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第2章 ムカデ姫伝説の物語 2-5 ムカデ姫

 重直が於武のもとを訪れてから数日後、於武はこの世を去った。

 すぐさま於武の葬儀の準備が始められたが、この時、異変があった。於武を棺に移したところ、敷き布団にムカデの形をした染みが浮かび上がっていたのである。

 箝口令が布かれたが、人の口に戸は立てられない。家人たちの間に、ムカデの祟りとの噂が流れた。人々は恐れたが、特に何も起こらなかったので、噂を口にする者はいなくなった。


 於武の遺言通り、於武の墓が三ツ石神社の近くに建てられ、遺骨が納められた。

 墓は遠曲輪の水堀に面していたので、藩主の墓参のために橋が架けられることになり、太鼓橋が造られた。

 橋が完成したとの報せを受け、作事奉行が現場を訪れた。

「何じゃこれは。橋が落ちているではないか」

 太鼓橋がバラバラになって水堀に浮かんでいる。

「お主がしっかり差配しておらぬから、こんなことになったのだ。手抜きをしおって」

 作事奉行が、橋の建築を担当した部下の作事方を叱った。

「決してそんなことは」

「言い訳をするな。急いで架け直せ」

 立ち去る作事奉行の後ろ姿に向かって、作事方がつぶやく。

「手抜きなどしていない……。誰かの仕業だ」


 作事方は、早速橋の再建に動き出した。

 この橋を造った職人らが現場に集められ、作事方が壊れた橋を見せる。

「見ての通りだ。作事奉行は手抜きをしたのではと疑っている」

「そりゃないぜ。ダンナが付きっ切りで作業を監視していたじゃありませんか。それに、この壊れ方は崩れて壊れたものじゃありませんぜ」

 職人の頭が作事方に向かって抗議した。

「俺もそう思う。確かに、これは崩れ落ちて壊れたようには見えない。誰かが壊したものだろう」

 頭は職人たちの顔を一人一人見た後、自信ありげに告げる。

「ダンナは俺たちを疑っているかもしれませんが、そんな奴はいませんや。壊す理由もねぇ」

「お前たちを疑っているのではない。誰か、怪しい奴を見たものはいないか?」

 職人たちは首を振っていたが、一人だけ様子が違っていた。その職人は迷っていたが、意を決したのか、おずおずとしゃべり出した。

「怪しい奴を見たわけではねぇんだが……。昨日の夜、ノミが1本ねぇのに気付き、月明かりを頼りにこの場所へ探しに来ただ。そしたらよ、ムカデがいっぺぇ橋に群がっていただ。おらぁ、恐ろしくなって逃げ帰っただ」

「おめぇ、夢でも見たんだろう」

 と、頭がたしなめる。しかし、作事方は夢や嘘とも思えなかった。

 作事方は前年まで江戸詰めであったため、於武が亡くなった時に流れた噂を聞いていたのである。

《まさかとは思うが、本当にムカデの呪いがあるのか……》

 作事方はそんなことを考えても仕方がないと思い直し、職人らに命じる。

「この話は終わりだ。兎に角、早く橋を架け直さねばならない。直ぐに取り掛かってくれ」


 橋は突貫工事で造られ、短期間で完成した。

 普段なら、完成後は無人になるのだが、今回は違った。作事方は職人を現場に3人残し、4人で橋を夜通し見張ることにしたのである。

 夜になり、4人は橋が見える場所で車座になる。月明かりが辺りを照らし、橋や水堀の対岸にある墓を浮かび上がらせていた。

 何時間待っていても、異変は起こらない。

 皆がウトウトとし始めた午前0時過ぎ、ガリガリという音が響いた。

 作事方が立ちあがって橋の方に目を凝らすと、橋が黒く変色している。慌てて橋に近づくと、数え切れないほどのムカデが橋を覆いつくしていた。ムカデはガリガリという音を立てて、橋に噛み付いている。

「ギャーッ」

 作事方の後で一人の職人が悲鳴を上げ、尻もちを付いて後退った。

 作事方がムカデを追い払おうと刀に手を掛け、橋のたもとへ歩き出すと、職人の頭が背後から作事方を抑え付ける。

「ダンナ、いけやせん。こいつは魔物だ」

「しかし、このままでは橋が壊される」

「橋は直せばいい。刀を振り回したところで追い払うことなどできねぇ。取り殺されるのが落ちだ」

 頭が作事方を説得していると、墓から白蛇が次から次へと這い出てきた。

 白蛇がムカデに襲い掛かる。白蛇の大群とムカデの大群が橋の上でぶつかり合った。

 作事方と職人たちは、この世のものとは思えぬ光景を目の当たりにして、ただ茫然と眺めるだけだった。

 白蛇とムカデの戦いの巻き添えで、橋が壊れ始め、ついに崩れ落ちた。

 頭が作事方に促す。

「ここに居ても、しょうがねぇ。帰りやしょう」

「だが、しかし……」

「橋は落ちたんだ、ここにいる意味はねぇ。それに、巻き添えを食って、死ぬのは御免だ」

「その通りだが……」

 頭の言うことはもっともだったが、作事方は何もせずに逃げ帰ったと思われたくなかった。

「今見たことを報告するのも、ダンナのお役目じゃございやせんか」

 そう言われると、作事方に言い返す言葉はなかった。

 4人は月明かりで照らされる道を歩いて帰った。


 作事方は朝一番に作事奉行の家を訪れ、見たままを報告した。

 作事奉行は作事方の話を信じず、「たわけたことを申すな」と叱りつけ、他言無用と命じた。

 しかし、夜明け前に於武の墓で起こった出来事は、現場にいた職人が仲間に話していた。噂は枯野に野火が燃え広がるように、たちまち町中に広がった。

 噂は藩主の重直の耳にも入った。作事奉行が呼び付けられ、重直の前で説明を求められた。

「橋がまた落ちたそうだな。原因は何だ」

「申し訳ありません。只今、究明中でございます」

「現場の者から報告は受けておらぬのか」

「作事方より報告がありましたが……」

 作事奉行は言い淀んだ。

「儂の耳には、ムカデと白蛇が橋の上で争いを始め、その巻き添えで橋が壊れたと入っているぞ」

「作事方はそのように申しておりましたが、そのようなことはある筈もございません」

「そう決めつけてはいかん。本当のことかもしれぬではないか」

 作事奉行は、重直が荒唐無稽なことを信じるとは思ってもいなかった。予想外であった。しかし重直は、於武が話していた俵藤太の伝説に符合すると思っていたのだ。

 ムカデと白蛇の争いを肯定され、作事奉行はどうしていいのかわからなかった。

「では、いかがなさいましょう」

「儂に考えがある。儂が墓参する日の早朝に普請を始め、夕方までに作り終えてしまえ。そのために何人掛けようとも構わん。護衛も付けよ」

 1日で橋を架けるなど無謀なことであるが、藩主の命令は絶対であった。作事奉行は腹を切る覚悟で受けるしかなかった。

「かしこまりました。そのように取り計らいます」


 藩主が墓参する日の朝、於武の墓の近くには職人や人夫が千人以上集められていた。

 作事奉行がその者らに檄を飛ばす。

「夕刻までに橋を架け終えねばならん。これは殿の厳命である。皆の者、心して掛かれ」

 オーッという声があちこちで上がり、作業が始まった。

 多数の武装した手練れの侍が周りを警戒する。

 作業は、思いのほか早く進んだ。作業員が多いこともあるが、3回目の橋の建造ということで、作業が淀み無く進んだことが大きかった。

 橋は午後2時過ぎに完成した。作事奉行とその部下が履き物を脱いで橋を渡る。作事奉行の安堵した様子が、問題無くでき上がったことを物語っていた。


 しばらくすると、藩主の行列が訪れ、作事奉行をはじめとする家臣が、橋のたもとで跪いて迎えた。

「できたか?」

 重直が作事奉行に聞いた。

「無事、完成いたしました」

「ご苦労であった。異変はなかったか?」

「ございませんでした」

「そうか」

 と素っ気なく言った重直は、僧侶たちに続いて橋を渡った。

 於武の墓の前で僧侶の読経が流れる中、重直は線香を手向け、矢尻を墓の前の土の中に刺し込むように埋めた。そして、墓の中で眠る於武に語りかけた。

「母上が話しておられた俵藤太の大ムカデ退治の伝説は、本当だったようです。ムカデの魔物を封じていた矢尻が離れたことで、魔物が解き放されたのでしょう。ですから、矢尻はお返しします。お言い付けに背きますが、お許しください」


 その後、ムカデや白蛇は現れなくなった。しかし、奇異な出来事が人々の記憶から消えた訳ではなかった。時折、ムカデと白蛇の大群が夜になると現れるという噂が流れたのである。

 何時しか、於武の墓はムカデ姫の墓と呼ばれるようになった。


<終わり>

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