1-2 新しい我が家
孤児院を出てすぐに、アイテムボックスから箒を引っ張り出す。いかにも魔女が跨りそうなデザインの奴を。
次の瞬間、彼女は大空の住人になっていた。魔女っ子帽子は被っていない。箒には乗りたがるが、ああいうのは恥ずかしいらしい。風魔法で防いでいるので、飛行帽もゴーグルも不要。
女子高生が原付に乗りたがるような感覚だろうか。本人は年齢的にはまだぎりぎり小学生だが。箒に免許はいらなそうだ。
ちなみに、この世界の人は箒に乗って飛んだりしない。
ヒュオーンと箒をかっ飛ばし、王都の空を飛ぶ。この国はトュリオン王国。この大陸きっての大国だ。最も豊かでもっとも歴史の古い国。町並みも古さの中にもモダンさが垣間見える。赤レンガや高級な石材、ヨーロッパのように耐久性のある建築物が好まれるようだ。
空から見ると、ヨーロッパの規制をかけて景観を守っている国の町並みのように、美しい。リオンはこの光景が大好きだ。歩いていっても良かったが、この風景を見るためだけに彼女は飛ぶのだ。
街の広場へ飛び、すっと下へ降りた。珍しげに見る人もいたが、大概の人は箒の主を見て、すぐに視線をはずした。見慣れた光景らしい。
いつのまにか箒もアイテムボックスの中に仕舞って、歩き出していた。目指すのは知り合いの宿。彼女はしっかり者なので、ちゃんと孤児院を出て暮らす場所は用意してあった。
どこか家を借りて、一人暮らしも悪くはないが、色々問題がある。
まずは何かあった時。怪我や病気、困りごと。何しろまだ子供だ。その点ここの宿屋一家は付き合いが長い。
纏まったお金とか出来ると、ご飯食べに来たり。採集したりした物を買い取ってもらったり。もう5年越しの付き合いになる。そこの娘も似たような年頃で仲もいい。今回の話も打診したら、2つ返事で了承してくれた。
お金もしっかり貯めてあるし、何より彼女には魔法という大きな武器もある。そして、何より大人顔負けの思慮深さ。頑張って生きていける自信はある。
「冒険者の家」と書かれた、建物が見えてきた。立派な建物ではない。だが、建てた人の心根が伝わってくるような暖かな印象を受ける、2階建ての石と赤レンガの少し古びた建物。子供の頃から見慣れた風景には、安心感がある。
宿の看板が見えてきて、リオンもホッとする。
「こんにちは~。来たよー」
宿の木で出来た、古びた扉を潜ると、子供らしく元気な挨拶をした。
「やあ、リオンちゃん、来たね。今日から、ここが君の我が家だ」
出迎えてくれたのは、宿の主人のロバートおじさんだ。優しそうなヒゲのおじさんだけど、こう見えて昔はCランクの冒険者さんだった。
ブラウンの髪は上品に撫で躾けているわけではないが、下品な感じは全くせずに、むしろそれが自然といった感じがする。むしろ、それが親しみが湧くというようなイメージだ。青い瞳は、今の季節を顕すように、日差しのような温かな光を湛えている。
現役時代も面倒見がよかったらしいけど、今でも宿屋の主人として彼らの面倒を見ている。中堅処のパーティのリーダーあたりは、皆おじさんの事を「おやっさん」と呼んで慕っている。世話になった事がない奴はいないらしい。
おかげで小さい頃からここに出入りして、おじさんが可愛がってくれるリオンの事も彼らは目をかけてくれている。リオンが快活で愛想もいい、可愛い子だったせいもある。
「あらあら。よく来たわねー。これからは、こんにちはじゃなくて、ただいまになるわねえ」
ロバートおじさんの奥さんのマーサおばさんが顔を出してくれた。子供の頃から可愛がってくれる、数少ない大人の女性だ。リオンはこの人の事が大好きだった。
娘とお揃いのキレイな銀髪。いつも笑っていて、孤児院生活で辛い事があっても、この笑顔を思い出せば、元気が出た。
「今日から宜しくお願いします」
と、頭を下げた。
「あー、リオン。よく来たねー」
宿の看板娘、悪友バネッサが顔を出した。同い年で、元々はこの子が色々紹介してくれていたのだ。リオンとはタイプは違うが、なかなかの美少女だ。少し吊り目な感じの青い瞳。口紅は無くてもよさそうなほどの、やや赤みの濃い唇。ペロっと可愛い舌で唇を舐める。パッと見に少し子悪魔風味な感じに見受けられる。
親父さんが有名人な事もあって、悪ガキさ加減も目立った。魔法を使うリオンと組んでいたので、王都の中心部の人では知らない人はいないであろう。
今では立派な看板娘だが。なかなかに可愛い。いや相当の美少女だ。お母さん譲りの銀髪が目を引く。
リオンと並んで歩けば、金銀セットで可愛さ倍増、大人でも振り向く。ただし、いらんちょっかいをかければ痛い目に合うのは必至だが。
早速部屋を用意してもらった。といっても、初めから部屋は決まっていて、昨日から人は入れていない。もう住人は決まっているのだから。
バネッサが案内してくれて、部屋へ。
木の板がむき出しというか、木造の壁。冒険者の宿なので、たいした調度はない。色気の無い木の粗末な箪笥があるだけだ。思惑があって、一番広い部屋をお願いしていた。どうせ、他の冒険者の人は基本寝るだけだ。
観音開きの窓を開けると、見晴らしがよく、大通りを行く人達が見える。行きかう様々な馬車。様々な人種の人達。ここでいう人種とはアメリカ人とかイタリア人とかいう、あの人種ではない。
人族・色々な獣人・エルフ・ドワーフ・その他のファンタジー世界の住人だ。もちろん人族の中にも、色んな人種があるわけだが、この世界であまり気にする人はいない。
使役される魔物も通る。空を見上げると、飛竜が上を飛んでいく。王都のドラゴンライダーの人だろう。何か特別任務なのか、単に帰ってきただけとかなのか傍目にはわからない。
その先には小高い場所に、美しい王城が聳え立っていた。この国は宮殿ではなく、王城のスタイルをとっている。
別に戦乱が世界を覆っているとかいうわけではなく、昔ながらのものを、そのまま大事に使っているのである。単に見栄えがいいからという理由であるとシスターから聞いた事がある。
とても美しいデザインで、地球で言うと、世界遺産的なレベルか?
外国から来た人が一番に見たがる、観光ポイントでもある。
その代わり、公爵様の離宮などが、他国の宮殿のような役割を果たしており、国民や他国からの富裕な観光客とかにも開放されている。この国は平和だ。
作者の1作目です。よろしかったら、どうぞ。
「おっさんがオートキャンプしてたら、何故か異世界でキャンプする羽目になった」
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