約束
イルは、分からなくなっていた。
魔王は絶対悪。そう信じていたからこそ、彼は此処まで戦ってこれたのだ。
しかし、実際に蓋を開けて聞かされた真実は。
人類の方が悪であり、魔王は、それを諌めただけの星の代弁者であるのだという。
自分は、何のために此処まで来たのか。
人類の未来を護ること、それ自体が愚行であるのだと思い知らされて──
『悩むことなんかねぇ。イル』
俯いたイルの視線の先で、何かが光る。
ラルヴァンダードから受け継いだ、彼のマグスの星だった。
絶えず渦を巻くような模様を描いていた石に、細かな亀裂が入る。
くしゃ、と紙を握り潰したかのようにそれはイルの胸元で砕け散り。
光の欠片を吐き出し、それは、イルの横で白い法衣を纏った青年の姿を取った。
『おめぇ、おれに言っただろ。全部が終わったら一緒に暮らそうってよ』
淡い光を纏った青年は、その場に片膝をつき、イルの肩に優しく触れた。
感触も、温もりもない。しかし不思議と、包み込まれるような感覚がイルの中に生まれた。
『それが人類の願いだって、ノヴリージェに伝えてやればいい。今までみてぇなことは2度と繰り返さねぇって、全力で叫んでやればいい。そのためにおめぇは此処まで来たんだ。それを、他でもねぇおめぇ自身が信じてやらねぇでどうするんだ』
「────」
イルは、拳をきゅっと握り締めた。
そうだ。自分は確かにラルヴァンダードに言った。
違うもの同士が分かり合えないことなどない、と。
それと同じなのだ。人間と神の眷属が心を通わせられるのならば、星とも同じことができないわけがない。
証明してみせればいい。すぐに明確な答を示せなくても、それができると、胸を張って断言してやればいいのだ。
「──オレたちは」
イルは開口した。
「昔が駄目だったから今も駄目だなんて、思わない。オレとゼノヴィアが分かり合えたみたいに──星と人間が分かり合うこともできるって、思ってる」
「それが真の言葉ならば、証明してみせよ」
ノヴリージェは杖の先端をイルへと向けた。
「言葉では何とでも言えよう。その言葉が偽りではないと、汝はどのように余に証明する?」
「オレたちと一緒に生きればいい」
イルは剣を手離した。
使い手の手を離れて宙に霧散していく剣を見つめながら、イルは続ける。
「オレたちが、口先だけの存在じゃないってことを──あんたは此処で見届ければいい。オレたちは、全力で証明してみせるよ」
「……汝は、余を許せぬと申したな」
「そんなのは、もうやめだ。あんたの話を聞いてたら、そんな気はなくなっちゃったよ」
ふっと笑って、人差し指の先をノヴリージェの顔へと突きつける。
「だから、あんたもオレたちをもう1度信じてみろよ。きっと後悔はさせないって、約束してやるから」
「…………」
悠然とイルを見据えていたノヴリージェは──
イルにくるりと背を向けて、全身を細やかな光の粒子へと変えて、彼の目の前から飛び去っていった。
「──1度だけだ。汝らが余を裏切ったその時は、余は再び大地へと立つ。そうならぬように、汝は生涯を賭けて人の子に説いてみせよ」
「──ああ」
イルは頷いた。
「任せておけって」




