聖剣狩りまであと一週間
聖剣狩りの開始まで、残り一週間を切ったある日。
僕は農場の庭で、座りこむ千人の冒険者を前にして立っていた。
「えー、今回は当農場の臨時職員募集依頼に応募いただき、ありがとうございます。本日より一週間の準備期間、更にそれから一週間の開催期間中、宜しくお願いします」
ここに集まっている冒険者は、境界街の臨時職員募集に応募してきた者達だ。
明らかに手練れといった年長者から、見るからに新米といった若者まで、その内訳は様々だ。
「まず、ギルドの方からも説明があったかとも思いますが、報酬について改めて説明させていただきます」
聖剣狩りの臨時職員として雇われた者達は、二種類の報酬から好きな方を選ぶことができる。
一つは、お金。こちらを選んだ場合、金貨三枚が報酬として払われる。
金貨一枚で、一般的な相場の街で三人家族が一年強生活できることを考えれば、命の危険が少ない二週間程度の務めで金貨三枚は破格といえるだろう。
もう一つは、聖剣狩りの全日程が完了した後、抜け残った聖剣に挑戦する機会。
普通に参加した場合の参加費が金貨一枚であるため、お金を選んだ場合より明らかに損をすることになる。しかし、わざわざ訪れたのに、人数の関係で参加する前に開催期間が終わってしまったという参加者もいることを考えると、確実に聖剣に挑戦できる権利というのは悪いものではない。
「この後、どちらの報酬を選ぶかそれぞれに確認します。一応、最終日まででしたら変更も可能ですので、とりあえず、でもかまいません。次に、一週間の準備期間中の仕事について説明させていただきます」
今から一週間の間、彼らには農場の周りでの警備と、集まってくる参加者の整理をお願いすることになる。開催日より前に集まってきた者たちは、入場の順番を有利にする為、農場の周りで野営を行って開催日まで待機する場合がほとんどだ。そしてその人数は、開催日が近づくにつれて加速度的に増えていく。
敵対国同士、敵対種族同士が顔を付き合わせる状況が必然と多くなるため、トラブルの発生は免れない。また、そもそも参加以外のよからぬ目的で紛れ込んでいる者も良くいる。
それらの対応や防止のため、農場の周りで二十四時間の対応に当たってもらう必要がある。
「対応方法ですが、命に危険が迫るか、正当防衛の証人を立てられる状況でもない限りは、極力こちらから手を出すことは避けてください。これは開催期間中であっても同様です」
参加者の中には、貴族なんかも割といる。そういう相手に対して暴力を奮うと、面倒臭いことになるのは言うまでもない。
「もし対応に問題があると判断した場合、報酬の減額や、解雇の罰則を適応します。後日問題が発生した場合でも聖剣農場がその責を問われることは無く、皆さん自身で解決していただくことになります」
過去、冒険者に扮してお忍びで参加した王族に対して、臨時職員が横暴な対応をしたということで問題になりかけたことがあった。
うちの農場がどこか特定の国に弱みを握られるというのは、色々とまずい。その事案以降、臨時職員の行動については、その職員が元々所属する国・団体が全ての責任を負う扱いになっている。
「えー、続いて、臨時職員の聖剣畑への立ち入りについてです。これから皆さんに、職員であることを表す腕章を配ります。この腕章が無いと畑に入ることができないので、気を付けてください」
聖剣農場臨時職員、と書かれた緑色の帯を掲げてみせる。
「また、この腕章をつけていても、開催期間中の午後五時から六時の後片付けの時間、および最終日翌日の後片付けの時間以外は、畑に入ることはできません」
当然ながら、常に畑に入れるようにしておいて、好き勝手に聖剣に手をだされては堪ったものではない。
ここに集まる冒険者たちは、冒険者ギルドがある程度選別した者達ではあるが、目の前にチャンスが無防備に転がっていたら、魔が差さない可能性はどこにもないのだ。そんなことをされたら、わざわざ高い参加料を払って入場する人々が、暴動を起こしてしまうだろう。
と、そこまで説明したところで、冒険者の群れの中から、手が上がった。
「質問していいかい? 俺らの中にはあれぐらいの壁だったら、簡単に乗り越えられる者もいるし、気配を消すのが上手いのもいる。そういった連中が、何かの事故で壁を乗り越えちまったり、ついうっかりあんたの後ろについて入っちまったりしたら、どうするんだ?」
手をあげ、そんなことを言ってきたのは、短く刈り上げた髪と無精ひげの冒険者だった。その顔にはニヤニヤとした笑いが張り付いている。
「そうだなぁ、何かの事故なら仕方無いよなぁ!」
「そこが畑と知らなくてついてっちまうこともあるだろうしな!」
同じようににやけ面を浮かべた冒険者が何人か声を上げた。明らかにこちらを見下し、舐め切ったような視線が向けられる。
ギルドの選別を通っているはずなのだが、母数が多い以上、こういうのはどうしても一定数存在する。声や表情にだしていなくても、あわよくば、と思っている者は他にもいるだろう。
「そういった場合は仕方がないです。そうならないように、気を付けて頂くしかありません」
ため息を吐きながら告げた、僕の事実上の容認の言葉に、声を上げた冒険者達の笑みが深くなる。
だから僕は、できるだけ淡々と聞こえるように、続きを告げた。
「ええ、気を付けて頂くのが、皆さんの為にもなります。
あの壁は当時の技術の粋を集めて作られた壁です。許可の無いものが壁を乗り越えようとした場合、壁を構成する半自律的、えーと、錬金なんとか……とにかく、自分である程度思考して行動する金属が、侵入者を排除しようと動き出します」
「棘が飛び出したり、上る者が落下するように表面を滑らかにするくらいは当たり前。壁の内部に取り込んで圧殺したり、ミキサー状の仕掛けが侵入者を飲み込んだり……あとは攻性魔術が発動して炎や雷が乱舞したりもするんだったかな?」
「上空が無防備に思えるかもしれませんけど、目に見えないだけで、熱電磁障壁だとか、攻性魔術障壁だとかが覆っているので、たとえドラゴンであったとしても侵入は不可能だとされています」
「入り口についても同様です。
承認されている者であれば何の影響もありませんが、そうでないものが通った場合、上空を覆っているのと同じ障壁で、消し炭となって消滅することになります」
「ちなみに、職員期間中に皆さんがいなくなった場合、失踪という扱いで処理されます。そうなった経緯がどうであれうちの農場が責任を問われることはありませんので」
本当に、気を付けてくださいね。
口を半月の形に歪め、しかし、目には一切の感情を出さないようにして、言葉を締める。想像した通りの表情が出来ているかはわからないが、にやけ面をしていた冒険者達が顔を青くしたり、面白くなさそうな表情をしたりしているのを見ると、成功はしているようだ。
僕の機嫌を損ねたら、まるで消し炭となって消滅したかのように失踪することになるかもしれない、そう思ってもらえたなら狙い通りである。
「それでは次に、開催期間中の動きについて──」
静かになった冒険者たちに、その後の説明は恙なく終わった。あとは、報酬の希望を聞いて解散である。
今日の当番に割り当てられた者はそのまま、農場周囲の見回りに、それ以外は各々自由に過ごしてもらうことになる。境界街に戻る者、広い庭で模擬戦や訓練を始める者など様々だ。
「やー、ごめんねー、無理だったら入り口まででいいからねー」
「は、は、は、な、なんの、これ、しき」
夕方の作業のために、噴霧器を運ぼうとしているイエロラさんにいいところを見せようとして手を出し、息も絶え絶えになる者も毎年見る。
「えーと、あと希望を聞いていないのは──」
「おう、後は俺だけだぜ、クウロ」
手元の名簿を見ながら、報酬の聞き取りを進めていた僕は、後ろから掛けられた声に振り返る。
そこにいたのは、さっき手を上げて質問してきた、無精ひげの冒険者だった。
「ファイオスさん、さっきはありがとうございました」
「なに、いいってことよ。お前さんの脅し、今年はだいぶ迫力があったな」
「研究がノリにノッているところに水を差されたヴィオさんが向けてきた表情を参考にしました」
「"聖剣狂い"の真似か、そいつはおっかねぇに決まってるな、ガハハハハ!」
ファイオスさんが愉快そうな声を上げて笑う。
彼は臨時職員として何度も参加している、ある意味で聖剣狩りの常連冒険者だ。
「それよか、声を上げた連中以外にも、不穏な雰囲気の連中が何人かいた。
こっちでもそれとなく気を払っとくぜ」
さっきの彼の態度や質問は、要注意人物を炙り出すための演技。事前に頼んでおいた仕込みだ。
すでに臨時職員に慣れたものである彼には、こういったことを任せられるだけの信頼と経験がある。
「ありがとうございます。後でどの人たちかを教えてもらえれば、こちらでも注意しておきます。ファイオスさんへの報酬は──いつも通りですか?」
「ああ、いつも通り金で頼む」
「そろそろ、また参加者として参加してみてもいいんじゃないですか?
確か、一回参加して、それっきりなんですよね」
「いや、いいんだ。あの一回で、俺には聖剣は抜けねぇって、何となくわかっちまった。高い金払って抜けないモンに挑戦するより、高い金もらって冷やかす方が、得るものが多いしな」
ファイオスさんは昔、聖剣狩りに参加者として参加しているらしい。本人が言うには、その時は聖剣を手に入れることはできなかったようだが。
それでも、剣が変われば選ぶ人間も変わる。
来年は抜ける聖剣が出てくるかもしれない、そう考えて何度も挑戦する者がほとんどだ。彼のようにすっぱりと見切りを付けられる人はとても珍しい。
「まぁ、うちとしては経験のある人が参加してくれるのは助かるので、ありがたい話ではありますけど」
「こっちとしても、貴重な稼ぎ時だ。あそこを拠点にする利点つったら、これに参加しやすいことぐらいだしな」
ガハハハ、と笑い声をあげる彼は、世にも珍しい、境界街を拠点にしている冒険者だ。もともとは別の国の冒険者だったようだが、聖剣狩りでここを訪れたあと、境界街に居着いているらしい。
流石に、一か月の内何回かは他所に稼ぎに出てているようだが。
「オッサンオッサン、用が終わったなら、また鍛錬に付き合ってくれよ!皆も待ってるぜ!」
「くぉら、アンバル!! 俺はまだ三十にもなってねぇんだから、オッサンはやめやがれ!!」
会話していた僕たちに、元気な声をあげながら近づいてきたのは、十代前半くらいの年齢の冒険者だ。
真新しい皮鎧や直剣を身に着けていることから、まだ新米であることが窺える。
「大体お前、臨時職員でも無いのに、勝手に農場内に入ってくんじゃねぇ!
大人しく外で待ってやがれ!!」
「いってぇー!?」
ガイン、と痛そうな音を立てて拳骨を落とされた新米冒険者──アンバル君は、頭を抱えながら出口へと逃げて行った。
「すまんな、あとでしっかり言っとくわ」
「知り合いですか?」
「おう、こないだ出稼ぎに行った街で知り合った新米だ。なんだか昔の俺を見てるようでほっとけねぇから、最近一緒に行動しててな」
ったくあのクソガキは、と舌打ちするファイオスさんだが、言葉に反してその表情は優しい。
「聖剣狩りのことを話したら、参加するって聞かねぇから連れてきた。今は外で野営組と一緒に開催待ちだ」
「なるほど。でも、新米冒険者が払うには、うちの参加料、結構厳しいと思うんですけど」
一山当てれば大きいとはいえ、冒険者というのは基本的に薄給だ。それが新米であるなら、猶更。駆け出しの時は、装備の修繕やらなんやらの諸経費で稼ぎの全てが飛ぶこともおかしくないという。
「そこは心配ないと思うぜ。新米同士でパーティを組んで、パーティの前衛を強化するって名目で参加料を折半したそうだ。……その分、聖剣が抜けなかった時、肩身が狭いことになるだろうがな」
あいつのパーティの面倒も俺が見てやってるからな、いざとなったら俺がこき使ってやるさ、と高笑い。
報酬の良い依頼は難易度も相応に高く、実績を持たない新米では受けられないことが多いが、中堅冒険者で、実績もあるファイオスさんが代表で受ければ、参加することができる。
厳つい見た目や言葉遣いに反して、彼は真面目で、面倒見のいい性格なのだ。
それを指摘すると照れ隠しの拳骨が飛んでくるので、口に出して言うつもりはないが。
「とりあえず、俺は今日の当番じゃねぇから、あいつらのところに行ってくる。もしなんか手が足りないことがあったら、声かけてくれりゃ、手伝うぜ。追加報酬で酒か飯を奢ってもらうことにはなるけどな、ガハハハハ!」
後ろ手を振りながら農場の外に出ていくファイオスさんを見送る。
「あのおっちゃん、二十代なんだねー。四十代くらいだと思ってたよ」
「うわいつの間に。……僕も同じこと思いましたけど、本人の前では言わない方がいいですよ?」
言ったら間違いなく拳骨が飛んでくるぞ。
というか、向こうで冒険者の人が噴霧器に潰されましたけど、放置してていいんですか。
噴霧器が心配だから行ってくるねー、と去るイエロラさん。僕も自分の仕事の為に執務室に戻ることにする。
開催期間中の人員の割り振りを決めねばならないのだが、今年は臨時職員の数がいつもより多いため、骨が折れそうだ。
事前の団体参加申請も、既に例年の倍を超える数になっているし、その整理もある。畑仕事の手伝いや、その後のお勤めも考えると、だいぶ睡眠時間を削ることになるだろう。
聖剣狩りを一週間後に控え、俄かに活気づき始めた農場内とその周辺の空気とは逆に、今後の忙しさを憂う僕の気分は、徐々に坂を下っていくのだった。