3.探求者の心得
宿から出ると、夕焼け空が広がっていた。
通りを歩いていると、炭火で燻された肉のこうばしい香りに誘われ、《大衆居酒屋 おっさん亭》と書かれた看板がかかった店に入った。
店の中は、カウンター席とテーブル席とがあり、既にいくつかのテーブル席は埋まっていた。
取りあえず入口正面のカウンター席へ座ると、店の名前からは想像もしなかった女の子がやってきた。
「いらっしゃい!。 ご注文は、こちらのメニューからお選びください」
笑顔で迎えてくれた女の子は、見た目は成人前のショートがよく似合う体育会系女子といった感じだった。
渡されたメニューに目を通すと、現実世界の居酒屋と何ら変わらない豊富な料理が並んでいた。しかも焼き鳥の種類が半端ない。元々はゲームがベースと聞いていたが、細部は現実世界を参考に造られているのだろう。だが、日本食なのは偶然なのか。(豚バラ串まであるとは・・・)
早速麦酒と焼き鳥を数種類頼むと、店の女の子は厨房の方へと戻っていった。
すると、すぐに女の子が麦酒を二人分もって来てくれた。
「麦酒をお持ちしました! おつまみに枝豆もどうぞ!」
(ここまで再現する必要があるんだろうか・・・)
「では、とりあえず乾杯しましょう!」
「あぁ、乾杯! これからよろしく頼む。」
「で、翔。 情報収集だったな」
そう言って、店内を見回したが、地下墳墓に通ってそうな冒険者風の人物は見当たらなかった。
男女のカップルや、仕事終わりに仲間内と食事をしていると思われる人ばかりだった。
勝手なイメージだが、フルプレート身に纏い、ロングソードを帯剣した冒険者が屯っているものと思っていたが、誰一人としていなかった。
「そんなに焦らなくていいぜ、翔。もうそろそろ地下墳墓で活動している奴らが帰ってくる頃だ」
どうやら彼らは、日暮れと共に街へ戻ってくるらしい。理由は不明だが、日暮れ間際にはダッシュで帰ってくる者も少なくないらしい。
「お客さんは初めての顔だよね? 此処にへは最近来たのかい?」
カウンターの中からそう声をかけて来たのは、この店の店主のアランだった。
俺はこの街へ来て間もない事を伝え、地下墳墓について訪ねてみた。アランは、聖墳墓教会の地下墳墓でモンスター討伐を行なっている者達が探求者と呼ばれている事と、彼らは地下墳墓の最下層を目指している事を教えてくれた。また、最下層を目指す理由を尋ねると、地下墳墓は下層に行けば行くほどモンスターは強くなるが、その分高価なモンスターの素材が入手できるのだという。
また、ごく稀に出没する精霊との遭遇も下層に行くほど遭遇率が高いらしく、探求者によっては、精霊を探すことを目的としている者もいるという。
精霊を探す目的とは・・・
俺とナベが精霊について何も知らないことを察してくれたアランは、料理をしながら精霊について教えてくれた。
精霊は地水火風の四元素に分類される。我々がいる世界(勿論この仮想世界のことだ)は、この四大精霊の力で形成されており、地震・洪水・噴火・竜巻なども全て精霊の気まぐれにより起こっていると言い伝えられている。そう言われるのには理由がある。それは、精霊と出会い加護を授かる事で行使できる精霊の力にある。 それは、精霊の元素に応じた魔法を行使できると言う事。火の精霊であれば火球など火に関係する魔法が使える様になり、伝説では街一つ滅ぼす程の爆炎魔法を行使した者さえいたと云う。
「魔法かぁ・・・ そんなモンもあったんだな。 機会があれば加護を授かりたいもんだな」
ナベは炎に包まれた鉄拳を想像し、僅かに微笑むのだった。
アランが語っている間に注文した焼き鳥がやってきた。既に枝豆をつまみに麦酒を飲み干していた俺は、もう一杯追加をお願いした。ちょうどその時だった。入口のドアが開き、三人の探求者らしい男達が入ってきた。ドアが閉まりかけた時、さらに二名が入り、あれよあれよと言う間に店の中は探求者で一杯になった。
「お客さん、さっきも誰かを探している様だったけど、待ち合わせかい?」
特定の人物を探しているわけではなく、地下墳墓に挑戦するにあたって、モンスター討伐の方法などの知識を学びたいと話すと、アランは「そりゃ 難しいなぁ」と即答されてしまった。
一つは、探求者はチームを組み活動しているため、チーム中では情報は共有されているが、チーム外とは常にライバル関係にあるため、モンスター討伐に関するノウハウの口外は基本しない。
しかし、例外はある。強大なモンスターにはチーム同士の連携もあり、その場合は情報を互いに共有し共闘する事になるからだ。
そう説明したあと、俺達の顔から落胆の表情が見えたのか、アランは続けて質問してきた。
「ところで、どんな情報が知りたいんだ?」
俺達はそもそもモンスター討伐の初心者である事。そして武器や防具と言った装備も持たず、知識もない為、ここへ探求者を探しに来たことを伝えた。
「あんたら、ど素人かい!」
アランは驚きと呆れた表情を向けた後、仕方ねーなぁと言わんばかりにこう続けた。
「その程度のことだったら、私の知ってる範囲でお答えしやしょう。 未来の常連さんに死なれちゃ困りますんでね」
俺とナベっは麦酒はほどほどに、遅くまでアランから探求者の心得を教わった。