4.焔の太刀
聖墳墓教会の地下へと降りる階段。いよいよ探求者として、この地下墳墓での闘いが始まろうとしている。
階段を降りるに従い、武者震いがしてきた。頭の中では、冷静なつもりだが、体は正直だ。それも当然だろう、死ぬかもしれいないと云う状況に置かれていることには変わりはないのだから。
太刀を持つ左手の力を抜き、深く深呼吸をした。
遡ること2時間前、俺とナベは《鬼斬商店》にいた。昨夜居酒屋の店長アランに紹介してもらった店だ。
この《鬼斬商店》はベテラン探求者御用達のお店であり、素人には少し敷居が高い。木造やシンプルな石造りの建物が並ぶ中、一際大きな建物が《鬼斬商店》だ。 建物正面には、庇を支える二本の柱があり、神殿のそれかと思うようなその佇まいは、この店に訪れる探求者を選別しているようだった。
通常ならば、初心者の俺がこの店に来ることはないだろう。だが昨夜アランとの会話の中で、俺とナベそれぞれ武道の心得がある事(とは言っても、剣道と空手と言っても通じなかったのだが・・・)、早急にレベルアップしたい(しなければならない)事、そして潤沢な資金がある事(俺だけだが)が共有できた所で、アランが特別に紹介してくれる事になった。どうやら、アランと《鬼斬商店》の店長は幼馴染みで、アランの店にもよく顔を出しているとの事だった。
《鬼斬商店》には、モンスター討伐に必要な武器・防具・道具に至るまで、数多く陳列されており、その品揃えたるや流石はベテラン探求者をターゲットとしているだけあり、量産物から一品物の業物まで実に様々だった。俺は迷わず、刀が陳列された棚へと向かった。
棚には、太刀や刀等日本刀と思しき物が多数並んでおり、何れも切れ味鋭そうな物ばかりであった。陳列棚を一通り見回ったところで、樽に無造作に詰め揉まれた十数本の日本刀が目に止まった。と言うより、その中の一振りにだが。
近くの店員さんに聞くと、昨日探求者から買い取った地下墳墓の発掘品という事だった。発掘品は質が良いものは少なく、殆どは材料として鍛冶屋に売られるか、初心者向けの使い捨て用として他店へ卸しているとの事だった。樽に押し込められたこれらの品物も、値付けされていない事からおそらく粗悪な品物として、纏められているのだろうと説明してくれた。
「樽に入っている、この太刀を売っていただけませんか?」
そう尋ねると、店員は奥からこの売り場の責任者を連れてきた。
「いらっしゃませ、お客様。 私、ムサシと申します。武器の事なら何なりとお聞きください。」
ムサシと名乗った店員は、樽にあった太刀について説明してくれた。
太刀は、地下3階の浅い階層で見つけられた。その太刀の鞘は艶のある朱色を基調としたシンプルなデザインで、よく見ると柄から剣先に向けて細い金色の線が網目の様に描かれた見事な鞘だ。
だが、問題は、中身。
「これをご覧ください」
ムサシが鞘から太刀を抜くと、真っ黒に煤け所々刃毀れした様な波打つ刀身が現れた。
「ここまでボロボロですと、鍛冶屋行きしかありません。立派な鞘から推察するに、そこそこの業物だったに違いないと思うのですが、残念です」
「それください。いくらですか?」
「これを?」
「飾り物としては良いかも知れませんが・・・」ムサシはそう言うと材料として売る予定だった1万ディナールで売ってくれる事となり、その場で支払いを済ませ太刀を受け取った。
太刀を受け取り柄に手をかけたその時、どこからとも無く声が聞こえてきた。
『我が名はイフリート。 火属性最上位の精霊にして爆炎の支配者である。我が主人とならんとする者よ。 我との契約を望むならば、我に汝の力を示せ!』
「ちょっ待っ・・・」
どれ位だろうか。目の前の状況を理解するのに暫く呆然と立ち尽くしてしまった。目の前には炎を纏った精霊が立っており、5Mはある天井も窮屈そうである。
イフリートと名乗った精霊は、翔をじっと見つめ佇んでいる。
これがアランが話してくれた精霊か・・・。一部の探求者がこれを求めて地下墳墓に挑戦するという。幸運にも地下墳墓に行かずに逢えるとは。だがこの精霊は、俺に力を示せと要求している。
「力を示すにはどうすれば良いんですか?」
『なぁに簡単な事だ。 我が憑代のその太刀をもって、我に一太刀浴びせよ。汝が我が主人として相応しければ、我は汝との契約に応じよう・・・。だが、もし我の主人として相応しくないと判断した場合は、その命をもって我を召喚した罪を償うが良い』
いきなり生死の選択を迫られる事になるとは・・・
深く考えるまでもなく、再び太刀の柄に手をかけると、一気に抜いた。すると黒く煤けていたはずの刀身が赤く輝き、刃毀れもみるみる修復されていった。
『良きかな、良きかな。 さぁ我に一太刀浴びせよ!』
「ええい ままよ!」
真剣を振るうのは初めてだ。 だが伊達に長年竹刀と木刀で稽古を積んでいた訳ではない。得物を持って数振りすれば、得物の長さや重心の感覚は掴める。だが、そんな余裕は無い。切っ先を床につけ得物の長さを確認すると、そのまま間合いを詰め左斜め下から逆袈裟斬りでイフリートに一太刀を浴びせた。とは言え、せいぜい下腹部辺りを斬りつけるのが精一杯、そう思った瞬間、太刀筋に煌めく焔の刃が見えかと思うとイフリートを真っ二つに斬り裂いていた。
『見事! 我が名はイフリート、汝を我が憑代《焔の太刀》の所有者として認めん。』
そう言うと、イフリートは炎となり、太刀の中へと消えてしまった。
漸く落ち着きを取り戻したのか、ムサシが声を掛けてきた。
「まさか精霊付きの太刀だったとは・・・私も長年武器を扱ってきましたが、初めてですよ。魔法で細工されてた物はこの店でも扱っていますが、全く気付きませんでした」
やや興奮しているのか、それとも貴重な商品をタダ同然の様なきんがくで手放した事による後悔からなのか、ムサシの声は震えていた。
「いずれにしても、鍛冶屋送りになんてしなくて良かったですよ。貴重な武器がこの世から無くなるところでした。恐らく特定の資質を持つ人でないと反応しないのでしょう。これを持ち込んだ探求者も、私もあのような声を聞くことはなかったのですから・・・」
その後、上機嫌のムサシに先導され、残りの調達物を見て回ることとなった。翔はムサシに勧められるまま動きやすさと耐久性(火属性耐性が必須だそうだ)を考慮し、火蜥蜴の皮で作られた上下の服を新調するとともに、冒険に必要な道具を調達した。
因みに、ナベは手持ちが無かったため、購入をためらっていたが、翔からの勧めもあり、100万ディナールを借りて、装備を整えたのだった。
階段を降り、トンネルを進むとその先は別世界が広がっていた。