0.プロローグ
『つまらぬ!』
『なぁに もうしばらくの辛抱だ。 すぐに楽しい世界がはじまるではないか』
そう会話する声は、30代前半の男性のそれか。
その者達がいる部屋は、西洋の城その一室の様な、天井が高く大理石でできた壁と柱で囲まれており、豪華な装飾が施されている。
部屋の中央には、球体の水晶の様な物体が浮いており、そこにいる者達は、その水晶に映し出された日本の長閑な風景を眺めている。
だが、ここは地上ではない。
つまり、会話している者達も人間ではない。
『7万年前 人間の亜種を創造してからというもの、人間同士の争いは絶えることが無かった。争うたびに新 しい道具を造り、実に我々を愉しませてくれたものだ。それがどうだ、多くの人間は平和を求め、戦うことを避けておる。演者が演じる事を止めようとしていると云うようなものだ』
『だからこそ、我らが再び舞台を用意するのではないか。最高の舞台を』
『不要な演者に退場を願おう。その最期まで我々は愉しませてもらおうではないか。』
その言葉を最後に、2つの影はその場から消えてしまった。
そして、彼らを快く思わない者達も同じく、別の場所で球体の水晶を眺めていた。
『どうやら、人間同士の争いに終止符が打たれた様じゃな』
『そのようですね。長老も人間同士の争いにはヤキモキしていましたものね。』
長老と呼ばれた者は、白髪を頭頂部で纏め、同じく白く長い(床につきそうな位だ)髭がいかにも長老といった感じだ。だが、長老と呼ばれているものの、他の者との立場的な差は感じられない。おそらく見た目でそう呼ばれているだけなのだろう。
そして長老と言葉を交わした相手は、腰まである金髪が女神を思わせるが、まだ幼さの残る顔が10代の女の子であるようだ。だが、それも見た目だけなのであろうことは、会話から推察できる。
また、両者とも白い法衣を羽織っており、縁に施された金糸の紋様がさらに神々しさを感じさせた。
『全くじゃ。人間同士の争いなど、何も生みはせん。 せっかく生まれた文化・芸術が消えていくだけじゃ』
『長老が一番気にしているのは、人間が造るゲームじゃないのかなぁ。新作が出る度に・・・』
そう言葉を続けようとしたところで、不意に男が現れた。同じく白い法衣を纏った大柄な男が。
『彼奴らの企みが判ったぞ』
言葉を発しながら、二人の元へ近づき、水晶に手をかざした。水晶は、一度地球儀になったかと思うと、すぐにアフリカ大陸チャドにある死火山の火口を拡大したのであった。
『これがなんだか判るか?』
大柄な男が聞いてくる。
火口には巨大な六角柱の水晶があり、その水晶の中には何かが居るように見えた。
『なんじゃ。 水晶の中に人が居る様にも見えるんじゃが・・・』
『長老! あれ、ツノじゃない? まるで、悪魔みたい!』
それを確認すると、大柄な男は説明するように行った。
『彼奴らは、地球に新たな種を創ろうとしている。恐らく、新たな混沌が目的であろう』
そして、その種が目覚めるまでそう時間がかからないことを告げた。
『いつからじゃ。気づかなんだぞ』
『そう昔のことではないと思う。おそらくここ数十年のことだろう。』
『では尚更、そんなに短期間に種が創れるのじゃ。人でさえも新たな種を創るのに100万年単位で掛かったと云うに』
現在の人類の種を誕生させるために数千万年の年月を要した。しかし、創るだけであればそこまで長い時間はかからなかったと云うことであろうか。
『時間がかかった1番の原因は、長老のこだわりじゃない。特に二足立ちをさようって決めた後、立ち姿が気に入らないと言って何度も何度も試行錯誤したせいでしょ? おまけに、顔が気に入らないと言って何度も創り直しするし』
『せっかく創るのに、ブサイクになんか創りたくないじゃろぅ』
そう言って、開き直るかの様に言い切った長老。
『それにしてもじゃ、数十年やそこらで種の創造などできるもんではないはずじゃ』
そういうと、大柄な男へと目を向け、さらに知っている事を話すよう促す。
『その点についてだが、どうやら人間をベースに新種ではな種の改良を行ったようなのだ』
『と言うことは、長老の言った通りあれは人間なの?』
『否、そうではないと思う。人間をベースとしているだけで、悪魔と呼ぶ方が正しいと思う。おそらく人間が創り上げた悪魔のイメージを元に創り変えているのだろう。人間に恐れを抱かせるために』
『なるほどな。人間の創造した悪魔像を元にするなど、創造神として恥ずかしくないのかのぉ』
『長老より効率的でいいと思うけど。それに創造した人間が創造した悪魔なら同じじゃない?』
そんなやり取りを遮るように、大柄な男が問題はそこではなく、近いうちに人間と悪魔での戦いが起こるであろう事。そして、十中八九悪魔が勝利し人間は滅んでしまうであろうと言う事を伝えた。
『それはないじゃろう』
数十年という僅かな期間でできるのは、せいぜい見た目や細胞組織の改変といった程度だろうと長老は経験から推察した。そして、その程度であれば人間の持つ科学技術と人海戦術で乗り切れるとの考えに至った。
確かにそうだと頷きながら、大柄な男は言葉を続けた。
『地球上で行われているのは、恐らくその程度であろう。だが彼奴らはあれを使い効率良く悪魔を生産しようとしているようだ』
あれとは。
長老達は人間達が造ったゲームが好きだった。その世界感や、その中で神と呼ばれる者達が崇められ、その神から与えられた力によって人間が悪を倒すというストーリーが堪らなく好きだった。
そこで地球とは別に仮想世界を創りあげ、ゲームの世界を丸ごと再現してしまっていたのだった。
その世界を構成する水・鉱物・植物等は地球をはじめとした星々から少しずつ集めて来た。
人・動物・モンスターといった生き物については見た目は本物だが、実際には長老達による急拵えのキャラクターでしかない。つまり細胞レベルでの活動は行われていないという事だ。
何より、長老たちが特に拘ったのが自然現象の再現だ。人間の成長に従いこれを自由に使いこなす術をあたえる。そうしてゲームに関わっていくことが楽しみだった。
『あれを使うとはどういうことじゃ』
『我々が創った仮想世界のキャラクターなんですよ、あれ。私が創ったんです』
『そうじゃったのか』
男が仮想世界に創ったモンスターが何体か行方不明になっている事。長老達が創ったモンスターも被害にあっている可能性がある事。最後に、モンスターが持つ思考や能力がそのままコピーされるであろうことが語られた。
そして、長老はしばらく考え込むと、仕方ないとばかりに呟いた。
『戦いは避けられぬか。せめて人間の滅亡は防がぬとな』
世界感をお伝えするだけのつもりだったのですが、予想以上に長くなってしまいました><