1 神の御加護と
処女作です。楽しんでもらえたら幸いです
「アル、起きろ」
「......イヤ。まだ日も昇ってない......」
アルと呼ばれた少女、アルテミシアは再び毛布を被り、二度寝を開始しようと試みるが、黒髪の少年がそれを許さない
「バカ。今日は成人式だろうが」
今日は元日。この世界では年の初めに成人式を行う風習がある。式といっても個人で教会へ行き、簡単な祝辞を述べてもらうだけだが、彼らは朝から仕事があるので、日が昇る前に式を済ませる予定なのである
それを聞いて少女は渋々といった様子で布団から這い出る
「うぅ......」
少女はゾンビの様な唸り声を出しながら立ち上がるが、まだ体が重いようで、ふらついている
「ほら、寝惚けてないで早くメシ食いに行くぞ。せっかくユダが作ってくれたスープが冷めちまう」
「......善処する...けどもうちょっと......」
まだ完全に頭が働いていない少女の言葉に、少年がため息を吐きながら応える
「仕方ねぇな......本当にちょっとだけだぞ?」
そう言った少年は、とても優しい表情をしていた......
★
「「「ごちそうさまでした」」」
三人揃って食事を終え、食器を片付け終えると、茶髪の少年が口を開く
「まったく、結局アルのせいでせっかく僕が作ってあげたご飯が冷めちゃったじゃないか」
少年、ユダが腰に手を当てて、いかにも怒ってます。というポーズを作り少女を責める
声色から判断して本気で怒っていないのは明らかであったが、アルは素直に謝る
「ごめん......」
「転移魔法陣に概念を付与するバイトの手伝いをしてくれたら許してあげよう」
最初からそれが目的だったのだろう。怒りの表情は既に引っ込んでいる
「うん。手伝う」
「ありがとね。僕以外だとこの仕事はアルにしか出来ないから助かるよ」
話が終わると、黒髪の少年、エンデュミオンが部屋から現れた
「話は終わったか?なら行くぞ。忘れ物はないな?」
ーーーー何故か2mを越える鞄を背負って
「......エンデ?落ち着いて。そんな巨大なリュックは必要ないハズよ?」
「そもそも荷物って何か必要あった?」
「......よく考えたらそうだな。昨日の俺は何を考えていたんだ......?」
顎に手を当て思考に没頭し始めたエンデを見てため息を吐き、ユダが舵を取る
「まぁ、昨日のエンデの奇行は置といて、早く行くよ~?」
★
三人が出発した後、孤児院の一室では二人の老人が話していた
「......今年であの三人も15歳か。慣れないねぇ、子が親離れしていく寂しさは」
「そんなこと言ってると老けるぞ?エリザ婆」
「そう言うアンタは縮んだんじゃないか?ルー爺」
「気のせいじゃよ」
「ハッ、どうだか」
軽口を言い合い、しかし二人に険悪な雰囲気はない
「......さて、あの三人はどんな加護を貰うんだろうねぇ?」
「......三人共才能の塊じゃ。きっと神様も気に入って強い加護をくれるとも」
成人式では神と魔属の友好の証である加護を、魔属が貰う儀式が行われる
魔属とは魔力を持つ全ての生命の総称のことであり、そこには人間も含まれる
「そうだといいねぇ......」
「あぁ。そうに決まっている......」
そう呟く二人は先程のエンデを彷彿とさせる、優しい笑顔を浮かべていた......
★
しばらく歩き、三人は厳かな雰囲気を放つ、白亜の教会の前に立っていた
「よし、着いたな。誰から入る?」
「エンデ、まだ緊張してるの?」
「んじゃ僕から行かせて貰うよ」
ユダが扉を開くと、礼拝堂に司祭が居た
「おはようございます。あなた方は加護を授かりに来たのですね?」
「「「はい」」」
「ではこちらへどうぞ」
司祭は三人を儀式場まで案内し、問い掛ける
「ではどなたから始めますか?」
その質問に、ユダが一歩進んで応える
「分かりました」
そう言うと、司祭の雰囲気が変わる
『この者に神の御加護が在らんことを』
「話には聞いていたけど、本当にあっさりしてるな......」
ユダが拍子抜けしたとでも言いたげにそんなことを言う
「ユダ、何か変わった感覚ある?」
ユダは体に意識を集中させ、応える
「んー............無い」
「フフ、そういうものですよ」
司祭は微笑ましい、と破顔する
「では、次はどちらでしょうか?」
「俺で良いか?アル」
「うん」
「では、『この者に神の御加護が在らんことを』」
エンデが目を開けると、世界が違って見えていた
「ん......?俺のは分かりやすいタイプみたいだな。おそらく[千里眼]だと思う」
[千里眼]は単純に視力を上げるだけでなく、鍛えれば過去視や未来視、透視も可能とする加護だ
ーーちなみに温泉には結界が張られており、透視は出来ない仕組みになっている
「うんうん。良い引きだね」
「良かったね」
「あぁ、ありがとう」
二人は笑顔で祝福し、エンデが礼を言ったところでアルが司祭に視線を向ける
「最後は私ね」
「はい。『この者に神の御加護が在らんことを』」
司祭の祝詞でアルに加護が宿り、即座に加護が発動する。しかし
「ん?......あれ?今一瞬発動したと思ったんだけど......気のせい?」
アルは一瞬現れすぐに消えた感覚に首をかしげる
「俺は分からなかったな」
「ごめん。僕も」
「じゃあ気のせいね」
発動していたのは一瞬だったため、アルは勘違いと納得する
そして、会話が終わったところで司祭が話しかける
「お疲れさまでした。儀式は終わりましたが、この後は教会を自由に見てもらって結構ですよ」
「ありがとうございます。ですが僕達はこれから仕事がありますので」
ユダがやんわりと提案を辞退し、扉へ向かった三人へ司祭が言う
「そうですか。また何かあれば教会を頼って下さい」
「はい。ありがとうございました」
挨拶を終え、三人は家へ向かった
★
三人が帰路を歩いているとき、神界では緊急会議が開かれ、緊張した空気が漂っていた
「アイズ、《レーヴァテイン》が見つかったというのは本当か?」
《レーヴァテイン》という単語が出た途端、ざわめきが広がり、一柱の神がそれを諌める
「『静粛に』アイズが話せんだろう」
一言で回りの口を閉じさせた神、〈最高神〉ガイアは、視線でアイズに、説明をするよう促す
「はい。先程、魔界のミハルという村で成人式が行われ、その参加者の一人に私が加護を与えました。参加者が少なかったので、最後まで様子を視ようとしていたのですが......」
「[千里眼]が消された。ということか?」
「はい」
先程アルが感知したのは、《レーヴァテイン》がアイズの[千里眼]を無効化する瞬間だった
そして数柱の神が議論を始める
「成る程、加護として魔属に宿りましたか......これは好機では?」
最初に口を開いたのは〈知神〉ソロモン
そして〈戦神〉アルトが発言に食い付く
「どういうことだ?」
「《レーヴァテイン》を身に宿した少女を殺せば、我等の天敵を破壊できる可能性が高いということですよ」
「なんだと!?そんなことをしてアレが暴走したらどうするつもりだ!?」
回りの神々は〈戦神〉の発言に呆れた顔をしているが、〈戦神〉は気にしていない様子。そしてソロモンが説明をする
「その可能性は低いです。アレは既に少女を自己と認識しています。そうでなければ、彼女は加護を受けた時点で消滅しています」
「そうか!ならば良い!流石〈知神〉だな!!」
その説明で納得し、アルトは豪快に笑う
「フフ、お褒め頂き光栄ですよ」
ソロモンはその反応に好意的だが、大抵の神はアルトを厄介者扱いしていた
それはガイアも例外ではない
「......一々声が大きいぞ。それにその程度のことを理解出来ない神は貴様だけだぞ?アルト」
そのためガイアはアルトと話すときだけ口が少し悪くなる
「ガハハ!スマンな〈最高神〉!ワシは戦争しか能がないもんでな!!」
声が大きいと言われた直後でも全く声量を落とす気配が無いアルトに呆れながらも、ガイアは会議を進める
「言われずとも解っている......そんなことより、殺すのなら方法はどうする?」
「ワシが行く!!」
「却下だ......貴様は自分が〈十二神〉の一柱だということを忘れたか?」
〈十二神〉とは世界のルールを定める権限を持った十二柱の神の総称である
世界のルールに逆らった者は加護を剥奪され、代わりに呪いを受ける
例として、〈戦神〉は〔捕虜虐待の禁止〕等のルールを定めている
つまり、もしアルトが負けたら、戦争の秩序が崩壊するということだ
「ガハハ!冗談!ワシが小娘に負けると言いたいのか?ガイアよ!!」
「違う。貴様は戦いを楽しみ過ぎる。貴様、少女を瞬殺出来るのに、遊んで力を引き出してから殺す気だろう。それこそ暴走のリスクが出る」
「ムゥ、そうか。残念だ」
余程残念なのだろう。アルトが初めて声量を下げた
「では、ヴォルグを向かわせてはどうです?彼はミハルに最も近い神です。そしてなにより慢心しない」
「そうだな。奴なら適任だろう」
こうして神々の会議は終了し、魔属の少年達の逃避行が始まることが確定した
その逃げ道の先に何が待つのかは、まだ誰にも分からない......
第1話 神の御加護と神の殺意