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第2章 ムカデ姫伝説の物語 2-3 伝説

 利正が官位を授かってから2年後の慶長2年(1597年)、年が明けてから間もなく、利正は新しい居城の築城の内諾を得て帰国した。於武は人質のため、伏見に残るしかなかった。


 利正は帰国早々、自ら総奉行となって不来方で築城工事を開始した。そして、不来方という地名が縁起が悪いとして、地名を森ヶ岡に替えるのである。


 慶長3年(1598年)8月18日、秀吉が亡くなった。秀吉という重しが外れた天下は、次第に乱れて行く。

 そんな世情の中、南部家でも大きな変化が起きようとしていた。南部家の後ろ盾となっていた利家が慶長4年(1599年)閏3月3日に死去し、当主の信直が病に倒れたのである。先が短いと悟った信直は、利正を伏見から呼び寄せ後を託した。利正は宗家を守り切った父を思い、父の名から直の字を取って、名を利直と改めるのである。

 慶長4年(1599年)10月5日、信直は53年の波乱の人生を終えた。家督は利直が継ぎ、27代当主となる。23歳であった。


 慶長5年(1600年)、徳川家康が会津討伐に動く。利直は東軍に味方した。この動乱に乗じて、和賀郡の旧領主が岩崎一揆を起こすが、利直は鎮圧に成功し、徳川方の大名として生き残った。

 慶長8年(1603年)、徳川家康が征夷大将軍に任ぜられた年、利直は父・信直の死で中断していた城の築城を再開する。


 福岡城内で家老との話し合いを終えた利直は、於武の部屋へ向かった。

 一人で針仕事をしていた於武は、利直が部屋に入ってきたことに気付かない。

「於武、繕い物か?」

 突然声を掛けられた於武は、慌てて畳に手をついて頭を下げた。

「また、森ヶ岡に行くことになった。築城の指揮でしばらく戻れないから、そのつもりでいてくれ」

「かしこまりました」

 於武の返答を聞いた利直は、於武の前に座った。そして、於武の脇に置かれた縫いかけの錦の布を目に留めて言う。

「縫物なら、奥女中に任せればよいではないか」

「これは、家宝を入れる袋ですので、自身で作りたいのでございます」

「家宝?」

「この家に嫁ぐ前に、蒲生の義兄が持たせてくれた物です。『於武は宗家の生まれではないが、蒲生一族である。その証として、これを持って嫁ぐがよい』と言って、渡してくれたのです」

 於武はそう言うと、懐からくたびれた手のひら大の袋を取り出して利直に渡した。

「重いな。中を見てよいか」

「どうぞ、お手に取ってご覧ください」

 利直が袋の紐を解いて中の物を手に取る。先の尖った鉄の塊だった。

「これは、矢尻か?」

「蒲生家の先祖、俵藤太が大ムカデを射たときの矢尻と伝わっています」

「俵藤太というと、平将門を打ち取って鎮守府将軍になった藤原秀郷のことか?」

「その通りでございます。殿はご存知でしたか」

「秀郷公は関東の有名な武将だから知ってはいるが、大ムカデのことは初耳だ。詳しいことを知っているか?」

「蒲生家に伝わる話はこうです。俵藤太が瀬田川に横たわる大蛇を踏みつけて対岸に渡ったところ、この大蛇は琵琶湖の龍神だったそうで、藤太の豪胆さを見込んで、三上山に住む大ムカデの退治を頼んできたそうです」

「近江の瀬田川のことだな。その近くにある貴船神社の神は水神だったはずだから、龍神はそこの神だろうか?」

「それは、わかりません」

 利直は話を中断されて不満げな於武に気付き、謝る。

「話の腰を折ってすまん。続けてくれ」

「大ムカデに子供を食べられ続けた龍神一族は、大ムカデを退治しようとしたのですが、敵わなかったそうです。藤太は龍神一族を哀れに思い、引き受けました。藤太が三上山に向かうと、三上山を7巻き半もする大ムカデが現れたのです。藤太は、大ムカデに向かって次々と矢を放ちました。しかし、大ムカデの体に当たった矢は、跳ね返り刺さりません。ついに、残る矢は1本だけになりました。藤太は最後の矢を『南無八幡大菩薩』と叫んで放ったところ、大ムカデの目に突き刺さりました。大ムカデはもんどり打って倒れて死んだそうです」

 於武の話を聞いていた利直は、何やら思い付いたようだった。

「於武は、この陸奥に住んでいた猿丸を知っているか?」

「存じません。猿丸とはどの様な方なのですか?」

「日光に伝わる話によると、猿丸は下野国にある二荒山の神の孫だそうだ」

「日光にその様な話があったとは、知りませんでした。どの様な話なのでしょう?」

「では、話して聞かせよう。その昔、下野国の二荒山の神と上野国の赤城山の神が、中禅寺湖の水をめぐって争っていた。ある時、二荒山の神は白蛇の大群で攻め込んだが、赤城山の神はムカデの大群で返り討ちにする。劣勢に立たされた二荒山の神が、常陸国の鹿島大明神を頼ったところ、陸奥国に住む弓の名手である猿丸を呼び寄せろと言う。二荒山の神は、陸奥に向かい、猿丸に自分の孫であることを告げて加勢を頼んだ。猿丸は断る訳にもいかず、中禅寺湖へ行くと、赤城山の方からムカデの大群が攻めてきた。白蛇の大群が迎え撃ったが、ムカデの大群の方が優勢だった。白い大蛇に姿を変えた二荒山の神が白蛇の群れの中から現れると、ムカデの群れの中からは大ムカデに姿を変えた赤城山の神が現れた。大蛇と大ムカデは絡み合いながら戦った。それを見ていた猿丸が矢を放つ。矢は大ムカデの左目に命中し、大ムカデは退却、二荒山の神が勝った。ということだ」

 利直は黙って聞いていた於武に、更に続ける。

「弓の名人が白蛇の味方になり、大ムカデの目を射て退治する。於武の話と似ておらぬか」

「殿は猿丸が俵藤太だと言うのですか!」

「そうは、言っておらん。ただ、二つの話が似ていると言っているだけだ」

 於武は利直の手から矢尻をもぎ取ると、いままで見せたことのない剣幕で怒った。

「いいえ、殿は蒲生家が猿丸の話を盗んだと言いたいのです! この矢尻も偽物だと思っているのでしょう!」

 利直は余計なことを話したと後悔しながら、於武をなだめようとする。

「秀郷公は下野と武蔵の国主であるから、秀郷公の功名がその地で広がるうちに神々の戦へと変わったのだろう。きっとそうだ。そうに違いない」

 於武は横を向いてふくれている。

「於武、機嫌を直せ。そうだ、森ヶ岡へ一緒に行かないか。面白いものを見せてやる」

 利直の提案は於武の心をくすぐった。いつも城の中にいるので、たまには違う景色も見てみたいと思っていたのだ。

 於武は横を向きながら、うなずいた。

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