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グリンチグリンチ

 

 高級店に入るための約束。


 原価を考えてはいけない。


 パスタは炭水化物。所詮小麦。

 一キロ数百円なんて考えては駄目だ。

 

 そうだ。皿を見よう。皿一枚数万円、下手すれば十数万円。絵柄を見るだけで数千円の閲覧料を取られていると思えば――。


 などと考えてしまうものの、高級店というのは気持ちがいい。

 

 ドレスコードを考えて、私なりに一張羅を着てきた。


 高級店になるとコース料理しか頼めないのがつらい。

 いや、コース自体はいいのだけどお財布に厳しい。何より、私の目的は前菜のみなのだから。


 電話で席が空いているか確認をして店に来た。席は空いていたが、おひとり様のためか少し隅の席。ちょっと裏方に近い。他の席は予約済みなので、嫌がらせとかではないと思う。

 むしろ都合がいい。



 大きな皿に三種の肉が持ってある。微妙に色が違う。ウエイターのお兄さんが丁寧に肉の登録番号を説明する。

 真ん中の肉がこのレストランで定番とされているおすすめ肉。残り二つは新しく登録された肉。番号をそれぞれ言ってくれるのはありがたい。


 私はウエイターさんが元の場所に出たところを確認すると、両端の肉をそれぞれラップで包んだ。

 番号を間違えないように、目印のシールを貼っておく。

 

 残りの肉は何事もなかったかのように、食べた。定番とされているだけあって美味しかった。


 登録番号がかなり若いことから、もうこのサンプル提供者は高齢の可能性が高い。でも培養肉は採取されたサンプルを元にしているので味が落ちることはない。


 こうして私が食べることで、彼もしくは彼女にロイヤリティが支払われる。たぶん、彼女だろう。同じ種でも性別で肉の味の傾向が違う。


 細かく言えば血液型でも――。


 おか子はB型だった。


 培養肉はしっかり血抜きがされていても血液型くらいは市販のキットがあればわかる。なにより我が家には血液型だけではなく遺伝子も調べられる道具が揃っている。


 ここで二種の肉は食べない。

 刺身が出されている店を選んだのもそのためだ。


 犯人の気持ちになれば、どうやっておか子に近づけるのかわかる。


 どんなに美味しい培養肉でも、そのサンプル提供者を調べるのはたやすいわけではない。

 

 おか子が生前述べていたように、登録番号は他人に教えてはいけない物。


 たまにあまり気にせずに教える人間がいるが、少なくともおか子は自分で発言する程度に自覚があった。


 彼女は天然だがさすがにその分別はついていたはずだ。


 考えているうちに、次のメニューが来た。培養牛をしっかり煮込んだスープだ。出汁がしっかり取れるよに作られた特注の培養肉を使用している。


 培養肉の欠点は、肉は作りやすいが、鶏の皮や牛の骨やすじ肉といったものにコストがかかる。

 昔は廃棄される部位として扱われていた物だが、現在ではより高級品になっているというのが皮肉だ。


 スープの次は魚料理。こちらも皮まできっちり培養されている。

 肉と違って魚ならわざわざ培養しなくてもいいのではと思うかもしれない。私もそう思うが、反対派は多い。


 なにより、利権にまみれた培養肉産業を敵に回すのは難しい。

 世の中、法を作るより、法を作り替えるほうが難しい。


 魚料理は言わずもがな。次の肉料理を待っているときだった。

 

 ちらっと何かが動いて見えた。

 私の席の近くに裏口への通路がある。料理を運ぶワゴンが鏡のように磨かれている。それに反射して人がうつっている。

 

 よく顔が見えないが、なにかしら話しているようだ。一人はウエイター。もう一人はスーツ姿なのだが、どこかしら見たことがある気がした。


「……」


 記憶を探る。

 どこかムカムカしてきた。

 

 ああ、そうだ。あの色合いは、昨日散々私を疑ってきた刑事のスーツと同じなのだ。


 いや、色合いだけでなく。


 やっぱりあの刑事だ。

 

 事情聴取に来ているのだろうか。

 だろうな。


 さすがに声は聞こえない。

 

 ちょっと惜しく思いながら、メインの肉料理を食む。


 刑事は裏口から出ていくものと思ったが、肉を食べている私と目が合った。

 

「おや、あなたは」

 

 気が付かないふりはできないらしい。


「こんにちは」

「おひとりですか?」


 当たり前のように刑事は私の目の前に座った。


「同じ物を」

 

 ウエイターさんに注文する。

 ウエイターさんは何か言いたげだが、黙って戻っていく。

 

 私は持っていたフォークを下ろす。


「ああ、気にしないで。食べて食べて」


 食べにくいことこの上ない。

 

 かわりにグラスに口を付ける。


「この店は常連ですか?」

「今日が初めてです」

「おやまあ、なるほどー」

「なんでしょうか?」


 昨日事情聴取を受けたばかりだ。

 友人の死を知った翌日に、レストランで肉を食べている。

 そして――。


「知ってましたか? ここのレストラン、実は被害者の培養肉を使ってたんですよ」

「……」

 

 私はそっと口をおさえ、目をそらす。


刑事は何が言いたいのか理解した。

 だからこそ、私は正直に言うべきだろう。


「そんなところじゃないかと思っていました。刑事さんは聞き込みに来たんですよね?」

「はい、そうです。なら、あなたはなぜここに?」

 どうこたえるべきか、決まっていた。


「刑事さんたちを追いかければ、おか子の死の真相に近づけるのではないかと思いました」

 

 私は視線をそっと刑事のスーツの胸ポケットに移動させる。スーツは昨日と同じ物、少しよれていて何日も同じ物を着ているようだ。


「もしかして、これ御覧になられました?」

「……すみません、チラッと見えました」


 嘘だ。

 確かに昨日事情聴取のとき、色々書き込んでいたが、見えなかった。

 もし、手帳に反応しなかったら、違う方法を考えていた。


 私たちが話している間にウエイターさんが前菜と飲み物を持ってきた。


 私とは料理が違う。肉の刺身ではなく、魚のカルパッチョのような物だ。飲み物も白ワインではなく、ウーロン茶。


「酒と言いたいところですが、車なもので」

「勤務中ではないんですか?」

 

 私が少し厭味を混ぜて言った。


「仕事が趣味の人間は、休みなんてないんですよ」


 だから平気で食事をとる。

 カルパッチョはカルパッチョで美味しそうだが、刑事は少し不満そうな顔をしていた。


 私はようやくフォークを手に取って肉を食む。刑事のせいで冷えてしまった。


 早く食べ終わって肉を調べたい。


「あなたは連続食人事件ってどう思いますか?」


 いきなりの質問にまたフォークを止めるより他なかった。


「気持ちがいいものではないでしょう。テレビでは、食べる部分だけを切り取って他は放置すると聞きました」

「ええ、ジャックザリッパーの事件のように」

 

 昔いたと言われる連続殺人鬼の名前が出る。

 犯人は誰だと、長年論争されているがいまだはっきりされていない。


「あれは、戦利品として肉体の一部を持って行くと聞きましたけど。持って帰ったのは内臓? でしたっけ?」

「そうですね。もし最初の事件さえなかったら、我々も戦利品と認識していたかもしれません」

「最初の事件?」


 私は手を止めたまま、話を聞く。

 

 刑事はカルパッチョを片づけ、ウーロン茶を飲む。


「ええ。食人事件は数あれど、連続と言われるにあたってその最初の事件があります。三年前でしょうか。『JP H 888』のサンプル提供者が亡くなった事件」

「聞いたことがある気がします」

「有名な話ですよ。かなり初期のサンプル提供者でなおかつ今も人気があるんです。資産はロイヤリティで都内の一等地にビルがいくつも建てられるとか」

「羨ましい」


 賃貸マンション1DKの私には関係ない話だ。大きな冷蔵庫を一つ買っただけでキッチンの広さが半分になる。


「もし、その事件現場で調理した痕跡がなければ、食人ではなく殺人事件と銘打たれていたでしょうね」


 ウエイターが持ってきたスープを飲む刑事。これまたスープも私が飲んだものと違う。

 私にはデザートを持ってくる。季節の栗を使ったモンブランだ。ホットコーヒーを持ってこようとしたので、断って冷たい紅茶にしてもらった。


「……質問を一ついいですか?」

「なんでしょう?」

「これは模倣犯の仕業ですか?」


 刑事はにっこり笑う。


「なぜ?」

「テレビで言っていたからです。事件が多くて、警察も捕まえられない。複数犯いるのではないかと」

「これはお手厳しい。何か参考になりましたか?」

「参考になること全く言ってないですよね」

「はい」


 即答するのが小憎らしい。


 刑事は魚料理を口に運ぶ。これは私と同じ料理だった。


 私は冷たい紅茶を飲み干す。


「すみません。私はそろそろ」


 ウエイターを呼びお会計してもらう。


「ああ、ここは持ちますよ」


 にっこり笑う刑事に私は首を横に振った。


「今日はお仕事じゃないなら経費では落ちませんよ。ちゃんとお給料はもらっているので」


 正直お財布には打撃だが、おごってもらうわけにはいかなかった。


 私は、食事中に気付いたことを反芻しながら、一度家に帰ることにした。



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