ランチランチ
※食欲が無くなる描写が多数ありますので、ジャンル・キーワード確認の上、大丈夫だと思ったかたのみお読みください。
家畜という言葉が歴史の教科書でしか見当たらなくなった時代、人はまだ肉を食べていた。
食肉は、培養槽の中で大量生産されるものとなった。
そんな時代のとある五月の昼下がり、私と友人はちょっと奮発してランチを楽しんでいた。
木漏れ日がちらちらと眩しい。白を基調としたウッドテラスには真っ赤なブドウジュースがとても映えた。レディースデイでランチがお得にならなければなかなか入れない店だ。しがない会社員の給料は寂しい。
「お待たせしました」
ちょっと素敵なウエイターさんが皿を置く。いい感じに渋めの男性で、慣れた手つきが料理を綺麗に配置していく。
友人の前にはステーキが一つ。ミディアムレアの柔らかい肉の赤。クレソンの緑が引き立ち、揚げたてのポテトが輝いている。すうっとナイフが入る。フォークで突き刺し、友人はパクリと一口。
「このお肉美味しーい。やわらかーい」
「あっ、それ今人気のやつだ。私もこの間食べたよ」
メニューには『JP H 229222』と書いてある。肉の登録番号だ。人気の肉にはわかりやすい番号が使われていることが多く、私も以前食べた物を覚えていた。
私は基本違う物を食べることが多い。今日は『JPNGY GA 1032221111』。最初のアルファベットは生産地とどの種かを表している。昔はブランドを名乗ることもあったが今は番号で置き換えられる。
今食べているのは、国産チキンだ。鶏だと登録番号の桁数が半端ないので覚える気がしないけど、はずれはない。パリッとした皮、じゅわっとした肉汁。鶏皮には好みがあるが、培養する際手間がかかる。よって、皮付きの肉はワンランク上の肉だ。
品質管理はしっかりされている。無菌状態で育てられた培養肉は生で食べても寄生虫もウイルスも心配ない。
安全で美味しいお肉がそこにある。
「本当? じゃあかなり市場に出回ってるんじゃない。いーなー。すごくロイヤリティ入って来るんでしょ?」
「ロイヤリティの割合と、培養された量によるかな。億を超える人もざらにいるらしいよ」
確か提供したサンプルが全部使われた場合、一割のロイヤリティ。他のサンプルと混ぜ合わせられた場合、その使用された割合で決まる。
「たしか血液十㏄で済むよね。たったそれだけで一攫千金も夢じゃないっていいよね」
にこにこ笑いながら友人は肉を食べる。真っ赤な肉、したたる肉汁。皿の上にクレソンとポテトが残る。お野菜も一緒に食べなさいとお小言を言い忘れた。
「私も登録しようかな?」
「えー、やるの? 合格するかもわかんないよ。肉質が悪かったら、登録料取られ損だって。ええっといくらかかるかな?」
私はテーブルに指を滑らせて携帯用端末を起動させる。
「一万円。高いような安いような」
「年末に宝くじ買う気分」
「まさに」
二人してため息をつく。会社員のお給料はいつの時代も寂しい。
「気が向いたらやろうかな」
「はは。受かったら教えて」
「教えちゃいけないんじゃなかったっけ?」
「そうだった」
微笑む彼女と会ったのはそれが最後。
友人こと、おか子は死んだ。
連続食人事件の被害者として。
彼女の貯金通帳には数か月で億を超える金額が振り込まれていた。