2-6 夢破れて
あれから1週間ほどたった。コンクールはもう締め切られている。悪い噂が広まっていた。
今も商業ギルドで、何人かの職人が寄り集まって、噂話をしていた。
「グランパドス商会が、職人の作品を勝手に販売していると聞くが、実際はどうなんだ?」
「張り切ってうんと先に提出した人達がいたんだが、そういった作品の中から、 グランパドス商会が勝手に販売している商品があると。それも一つや二つではないんだ。問い詰める動きも出たが、自分達のオリジナルであると言い張っているらしい」
少し年のいった職人さんが、こう言っていた。
「普通はそんな事は、やらないもんなんだが。信用問題だからなあ。他の商会の連中も首を捻っているらしい。どの道そんなやり方は後が続かない。
内部でごたごたしてるのかもしれんな。そういや、あそこは最近代替わりしたと聞く。そういう時には色々あるもんだ」
リオンは気が乗らなくて、締め切り間際に提出したのだが、そんな事があったらしい。
この世界には、知的所有権保護という考えは無いが、信用第一の商人達は通常そういう仁義の無い真似はしない。次の商売で、相手に信用されなくなってしまう。
うわあ。これは多分・・馬鹿ボンが後を継いだね。子供可愛さに、そういう事をする商人も多いが、しっかり躾けて鍛えた人ならいいが、甘やかされて育ってれば目も当てられない。日本の東証一部上場企業でも、頻繁に見受けられる光景だ。
そんな事を考えながら、リオンは情報を収集していた。
ベネットさんが急がしそうに立ち回っていた。もしかしたら、噂の件と関係あるのかもしれない。何人かの職人が深刻そうに相談に来ていたし。
少し声をかけづらい。
「リオンちゃん」
「あ、ベネットさん、お忙しいんじゃ?」
「あ、ああ。そうなんだがね。これは内々の話として、聞いてもらいたいのだが」
と、前置きして、
「このコンクールはもしかしたら、中止になるかもしれない。もう疑惑が止まらなくて。職人からも苦情が入りっぱなしだ。このままだとギルドの信用問題に発展する」
ああ、そこまでいっちゃってるのか。
「窓口になったギルドも1枚噛んでるんじゃないか、って言われるんですね」
「ああ、そのとおりだ。面目ない。やらざるを得ないから、やったわけなんだが、最初から少し怪しかったのは事実だ。ギルドとしても、責任の追及は免れられないわけなんだが、傷は浅いほうがいいという結論に達しつつある」
「グランパドス商会、何考えてるんでしょうかね?」
リオンは自慢の髪を軽く振り回すような仕草で、頭を振った。
「跡継ぎの息子が、相当の大馬鹿者らしい。諌めた先代からの番頭は、昨日クビを切られたよ。嫌気の差した若い連中は、番頭を慕って一緒に出て行ったらしい。もう、あそこはお終いだな」
うっわあ。これはアカン。私の冷蔵庫……こんなコンクールに出すんじゃなかった。渾身のデザインだったのに。
まあ、あの連中に「インダストリアル・デザイン」の概念が理解できるとは思わないから、後が続かないでしょうけど。リオンはそんな思いで、商業ギルドを後にした。
今日は仕事する気になれないっていうか、ギルドがあれじゃ仕事にならない。
「ただいまー……」
いつになく、気乗りしない挨拶に、マーサは驚いて、
「あらあら。どうかしちゃったの?」
「あー、コンクールがなんか、駄目になりそうで。がっかりです」
リオンは、椅子にへたりこむような感じで、フロント横のロビーというか、単に机と椅子がおいてある場所に座り込んだ。
「まあ、そう……。残念だったわねぇ。元気を出しなさい。今、お茶を入れてあげるわ」
マーサはそう言って、棚からお茶と焼き菓子を取り出した。魔道具の湯沸かし器でさっと湯を沸かし、お茶を出してくれた。
バネッサもフロントで帳簿を付けていた手を止めて、リオンの向かいに座った。
「えー、コンクールが駄目になっちゃったの?」
「うん。多分出品物も戻ってこないね。最初から騙し取るつもりだったみたい。その代わり、あそこの商会はもうお終い。中の人間も、もうついていけないみたいだし、他の商会や職人達の信用も全部失っちゃったし。この国の王都で、これだけやったから、他の国でも、もう駄目でしょう」
リオンも顔を顰めながら、返事をする。
「これから、どうするの?」
「まあ、今まで通り、商業ギルドを通して地道な仕事したり、カイルさんの店で防具の仕事したりね。商会設立への道がまた遠くなったわ」
セシリオの鎧で高級な仕事も経験できた。自分のレベルも上がっている。服飾関係や衣料品素材なら、セシリオに相談すれば、結構な取引になるかもしれない。
信用できない所とは商売したくはない。こっちは子供なのだ。世の中、魔法の大立ち回りだけで渡っていけないことくらい、リオンにはわかりすぎている。
前世の25年の経験はかけがえの無い財産だ。
今はとりあえず、悪友とのお喋りで心を癒す事にした。
作者の1作目です。よろしかったら、どうぞ。
「おっさんがオートキャンプしてたら、何故か異世界でキャンプする羽目になった」
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