第二話 美少女との出会い
村に向かって崖沿いを歩いていると、不意に人らしき声が崖の上から聞こえてきていた。
「誰かぁ~! 誰か、いませんかぁ~! 殺されそうなので助けてください~!」
助けてという割に、妙にゆったりとした若い女性の声がした。
助けてと言われて助けないほど非人間的な奴ではないつもりだ。武器もあるし、この辺りの魔物ならどうせ小鬼だろう。俺がやられることはないはずだ。
すぐに土ブロックを崖にくっつけて階段を作り、一気に崖上まで登っていく。
声の主は黒い大きな帽子と、黒服をまとった若い女性だった。
金色のウェーブがかった髪が、少女らしい幼さを残す顔とのアンバランスさを際立たせて、不思議な魅力を感じさせる女性だった。
身長が余り無かったので幼い少女かと思ったが、黒服の胸の部分を押し上げている塊の大きさは、大人の女性に匹敵、いやそれ以上の隆起を見せていた。
救出イベント!? いや、こんな序盤に救出イベントなんてあったか? 突発的に発生するイベントだろうか?
急に発生した救出イベントに、どう対応しようか逡巡していると、金髪の少女が序盤の敵である小鬼に取り囲まれていた。
小鬼は大量に発生する雑魚魔物で強さで言えば、LV1でも余裕で倒せる魔物だ。
少女がこちらの存在に気付いて縋るような目で助けを求めてくる。
「そこのお兄さん~! 頼みます! 助けてくれませんか~! うちは小鬼達に殺されそうなんです!!」
可憐すぎる少女に、縋るような眼でこちらを見られてしまえば、見殺しにするわけにもいかずに【石の剣】に持ち替えて、少女の周りを囲んでいた小鬼達を攻撃していく。
ズバッ、ズバッ、ズバンッ!
我ながら見事な剣さばきで小鬼達を退治すると、倒された小鬼から【ゴブリンの骨】と【魔結晶の欠片】がドロップしていた。
この二つの素材があれば、序盤で重宝する簡易トラップである【落とし穴】が製造でき、【魔結晶】があれば、自立行動ができるゴーレムを製造できるようになるのだ。
ドロップ品にニマニマしている俺を見た少女は、あまりに手早く魔物を仕留めたので、呆気に取られた顔でこちらを見ている。
>【ゴブリンの骨】を入手しました。
>【魔結晶の欠片】を入手しました。
ドロップしたアイテムをインベントリにしまい込みつつ、少女に話しかける。
「君、大丈夫?」
「助かりましたわ~。うち、村の人たちに外に村の外に出たらいけないよって言われてたけど、村の人たちがひもじい思いしてるから、野草やキノコ探そうと思ってて……。ありがとう。本当にありがとうございます。ところで、お兄さんの名前は?」
妙にゆっくりとした語調の喋り方をすると思ったが、洋風な出で立ちの少女が使う言葉は不思議な魅力に溢れていた。
「創、村上創だよ。君の名前は?」
「う、うちはルシア・カバーサと申します。本当にありがとうございます~。レッツェンに住んでいたんですけど、おばあさんが亡くなってからは、この先の村でご厄介になってます~。お礼とかできないですけど、近くなんで休憩していってください」
ルシアと名乗った少女は、目的地の村に住む住民のようで、頭に被っていた黒い帽子を取り、頭を下げてお礼をしていた。
お礼をする彼女の頭にはモフモフのきつね色の毛に覆われ、尖り気味の三角の耳。通称、狐耳がピンと立って生えていたのだ。
自分が望んでいた異世界に転生したしたことで、気持ちが浮ついていたこともあり、つい魔が差して一生懸命にお礼をいうルシアの狐耳を無断で揉んでしまった。
至極の感触……毛のモフモフと程よい反発力……ああ、いかんな。これはいい物だ。
「あっ、そんなことはダメです。堪忍して、それだけは堪忍してください~! あふぅ、そんなに激しく揉まれたら。あぁ、あぅん」
助けた少女に襲いかかるのは、道徳的に許されることではない。
だが、あまりにも狐耳の感触は素晴らしすぎて、もう少しだけ悶えさせたくもあった。
しかし、これ以上は自分が犯罪者になったような気がするので、ルシアの耳から手を放した。
「すまない。つい魔が差した。深い意図はないんだ。気を悪くしたら申し訳なかった」
少しだけ上気して顔を赤らめていたルシアが、翡翠色の美しい眼をパッチリと開き、上目遣いで呟いてくる。
「助けてくれたお兄さんなら、もうすこしだけ、触らせてあげても良かったんだけど……でも、妖狐族の女性の耳は勝手に触っちゃダメですよ~。うちは独身だからいいんだけど……」
可愛いなぁ。こんな子に毎朝『お兄さん、朝ですよ~。起きてください~』とか起こされたら、天国だな。
転生前は、いつもスマホのアラームだけだったからなぁ。せっかく、異世界に転生したんだから、こんな可愛い子に起こしてもらいたい。
異世界で出会った最初の住人が、超絶にカワイイ狐娘だったことで、興奮を抑え切れない自分がいた。
『クリエイト・ワールド』でも住民キャラこそいたものの、世界構築に処理パワーを取られていて、登場人物の3Dモデリングは最小限に抑えられていたのだ。
だが、この世界ではルシアのように見目麗しい美少女が住んでいると分かると、あの胡散臭い女神には感謝の祈りを捧げても良かった。
目的地の村の住民だというルシアに一目でハートを鷲掴みされた俺は、転生したことを心の底から感謝していた。
どうせ、あっちは彼女もいなかったし、家族とも疎遠だったからな。ルシアとは良好な関係を築いて、転生生活を更に充実した日々にしていきたいぜ。
ピンと立っていた狐耳を伏せて、ルシアが不安そうな顔でこちらを見ている。
「お兄さん? 聞いてます? うちの話聞いてます? お礼はできないけど、泊まる場所の提供くらいはさせてくれますか~」
あらぬ妄想をしていた俺の目の前に、急にルシアの綺麗な瞳が飛び込んできた。
その眼に覗き込まれ、瞳に映った自分を見た時にふと我に返った。
「ひゃいっ!! けして、やましい事は考えてませんっ!! ルシアさんの狐耳は素敵ですっ!! 以上、終わりっ!!」
妄想に耽っていたところ、ルシアに覗き込まれて呼びかけられて焦ったため、しどろもどろな回答をしていた。
クゥウウウ~~。
一瞬の静寂が訪れて、誰かの腹の虫が鳴った。
自分の腹が鳴った感覚は無かったので、鳴ったのはルシアのお腹だと思われる。
「ああぁ、恥ずかしい。お兄さんにお腹の音を聞かれてしまった~。うち、恥ずかしいわ~」
「ル、ルシアさん。このモモノ実でよければ差し上げますよ。村の方の食料も困っているなら、俺が調達しますよ」
お腹が空いているらしいルシアの目の前に、手持ちのモモノ実を差し出す。
クゥキュルルル~。
俺が差し出したモモノ実を凝視していたルシアの腹が再び鳴った。
「お兄さん、堪忍、堪忍してください。うち、この三日間は、ほとんど何も食べてないんです~」
ルシアが差し出されたモモノ実を受け取ると、もの凄い勢いで食べ始めていた。
「あぁ、美味しい。モモノ実がこんなに美味しいものとは思わなかったわ。料理人のおばあさんが言っていたけど、『空腹が最高の調味料』って本当だったんだ……。それにしてもお兄さん。うちが食べているところ、そんなに見つめられたら恥ずかしいわ~」
相当お腹が空いていたようで、一気にモモノ実を平らげたルシアが、口に付いた果肉を指で取って大事そうに口に運んでいた。
「食材は多分この近くにあると思うから、村に行く前に採取していこう。場所は大体知っているからさ」
「お兄さん……凄いですね。うちは三日間探しても見つからなかったのに」
「ここまで来るまでの間に見つけたんだ。村の人達の分も取っていこう」
「本当!? それは助かります……村の人、みんながひもじい思いをしているので、助けてもらえるとありがたいです」
俺が目的地としている村は再序盤で訪れる村で、人里離れた僻地にあるため、食料の自給自足ができず、商人も訪れない本当に寂れ果てた辺境の寒村であることを知っている。
確かに再序盤は食料確保に苦労したもんな。けど、やり込んだゲーム知識さえあれば、あの村でも大都市に発展させられるはずだ。
美少女もいると分かったことだし、更にやる気が盛り上がってきたぜ。
ゲットアイテム
【ゴブリンの骨】【魔結晶の欠片】