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第2章 ムカデ姫伝説の物語 2-1 縁談

 天正18年(1890年)夏、関白の豊臣秀吉は、小田原攻めで北条氏を滅ぼした。その後、秀吉は宇都宮に進み、関東と奥州の領主に引見して処分を下した。いわゆる、宇都宮仕置である。小田原に参陣しなかった大名であっても、宇都宮に参じて服従を誓った者には領地の領有を認めたが、来なかった者は領地没収処分になったのだった。

 奥州には大崎氏や葛西氏など、秀吉に服従を誓わない勢力が多く残っていた。秀吉はそれらの勢力を一掃するために軍勢を北上させ、会津黒川へ入る。

 秀吉は奥羽全体の総検地を命じて引き返したが、奉行の浅野長政が軍勢を率いて平泉まで進軍し、各地を占領した。奥州が平定され、秀吉の天下統一が達成されたのである。

 秀吉の総検地令は速やかに行われ、大谷吉継が庄内、最上、由利、仙北の検地を、前田利家が秋田、津軽、南部の検地を実行した。


 南部家当主・南部信直の長男である彦九郎は、南部宗家の居城である三戸城の大広間で、家臣らに見守られながら元服の儀式を終えたばかりであった。

 既に家臣らは席を外しており、大広間には彦九郎と信直、それと前田利家だけが残されていた。上座には利家が座り、向かい合って信直、その斜め後ろに彦九郎が座っていた。

「此度は検地のお役目でお忙しい中、彦九郎の烏帽子親になっていただき、誠にありがとうございます」

 信直が礼を言うと、彦九郎共々、利家に向かって深々と頭を下げた。

「検地の途中にこの城へ立ち寄ったが、まさか烏帽子親を頼まれるとは思わなんだわ」

 利家は笑いながら言った。

「当家が今こうしていられるのも、前田様が関白殿下へお取り成しをしてくださったおかげでございます。嫡男の烏帽子親には、是非とも前田様になっていただきたく思っておりました。ご無礼のほど、平にご容赦ください」

「めでたいことだ、謝らんでもよい。南部家の次期当主の烏帽子親を務めたことは、儂にとっても誉である」

 利家と彦九郎が擬制的な親子関係を結んだことは、彦九郎にとって、利家の下の立場になったことを意味する一方で、利家が後ろ盾になったことでもある。それは、信直が望んだことであった。隣国の津軽為信と敵対し、一族内に対立を抱える信直は、何としても実力者の利家との関係を深くしたかったのである。

 利家は南部親子に向かって言う。

「烏帽子親を務めたからには、偏諱を授けねばなるまい。儂の名から利の字を与えようと思うが……彦九郎、利の字はどうだ?」

「謹んでお受けいたします。良い字をいただき、お礼の申し上げようもございません」

「そうか、彦九郎は気に入ったか。南部殿はどうだ?」

「前田家の通字である利の字をいただき、望外の喜びでございます。いただいた利の字に正の字を加え、彦九郎の諱を利正といたしたく存じます」

「利正か、良い名だ。元服も終わったことだし、次は嫁取りだな。許嫁はおるのか?」

 利家は信直に聞いた。

「そのような者はございません」

「そうか、おらぬか……」

《前田様は自分の娘を娶らせようと考えているのか……。関白と親しい大大名の前田家が親族となれば、これ程心強いことはない》

 思案する利家の様子をうかがっていた信直が、そう想像していると、利家から意外な言葉を聞いた。

「蒲生家と縁組せぬか。蒲生は殿下より豊臣姓を賜り、此度の仕置で会津42万石の大名になっておる。南部家にとって、悪い話ではなかろう」

「蒲生様には、確かご息女がお一人だけいらしゃると聞いていますが、その姫を正室に迎えよということで、ございましょうか?」

「その娘は、儂の次男、又若丸の許嫁になっておる」

「蒲生様には、他にもご息女がいらっしゃいましたか?」

「氏郷には、側室がおらぬから、他に娘はおらぬ筈だ」

 南部親子は互いの顔を見合わせた。氏郷が娘の嫁ぎ先として南部家を選んだということならわかるが、存在しない娘を娶れというのだから、無理もない。

 南部親子の様子を見ていた利家が、真意を語り始める。

「殿下は氏郷を信頼しておる。殿下が此度の仕置で氏郷を会津に置いたのは、奥羽の要石とし、奥羽に目を光らせるためだ。特に、伊達政宗には気を付けなければならん。あやつは野望を捨てておらん。今は殿下に臣下の礼を取っておるが、隙を見て反乱を起こすやもしれぬ。信用ならざる者だ。そうは思わぬか?」

「確かに伊達は、本心から関白殿下に服従している訳ではないでしょう」

「殿下もそう思っておるのだ。『伊達が邪心を起こさぬようにするには、蒲生と南部が南と北から伊達を抑え込む必要がある、そのためには蒲生と南部が強く結びつかなければならない』と、殿下はお考えなのだ」

「この縁談は関白殿下のお指図ということでございますか?」

「殿下は蒲生家と南部家が結び付くことをお望みだが、儂に蒲生家の姫を南部家に娶らせよとは言っておらん。氏郷には、嫁ぎ先が決まっていない娘がおらぬからな。儂が利正の元服姿を見て思い付いたのだ」

「そうでありましたか。ですが、蒲生様に婚家が決まっていないご息女がいないのでは……。それに、蒲生様が縁組の話を知らないというのも……」

 信直が不安げな表情を見せたが、利家は力強く言う。

「氏郷に養女を取らせればよい。儂が氏郷を説得する。氏郷にとっても、奥州の名門大名との縁組は望ましい筈だ」

「関白殿下のお望みであり、前田様がお勧めくださるのですから、是非もありません。前田様にお任せいたします」

 信直の返答を聞いた利家は、利正にもたずねる。

「利正もそれで良いか?」

「全て前田様にお任せいたします」

「そうか、任せるか。儂が話をまとめるゆえ、その方らは吉報を待っておれ」

 利家は、思いがけず秀吉の相談事を解決する目処が立ち、上機嫌であった。

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