2-7 膝抱えて
別に気にしてないつもりだった。最初から怪しいのは承知の上の出品で、たいした物は出してないのだ。他の職人さんのように、これを取られてしまったらと頭を抱えるような状況には陥ってない。
なんか、心にぽっかりと穴が開いたような空虚な感じ、喪失感がある。自分の作品を奪われるというのが、こんなにも心にダメージを与えられるものなのか。これが地球ならば、知的財産を保護する明確な法律がある。国際的な対応だって、取れないことはない。届くかどうかは別として、アクションは取れるのである。
ここには無い。何も無い。自分の味方をしてくれる者は誰もいないのだ。せいぜいベネットさんくらいのものだが、彼ら商業ギルドだって被害者なのだ。おわらわである。
お金や権力、そういったものが無ければ、この封建社会では無力だ。魔法の力なんて、何の意味も持たない。せいぜい街のゴキブリを蹴散らす程度のものでしかないのだ。
毎日蒼白な顔をして、ギルドと宿をうろうろと往復して、帰っては部屋で蹲った。
そんなある日、コンクールは中止となり、グランパドス商会は破綻し、ドラ息子の会頭は夜逃げした。後援のメルキス伯爵家は破産。なんでも、金が入ってくるのを当てにして毎日豪遊してたらしい。馬鹿か。
なんか、心の持っていきようが無くて、どうしようもなくて部屋に引き篭もって蹲ってしまった。膝を抱えて、指で髪をいじくりまわして。自慢の髪の手入れも怠り、下着を替えることすらしない。
自分でどうしようもない。気持ちをコントロールできない。自分はこんなにも弱かったのか。無限の魔女なんて呼ばれて、何でもできるような気になっていて。ばっかじゃないの。涙が溢れてくる。前世の25年の記憶も経験も全く役に立ちはしない。
ガルちゃんが鼻面を寄せてくる。リオンの心情を慮ってか、話しかけてはこない。リオンは、彼をそっと抱き寄せて抱きしめると、顔をうずめた。
「リオンちゃん。入っていいかな?」
マーサおばさんの声がする。返事はしない。
そっと、おばさんが入ってくる気配がする。ワンコに顔をうずめて、蹲ったままだ。
おばさんはよっこらしょっと言って、リオンの隣に座ると、話しかけた。
「あのね。世の中には、どうにもならない事って一杯あるわ。お父さんが冒険者をやめて、この宿を開いたときもそうだった。王都のど真ん中で、高い土地建物を無理に買って。でも、それで冒険者の宿なんかにしちゃうもんだから。
なかなか軌道に乗らなくてね。そんな時、私達も結構俯いてしまって。
でも、色んな人が相談に乗ってくれて、助けてくれて」
優しくリオンの髪を撫でつけながら、
「人間はけして一人じゃないのよ。リオンちゃんには、私達がいるわ。それに冒険者のおじさんたちも。みんな心配してるわよ」
そう言って、ガルちゃんごとリオンを抱きしめた。リオンは少し震えていたが、やがてしゃくりあげ、嗚咽のような声を上げながら、
「うわあーーん、おばさん、おばさん。うええ、あ……ぐ……う、ふう……」
リオンは堰を切ったように大きな声で、そして押し殺したように、マーサにむしゃぶりつくようにして泣き続けた。ガルちゃんも慰めるように、前足でぐりぐりするのだった。
やがて、泣きつかれて眠ってしまったリオンをベッドに運び、優しく布団を被せて
「じゃあ、ガルちゃん、後はお願いね」
ガルちゃんはリオンを起こさないように、軽く鼻を鳴らして、傍らにしゃがみこんだ。
部屋の外にはロバートおじさんや、バネッサ、他の冒険者達もいて、心配そうにしていたが、マーサはにっこり笑って、
「きっと、もう大丈夫だから。明日にはまたいつもの笑顔を見せてくれるんじゃないかしら」
「そうか、それならいいんだが」
「じゃあ、下へ行って前祝とするか」
「おい、お前ら、調子に乗って騒ぎ過ぎるなよ。お嬢が起きちまう」
そんな会話が夢うつつのリオンの心に染み込んでいくようだった。すーっと、一筋の涙が頬を濡らしていった。
翌朝、バーンっと食堂のドアが開かれて、
「お早うございます!」
元気良く入ってきた女の子がいた。もちろんリオンである。
「おう、おはようさん」
手近なテーブルに据わっていた、顔見知りのおじさんが挨拶してくれた。
ロバートも、厨房から顔を出して、
「おはよう。今日はうちで朝飯食っていくかい?」
「ハイ。お願いします。それと……私、冒険者になります」
少しの間をおいて、
「「「えーーっ」」」
食堂にいた、おっさんたちがどよめいた。
作者の1作目です。よろしかったら、どうぞ。
「おっさんがオートキャンプしてたら、何故か異世界でキャンプする羽目になった」
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