1-10 魔女のお買い物
町並みを眺めながら、リオンはゆっくりと歩く。人通りも増えたせいか、ゴキブリ共も姿を見せなくなった。かなり賑やかな場所へやってきたせいもある。
今日はお目当てがあるのだ。この王都で、一番人気のあるデザイナー、フィリップの店だ。孤児院にいた頃は背伸びだと思って、欲しかったけど我慢していた。
店があるのは、各種ギルドなどがある中心部とはまた違った、華やかな高級店の集う界隈。日本で言えば、銀座界隈であろうか。
ここを歩く人達もまた、他の地域とは違った装いだ。
貴族や大商会の子弟、外国人の富裕層。この国は南の海に面しており、大陸随一の海運国。外国人の客も多く、貿易によって大変潤っている。鉱業や魔道具などの技術も盛んで、金持ち国だ。
孤児院の子供が潤う事は無いけれど、それなりに仕事口があるのは否めない。貧乏な国に生まれなくてよかったと、小遣い稼ぎに行く度にリオンはいつも思っていた。
憧れのフィリップ・ブランド、今回は見るだけでもいいな。でも安かったら買っちゃおうかな。ウキウキして、足取りも軽い。やがて、店が見えてきた。華やかな通りの一等地にある。周りの店を眺めながらなので、退屈はしない。
ガラスは高級品なので、なかなか使っている店は少ないが、お店の外装や看板を見て歩くだけでも楽しい。あたりを歩く人達の服装を見ているだけでも、うっとりだ。
子供が一人で歩いているだけだと、つまみ出されそうな気もするが、なかなかに立派な格好をしているので、どこのお嬢様だろうとか思われるだけだ。この世界には無いような立派な素材を使っているし。
何しろリオンという素材自体が超良品なのである。魔法を使って暴れたりはしなければ、この界隈でも化粧抜きで十分過ぎるほど鑑賞に堪える。
お店は流行っていて、賑やかしかった。少し気後れしたけれども、勇気を振り絞って中へ入っていった。
思わず、ほわ~っとしてしまう。そこはもう、なんていうか、別世界だ。素晴らしいブランドデザインに囲まれて、天にも上る気持ちだ。
店員が声をかけてくれる。立ち居振る舞いもその辺のお店とは訳が違う。まさにエレガントだ。
「お嬢様、本日はようこそお越しくださいました。お一人様で?」
きっと、子供一人で来るのが、珍しいのだろう。
にっこり笑って、「ええ」とだけ。
「それでは私がご案内させていただきます。セシリオと申します。宜しくお見知りおきを」
セシリオさんは40歳くらいの感じのナイスミドルだ。比較的がっしりとした感じはするのだが、太ってたりしなくて、店のブランドを見事に着こなしている。キレイに撫で付けられた金髪に、優しさを湛えた青い瞳。なかなかのイケメンだ。おじ様に弱い女の子なら、ころっと落ちてしまうだろう。
「宜しくお願いします」と、ワンピースの裾を両手で摘まんでご挨拶。
色々案内してくれたし、とても楽しんでいたが、同時に冷や汗も搔いていた。どれもこれも、値段が書いてない!
そんなことを気にする客は自分以外にいないという事だ。10年早いとはまさにこの事。
「どの商品が御気に召されましたでしょうか」
商品はどれもこれも、御気に召しはしたのだが。
お、お値段がね。金貨20枚までは出してもいいと思ってきたけれど、それで買える物が果たしてあるのかどうか。
つまみ出されるのを承知で予算は伝えておくことにした。
「ちょっと、お耳を」
「はい?」
屈んでくれたので、ゴニョゴニョ。セシリオはにっこり笑って、かしこまりました、と。
手頃な小物アイテムを中心に選んでくれた。どれここれも素敵だったので、悩んだが、レースのハンカチ金貨2枚、小さなポーチ金貨3枚、可愛いブレスレット金貨3枚。予算は出来れば金貨10枚まで、小物で見繕ってくださいとお願いしておいたのだ。
満足すべき戦果だった。その他迷ったものの値段も教えてもらっておいたので、次回は安心して買い物に来れる。セシリオに礼を言って、退出しようとした正にその時。
ぞわっ。何かの気配がうなじを逆立てさせた。何、これは?
これは何かいけないもの。思わず振り向いた。リオンのただならぬ様子に、セシリオが、「お嬢様、どうなさいました?」
この人は何も感じないの?
リオンは、ほぼ無限の魔力を操る特別な魔法使い。常人が感じられない、わずかな魔力もリオンには、水面に岩を投げたように感じ取れる。その性質まで。
だが、しばらくすると、空間に何かが凝集していく気配。
セシリオも気づいたようだ。
リオンは魔力を凝集させて備えた。思わず箒を出していた。癖になってしまっているようだ。奥にいた客から悲鳴が。店員達も騒いでいる。何かが店の中に現れようとしていた。
「みんな、早く外へ出て! これは良くないもの。魔性の物!」
リオンは叫んだ。
パニックになりかかった客達を店員は、見事に誘導していく。どこからどこまでも、有能だな。横目で見ながら感心していた。
ふと、セシリオが横にいることに気づいた。
「あなたも逃げたほうがいいかもよ? ちょっと、やっかいな物件みたい。やりあうんなら私も表に出たいとこなんだけどね」
客達が避難を終了するまで、魔力でけん制している最中だ。この男何故逃げない? 最早とんでもない魔力の流れが店内を渦巻いていて、普通の人間など、卒倒してしまうレベルにある。
「オーナーとして、お客様を置いて逃げることなど出来ませんよ。しかし、ありがとうございます。おかげで、他のお客様の避難が終了しました。どうか、貴女様も外へ。無限の魔女リオン様」
自分の事を知っているのか。チラと、セシリオの方を見ながらリオンは考えた。この男何者。この状態で平然として、しかもあいつとやりあおうなんて考える人種は2つしかないはず。
「あなた、オリハルコン?」
セシリオはにっこり笑って、胸元から輝くオリハルコンの最上級冒険者プレートを取り出した。
ちなみに、もう一つの人種は王宮のミスリル騎士団だ。
「そう。でも嫌よ。だって、そんな事したら、お店の中の商品が目茶目茶になってしまうじゃないの。王都の女の子を代表して、そんな事は赦さないわよ。無限の魔女の名に懸けて退治するわ。ところで、こいつ一体何? 精霊系かしら。それにしては荒ぶってるわね。あ、まさか……」
「ご名答。そのまさかです。来ますよ」
「ええっ? だって、あいつらって……」
その後は会話にならなかった。そいつが凝集する魔力の中、虚空から姿を現したからだ。
超獣。大陸の真ん中の不可侵領域、その大森林の住人の一つである。魔物。それも半端でない代物である。
作者の1作目です。よろしかったら、どうぞ。
「おっさんがオートキャンプしてたら、何故か異世界でキャンプする羽目になった」
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