第一話 未知との遭遇
自分の人生思い通りにしたいことなんて山ほどある。
例えば好きな娘と付き合いたいとか、なにもしなくても頭がよくなるとか、学校がかったるいのをどうにかしてほしいとか。
でも大半の人間は自分の本音を圧し殺して妥協した人生を送っている。
だが今日という日に俺は手にいれてしまった。
あの伝説の接吻友人帳に。
これで俺の人生は思い通りだ。この友人帳さえあれば俺は順風満帆な人生が送れる。その時おれはそう信じていた。
遡ること一時間前。
帰宅部の俺は近所の土手で昼寝をしていた。
部活はもちろんしていない。勉強も中の下。
俺は努力することが嫌いだった。
母親がため息をつくわけだ。
それでも俺は惰眠をむさぼる。それが唯一の趣味のようなものだ。
漫画やラノベも読むが嗜む程度でのめり込みはしない。基本的に好きのベクトルがかなりニュートラルな男なのだ。
「おいそこの小僧」
ん?誰だ。俺に話しかけてくる奇特なやつは。
俺は無視した。
「聞いているのか」
声は高めのきれいなソプラノボイス。これで美少女だったら手放しで喜べるんだがな。
俺の目の前にいたのは小さな子供のタヌキだった。
「うるさいなあ」
「うるさいとはなんだ」
血走った目で見つめられるとなんとも居心地が悪い。
「おい探したぞ。お主に頼みがある」
「面倒事は勘弁してくれ」
なるべく平和な人生を歩みたいんだがとぼやく。
「お主にとっても悪い話ではない」
「ふーん」
悪い話ではないイコール良い話とも限らない。俺は慎重に答えることにした。
「じゃあどんな話だ」
「おおようやく食いついてきたな」
タヌキは嬉しそうに尻尾を振った。まるで犬だなと思ったがあえて深くは突っ込まないことにした。
「お主に渡したいものがある」
「どんな?」
曰く付きのものを手渡されたのならごめん被る。
「友人帳だ」
それは聞いたことのあるものだった。なんでも妖怪を使役し操るちからを持つ存在らしい。俺も深くは知らないけど。
「この友人帳のすごいところを知ってるか」
「ああ。どうせ妖怪が操れるとかそういうもんだろ」
「ええい。このオタクかぶれめ。この友人帳はただの友人帳ではない」
「ふーん」
自慢されるとなんとなくいらっとするのはなぜだろう。俺の心が狭いからなのか。
「人間同士にも使える友人帳なのだ」
それってただのプロフィール帳とかと変わらなくねと思ったが。
「使い方は簡単。使役したい相手の体液を摂取して名前を友人帳に書くだけ」
それだけで自分の思い通りにできるらしい。
「でも体液を摂取って」
相手の血を飲みたいとかそういう次元の話だったら勘弁。
俺に倒錯した趣味はない。
「なにもっと簡単な方法がある」
タヌキは胸を張って答える。お互い噛み合っていないというか頭の悪さが同程度なので話がまどろっこしい。
「接吻すればいいのだ」
「ふーん」
ほうほう接吻すれば良いのか。というか接吻ってなんだ。仕方がないのでタヌキに質問する。
「接吻ってなんだ?」
「男女の口と口をあわせて中で唾液を混ぜることだ」
後半は意味がちょっと違うんじゃないかと思ったが反論するのもかったるい。
「おいもっと有り難がらんか」
「口と口って」
つまりはキスするってことだろ。
「うーんやっぱり無理かも」
「どうしてそんな殺生なことを言うっ」
タヌキは目を潤ませてこちらを見上げる。
「私が母からこの友人帳を譲り受けて十三代目になる。代々これには持ち主がいたのだがその持ち主も老衰でなくなってな。頼りになる人間はお主だけだ」
がしっと腕を捕まれると逃げようがない。
「お願いだ。私に協力してくれ」
「うーん」
これって断ると祟られるとかそんなこと起きないよね?
「ちなみに聞くけど俺はこれを使ってどうすればいいの」
「はっ。その気になってくれたか」
タヌキは感激して二本足で立っていた。まるでレッサーパンダの風太くんだな。
「お主には世界の覇者になってもらう」
あの覇者ってどういう意味?
「もしかして覇者の意味がわからないとか考えているのか」
俺は素直に首肯する。
「うん」
参ったなとタヌキは頭を抱えた。
「まあバカなのは我慢するとしてこれで友人帳の持ち主になってくれたらそれだけで良しとするか」
しばし考えた後そう結論付けた。
「おい小僧。これを受けとれ」
タヌキは大事そうに御朱印帳みたいなものを手渡した。
「これが友人帳だ。大事にするのだぞ」
「おおわかった」
俺は友人帳を受けとるとパラパラとそれを開く。
「げっ」
御朱印帳みたいに開くと一枚の紙がびよーんと伸びたような形になっていた。
「一度開くと結構めんどくさいな」
「そこは慣れと言うものだ」
習うより慣れろってことなのか。俺にはちんぷんかんぷんだった。
「まずは人相手に使ってみろ」
「妖怪じゃダメなの?」
素朴な疑問にタヌキが答えてくれる。
「妖怪を使役するのは霊力が増えてからだ」
その前は人間相手に練習しろと言われた。
「はいはい了解しました」
それにしても相手は誰が良いかな。俺は胸を弾ませていたのだった。