世界に俺は閉じ込められている。
きっと俺はこのままこの村で一生を負えるだろう。
決して広いわけでもないこの村で、領主としての責務も特になく。
日々の仕事に追われることもなく。
俺は世界に埋もれていくのだろう。
気がつけば村の端まで来ていた。
辺りに明かりは少ないが、今日は満月だ。月明かりが俺の周囲を照らしてくれていた。
その月明かりに照らされて、村の外の草原になにかが横たわっているのを見つけた。
「ん? なんだ?」
最初は動物かとおもった。
だがそれはすぐ否定された。その身を包んでいたのは、動物にあるはずの毛皮ではなかった。鎧で包まれていた。
この世界で鎧を着ているのは二種類しか居ない。人間の兵士か魔物軍の兵士だ。
俺は細心の注意を払って近づいた。
鎧のすきまから見える肌。どうやら人間らしい。
そのことに安堵して、俺はすぐに近づいた。
そこにいたのは
「女……騎士?」
鋼の鎧に包まれた女が、倒れていた。
「……アラン様。この方は?」
「昨日の夜に倒れていたのを見つけてね。見捨てるわけにも行かなくて」
明朝。
俺は倒れていた彼女を屋敷まで連れ帰ると、屋敷で使っていない部屋に寝かせていた。それを朝発見したアルバートが、尋ねてきたのだ。
女騎士は鎧のまま、ベッドに寝ていた。
「ちなみにどこで見つけられたのですか? このような騎士の方など」
「村の外だよ。散歩してたら倒れていた」
「そうですか……」
半ば呆れた顔のアルバートを尻目に、俺は彼女のベッドの傍に腰掛けていた。
「よろしいですが……起きたら教えてくださいね」
そう言ってアルバートは部屋を出ていった。
俺はワクワクしていた。
この鬱屈とした村での暮らし。同じことの繰り返し。変わらない景色。変わらない生活。
それを彼女は変えてくれる気がしていた。
俺はそばにずっと座って彼女が起きるのを待っていた。
「ん……」
目の前の彼女がうめき声を上げた。どうやら気がついたらしい。
「こ、ここは?」
ぼんやりと彼女が起き上がる。
左右を確認して、俺を見ると、
「お、お前はだれだ!?」
そう言って眼にもとまらぬ速さでベッドから跳ね上がると、ベッドのわきに置いてあった棒を掴んで俺に対峙した。
「ちょっと待って!」
慌てて俺は制止する。
「ここはどこだ!? お前はなにものだ!? 答えろ!」
「お、俺の名前はアラン・ヴィルヘルム。ここはジュダの村で、俺の屋敷だ。君が村の外に倒れていたから、俺がここに運んだんだ」
「ジュダの村……? 聞いたこと無いぞ」
「まあ、もうこんなところに来る人も居ないから、知らないかもしれないがな。まあ、安全なところだよ」
そこまで言うと、彼女も少し安堵したようだった。
「お前、嘘は着いていないな!?」
俺は静かに頷いた。
「ならば、信じるとしよう」
そう言ってこちらに向けた剣を下ろした。。
始めの警戒度合いにしては、あっさりとしたものだった。
「失礼した。助けて頂いた恩人に対して礼儀が掛けていた。大変申し訳ない! ヴィルヘルム殿」
「アラン、でいいよ。えっと……名前はなんていうんだ?」
「私は、リリア・ハイランダー。これでも騎士をしている」
そう言ってガチャと鎧を脱いぎ、黒の肌着一枚になった。
鎧の上からはわからなかったが、その内は女性の体型そのものだった。
腰まで届くほどの金色の髪。そこに映えるような端正な顔立ちの切れ長の目。年齢は十台後半か二十台前半くらいで、俺とは余り変わらないように見える。
女性らしくでるとこは出ていて、引っ込むことろは引っ込んでいる。とくにピッチリとした肌着からはボディーラインがよく伺えた。
「この恩をいかにして返すか……私の体で構わないだろうか」
両手で抱え込む様にしてこちらを窺う様子は、彼女の豊かな胸を強調し、扇情的だった。
「いや、お、俺が勝手にやったことなんで……! お礼とか大丈夫だから! で、なんであんなところに倒れてたんだ?」
情けなく狼狽える俺は、慌てて話題を変えた。
「礼はいらない……そうか……」
リリアは妙に残念そうにそうつぶやいた。
なに? 俺、何かしたほうが良かったの?
「もし気が変わったらなんなりと言ってくれ。それで……私があそこに倒れてた理由だったな? 実はわたしは戦いで傷ついて命からがら逃げてきたのさ」
「戦い? この近くで戦闘があったのか?」
そんな話は聞いていない。
「いや、そうではない。大分離れた場所で起きていて逃げてきたのだ。無論追っ手は振り切ってあるが、」
リリアがそこまで言うと、彼女の腹が「グー」となった。
「……」
「……今、聞いてもらったとおりだ。あまりの空腹でたおれ……て……」
パタリとリリアが倒れた。
「お、おい! 大丈夫か!?」
目の前の彼女は、死にそうな顔をしている。
「し、心配ない……ただ、なにか食物を……」
「わ、わかった!」
俺は急いで部屋をとびだした。
「アルバート! 何か食物を!」
そう言いながら俺はキッチンへと向かった。
「アルバート? どこだ?」
いつもならすぐに返事があるのに、今日は全く返事がなかった。
キッチンに着いても、見当たらなかった。だが、代わりに昼食用の食事の準備がされていた。
まあ、いい。兎に角食事だ。
俺はそこにあった食事を台車に乗せてリリアのところに運んだ。
「もぐもぐ……かたじけない……だが、うまいな、これは」
よほど空腹だったのだろう。リリアは瞬く間に目の前の食事を平らげてしまった。
「よく食べますね」
「うむ……騎士は体が資本だからな」
俺は彼女に自分の分も差し出した
「よかったらどうぞ」
「!? かたじけない!」
あっという間に全てを食べてしまったリリアは、満足した顔をしていた。
「本当に申し訳ない。助けて頂いた上に食事まで……。これは君が作ったのか?」
「まさか。この屋敷の使用人が作ったんですよ。アルバートといって、僕が子供のころからずっと一緒にいてくれた人なんです」
「この屋敷は二人しか住んでないのか?」
「ええ、俺とアルバートだけ。両親は僕が小さい時になくなりました。それから俺は、彼に育てられました」
「そうか……大変だな」
リリアは殊勝な顔をした。
「さて、そうしたら私はそろそろ出なければ……」
そう言って立ち上がろうとしたリリアを俺は止めた。
「いいじゃないですか、一泊くらいしてくださいよ。さっきみたいに空腹で倒れられたらそれこそ俺の夢見が悪くなるし」
うーん、とリリアは悩んでいたがどうやら彼女もまた少し疲れているようだった。
「……なら、一泊だけ」
それから俺はリリアを連れて屋敷の中を案内した。
夕方。
「アルバート! あれ……どこに行ったんだ? アルバート!」
夕飯の準備を頼もうとした俺はアルバートを探していたが、屋敷中を探し回っても見つからない。
「どうしたんだ?」
リリアが尋ねてくる。
「いや、アルバートを探しているんだが、返事がなくてね。おかしいな。そういえばなんだか妙に今日は外が静かだが……」
「しっ!」
リリアがいきなり俺の口を塞ぐ。
「なんだか様子がおかしい」
「様子?」
その様子を見て、俺は小声でリリアに話しかけた。
「ああ、朝方とくらべて、屋敷の外で音がしない」
俺はとリリアはこっそりと屋敷の玄関に向かう。そこには、
「あ……あ……」
屋敷の周囲を魔物が取り囲んでいた。
ゴブリン、オーク……数え切れない。直接見たことが無かったが、絵などの通りの魔物がそこに居た。
「なんで……こんなとこにいるはずが無いのに……」
「私の……私の責任だ……」
リリアが絞り出すようにそう言った。
「やはり私は逃れられない」
「どういうことだ?」
「今は説明している暇はない! ここをなんとか切り抜けるぞ」
そう言ってリリアは腰の剣を引き抜いた。
「来るぞ! 私の後ろに隠れろ!」
彼女の掛け声とともに周囲の魔物が一斉にリリアに襲いかかった。
と、一瞬でそれらが霧散した。
目にも留まらぬ一太刀。いつの間にか魔物が切られていた。
「はあっ!」
絶え間なく、飛びかかってくる魔物を、バッタバッタとなぎ倒していく。
その太刀さばきに、俺は関心するしかなかった。
そして見とれている間に、俺はどうやらフラフラと彼女に近づいていたらしかった。
「危ない!」
叫び声で我に返った俺をかばうように、リリアが俺の目の前に立っていた。
ズシャッ。
と鈍い音がして、何かが落ちる音がした。
「グッ……」
「リリア!」
俺をかばった彼女の左腕は、魔物の一閃で切断されていた。
俺の目の前で、とめどなく血が溢れ出ていく。
「し、止血を……!」
「構うな!」
片腕を失ってもなお戦おうとするリリアに一喝され、俺は黙ってしまった。
「これは使いたくなかったが、やむを得ない……」
そう言ってリリアは先ほどまで振り回した剣をそれ高く投げた。
同時に剣が輝き、辺りを光が包み込んだ。
あまりの眩しさに、たまらず俺も目をつぶる。
そのままゆっくり目を開くと、そこにはもう魔物はいなかった。
「い、今のは……?」
「ふふっ。私の剣の能力だ」
周囲を見回しながらリリアが答える。
「その刀身と引き換えに、周囲の魔物を全て滅することができる。……一回だけだがな」
「なっ、じゃああの剣はもう使えないのか!? なんで今!?」
「私の責任だからな……」
そう言ってリリアは、その場に倒れてしまった。
「おい、大丈夫か!?」
苦悶の表情を浮かべるリリアの切断された左腕の傷口からは、未だ血が流れ出ている。
「し、止血をしないと……」
「ふ……構うな、といったはずだ。見ていろ」
そう言って傷跡を俺の目の前に差し出す。
じっと見ていると不思議な事が起こった。
傷口から出ていた血が止まったのだ。
「あれ?」
「ふふっ。まだ驚くのは早い」
その後、傷口の周囲の肉が盛り上がって、肉の塊をつくった。
段々とそれが腕の形を作っていき、いつのまにか左腕は元通りに戻っていた。
「え?」
「ふふん。驚いただろう」
あっけに取られる俺をみて、リリアは笑っていた。
「あんたは……一体……?」
「私か……私は、不老不死だ」
リリアは寂しく笑った。
俺にはわからないことだらけだった。
村の外で倒れていた少女――女騎士。彼女はリリア・ハイランダーと名乗った。
彼女を助けた後に消えたアルバート。
そして戦場ではないこの村に現れた魔物。
それを一掃したリリアの剣。
切断された彼女の腕。
再生した彼女の腕。
今まであった全てのことが、俺自身の常識の範疇外だった。
リリアを助けた時に、俺は非日常感を感じていた。
一生変わらないと思っていた景色が、彼女の登場で変わる気がしていたのだ。
果たして、それは正解だった。
「リリア」
生えたばかりの左腕を確かめるように動かしていたリリアに声をかける。
「なんだ?」
「説明してくれないか」
「ああ、これか? これは私の体質だ。呪い、と言ったほうがいいのだろうがな」
何の事はないように彼女は言った。
「私はこの呪いのせいで……死ぬことができない」
「死ぬことができない?」
俺の問いに、リリアは不敵な笑みを浮かべた。
「そうだ。私の体さっきのように切断されても、潰されても、引きちぎられても、轢かれても、元の……今の私の姿に戻るのさ」
「そんなことしたら……」
「死なない」
彼女はきっぱり言い放った。
「私はどんな形にされても、どんな状態になっても死ぬことはない。元の私に戻るだけだ」
彼女は一体何を言っているのだろう。
死なない? 元に戻る?
それは俺の常識の中には存在しないことだった。
そんな不可思議なことは、起きるはずがない。
だが、先ほどの彼女の左腕は、彼女の言うとおり復活した。
「どんな状態にされても蘇る。イコール死ぬことはない。だから私は不老不死なのさ」
「何故あんたはそんな風になったんだ?」
「だから言っただろう、呪いだって。私が百年前に魔王にかけられた呪いだ」
「呪い?」
百年前に彼女が呪いをかけられたとすると、だいぶ俺より年上なのだろう。
「そうだ。私はかつて魔王に挑んで敗れた。その時に私が受けた呪いがこれだ」
「なんで魔王はそんなことを……?」
「知るか。ただの嫌がらせだろうが」
そう言ってリリアは俺に向けて生えたての左手を伸ばして俺の右腕を掴もうとして――
指先は空を切った。
俺はいつのまにか一歩後ろに下がっていた。
「ふん、こういうことさ」
悲しそうに左腕で自分の体を抱きしめた。
「こんなありえない、おかしい存在が受け入れられるはずがないんだ。お前だって触りたくないだろう、こんな化け物に」
俺は自分の犯した過ちを悔いていた。
何故今俺は避けてしまったのだろう?
突然のことで、動転していたから?
いや、違う。
彼女の左腕が生えてきたときから、俺は彼女を異質なものと感じていたからだろう。
「さて……もうここに居てもお前に迷惑がかかるだけだろう」
そう言ってリリアは、立ち上がった。
「どこに行くんだ?」
「ああ、そういえばお前には言っていなかったな。私が旅をしていた理由を」
何のことはなしに彼女は言う。
「死ねない私は、自分が死ぬ方法を探していたのさ。つまり、魔王を倒し呪いを解かせる方法をね。そのためにここらにある伝説の剣と、それを扱うことが出来る勇者をな」
「伝説の剣……?」
「そうだ。私はこれまで幾通りの魔王を倒す方法を試してきた。だがそのどれもが失敗していた。そして、もうすぐのそのタイムリミットが来るのさ」
「タイムリミットとはなんだ?」
「簡単だ。私がかけられた呪いは百年間の間は解除ができる。だが、それが過ぎた瞬間に私は永遠に呪いを解くことはできない。それだけのことさ」
つまり、彼女はもうすぐ一生死ぬことのできない体になるということだろうか。
「その……タイムリミットはいつなんだ?」
「もう夜が明けただろうから……今日だ」
今日。
「まあ、もう諦めているがな」
リリアは笑っていた。
「もう一日しかないのにこれ以上何もできないだろう。ここから魔王の城に行くことはできるが何の策も無くて勝てる相手ではない」
笑う彼女の声はどこか楽しそうだった。
それは諦めからくるものなのかもしれないし、自らの境遇を客観視して本当に面白くなってしまったのかもしれない。
この百年間彼女は自分の運命をどれだけ恨んだだろう。そしてどれだけのものに縋っただろう。
死ぬことのできない、異質な体。それを受け入れる彼女の精神。
想いをどれだけの人に伝えることができただろう。どれだけの人がわかってくれたのだろう。
それは今彼女の置かれている境遇、一人でこの村に倒れていたことから十分察することができるだろう。
俺はそんな彼女を拒絶してしまった。
彼女の想いを、彼女以外に受け止めることができる最後の人間の俺が拒絶してしまった。
だから、俺ができることは唯一つ。
「いや、策はある」
リリアは「え?」といった顔をした。
「何を言ってるんだ?」
「お前はこの村に伝説の剣と勇者を探しに来たと言ったな。それは、俺だ」
「え……?」
「俺の屋敷に剣が飾ってあっただろう? あれが伝説の剣だ。お前、運が良かったな。偶然にも伝説の勇者の屋敷に拾われていたんだよ」
「じゃあ、」
俺の言葉を上手く飲み込めない様子の彼女が言葉を絞り出した。
「じゃあ、あの剣とお前が魔王を倒すことができるという言い伝えの……?」
「そうだ」
「なんだ……なんてことだ……」
驚いた顔を浮かべ座り込んでいるリリアに、俺は左手をさしだした。
反射的に左手でそれを掴もうとして、彼女は手を引っ込める。
「す、すまない」
「いや、構わない」
俺は彼女の左手を強引に掴むと、彼女を立ちあがらせる。
「なっ……」
「俺が、お前を救ってやる」
彼女の手を俺は固く握りしめた。
「ありがとう……すまない……」
リリアの目には涙が浮かんでいた。
「構わないさ。それより、ここから魔王の城まではどのくらいかかるんだ?」
「あ、ああ。そうだな、半日もあれば着くだろう」
「よし、それなら早い方がいいな。今、剣を取ってこよう」
そう言い残して、俺は屋敷に向かった。
すべて嘘である。
俺が勇者であることも嘘。
あの剣が伝説の剣であることも嘘。
そして、リリアが頼ってきたという言い伝えも……嘘だ。小さい頃に、俺が流した噂だ。
俺は伝説でも、あの剣が魔王を倒す力があるわけでもない。
じゃあ、なぜそんな嘘を俺がついたかって?
それは彼女を否定してしまった、俺なりの罪滅ぼしの意味もある。
女の子の前でかっこいい所を見せたいという下心もある。
ただ純粋に彼女を救いたいという気持ちもある。
ただ、俺には魔王を倒す勝算があった。
あの剣は伝説の剣ではないが、ただの剣ではない。伊達に代々伝えられているわけではないのだ。
父親は俺にヴィルヘルム家の復興の望みとともにあの剣を遺した。あの剣はひい祖父さんが手に入れたものらしい。
曰く、「自らの命と引き換えに命を奪うことができる魔法を秘めている」剣、らしい。
正直言って胡散臭い。
だが、俺はそれを信じるしか無い。目の前の彼女を救うために、俺が掛けられる望みはそれしかなかった。
屋敷に入り、宝刀グラハムの目の前に立つ。朝焼けに照らされた剣先が鈍く光っている。俺はゆっくりと柄を握った。
握った手からじんわりと熱が伝わってくる。魔法を使うことができないからわからないが、もしかしたらこれが魔力というものなのかもしれない、と思った。
俺は剣を腰にぶら下げると、屋敷をでた。
この屋敷にはもう何の未練もない。
アルバートが居ないことには気づいていた。
俺は本当に一人になってしまった。
その他の必要なものを俺は持ってリリアの元へと戻った。
それから、俺とリリアは魔王の城に向かった。
彼女の言うように、半日程度で魔王の城に到着した。
やがて俺たちは魔王のいる部屋の目の前まで来た。
「ここだ。この部屋の向こうに魔王がいる」
「なあ」
「なんだ?」
「景気づけに、一杯やろうじゃないか」
「正気か? これから戦うのだぞ?」
「正気さ。流石の勇者でも緊張しているのさ」
俺はそう言って、荷物から茶色の瓶を取り出した。
「ほら」
渋々と受け取るリリア。
「じゃ、乾杯」
チン、と瓶を合わせて一気に飲み干す。俺に続きリリアも飲み干した。
それに合わせて、リリア崩れるように床に倒れた。
「な……なんだ……?」
「効いたか?」
「何を……飲ませた……?」
「即効性の睡眠薬さ。これもひい祖父さんが残してくれたものでね」
「どう……するつもりだ……?」
「魔王と戦うのは俺一人で十分だってこと」
「やはり……アラン、お前は」
薄れゆく意識の中必死に喋ろうとしていたリリアだったが、結局そのまま倒れてしまった。
「これでよし……と。さて、魔王を倒しに行きますか」
俺はリリアを抱え上げると彼女を寝かせることができる場所を探した。
「ここの部屋の中は……」
魔王の部屋のすぐ脇の部屋に入る。
「……なるほど、なかなかおしゃれな部屋じゃないの」
そこの部屋は寝室のようだった。広い部屋に真ん中に、大きな天蓋付きのベッドがある。
「まるでお姫様……だな」
俺はリリアをそこに寝かせた。すぅすぅと寝息をたてて起きる気配はない。
「じゃあ、行ってくるよ。お前が死ぬことができるように」
俺はそう彼女に声をかけると、部屋から出た。
「さて、頼んだぜ、宝刀」
俺は腰に下げていた刀に声をかけた。
こんにちは 羽栗明日です。
「不死の呪い」投稿させていただきました。
不死や不老をテーマにしたこの短編達ですが、それぞれ彼女たちが何に縋ってきたのか。
何を思って今まで生きてきたのか。どんな努力をしてきたのか。
それを主人公たちが想像するのは容易いことではありません。
でも彼らが出会ったときに一体どんなことを思ったのか。
たとえ偽善だとわかっていても、それを貫くのは彼らの本当の想いなのでしょう。
次話も幕間を挟んだ後になります。
幕間はあまり意味を持たせたくはないのですが、動きを少しだけつけて奥行きを出そうかな、と思っています。
お読みいただき、気になることがあればコメントなど頂ければ幸いです。
何卒宜しくお願いします。
羽栗明日