魔王たる神と愚者たる勇者
「皆、還ったか……」
玉座に座るセーフェルを悠然と眺めていたノヴリージェは、背後のイルの存在に気付き、ゆっくりと振り返った。
「余の心を継いだ、愛しき子供たち。宣託者の振るう刃の前に肉の身体を捨て、余の胎を巡る生命の欠片となりゆくか」
ふっふっと笑い、杖で足下をとんと打ち鳴らす。
「汝が、まさに予言にあった宣託者であると言えよう」
「皆の仇だ……お前は謝っても許さないからな」
イルは剣を体の前で構え、ノヴリージェを睨み付けた。
そんな彼に、ノヴリージェは言った。
「汝は、余の生命を欲しているのであろうな? いつかの人の子がそう申していたように」
1歩前に進み出て、自らの胸を掌で撫でる。
「汝が相手であるならば、構わぬよ。余の生命、欲するならばその手に掴むと良い」
「……何だって?」
予想外の言葉に、イルの片眉が跳ねる。
魔王討伐に来た勇者に、その魔王は喜んで自らの命を差し出すという。
あまりにも突拍子のないノヴリージェの言動に、イルは攻撃を仕掛けるタイミングを完全に見失っていた。
「余が生きる目的は……この星を巡る生命の嘆きを、人の子に伝えること。人が為した悲劇の連鎖を、人の歴史に刻むこと。それが叶うならば、余の肉の身体が失われようが構いはせぬのだ」
「…………?」
「──遠き昔」
ノヴリージェは遠い目をして、眼前を見据えた。
その視線は、目の前にイルを捉えてはいない。もっと遠くの、壁をも突き抜けた向こう側の空を、見つめていた。
「この星の生命のひとつとして生まれ落ちた人の子は、愚を冒した。いたずらに他の生命を狩り、独自の世界を築き上げた。そこには、他の生命との共栄の念は含まれていなかった」
静かに目を閉じ、ふぅと小さく長い息を吐く。
「星の生命をも貪り、星の生命が尽きんとしていることを知るや否や、遠き空の彼方に存在する他の星へと移り住まんと、それを叶えるための術を生み出した」
豊かな暮らしを追求した人類は、開発に次ぐ開発を重ね、星の資源を限界まで使い果たした。
資源が枯渇すると知るや否や、次に人類が目をつけたのは、広大な宇宙に数多と点在する他の星──
人類はこの星を捨て、外の世界へと移住するための技術を開発した。
それが今より、200年は昔の出来事。
「余は、人の子に必死になって訴えた。だが、余の言葉は人の子には届かなかったのだ。余の言葉は星の言葉、人の子には、人以外の存在の言葉を聞く術が備わっていなかった」
星の悲しみは、嘆きは、どんなに叫ばれど人類に届くことはなかった。
だから、星はひとつの決断を下した。
「言葉が届かぬならば──実際に、この手で、伝えるしかあるまい。汝ら人の子の愚行が、如何に余を絶望させたのかということを」
星の想いは神を生み、彼は魔王として人類を粛清した。
人類が築き上げた文明を破壊し、新たな理想郷を、生命の営みを、築き上げた。
敢えて人間のように振る舞っていたのは、未だ何処かで生き永らえている人類の生き残りに、それまでの人類の文明が如何に愚かなものであったのかを伝えるため。
同時に、身を分けて生まれ落ちた同族たちに、2度と同じ愚行を冒させないため。
全ては、星の生命を想っての行為だったのだ。
「イル・ソリュード。余と同じ星の想いの力を継いだ聡明で愚かな人の子よ」
ノヴリージェは目をゆっくりと開き、その視線をイルへと合わせた。
「汝は、余の写し鏡である。汝が余の生命を手にしたその時は、汝が新たな神となる。その宿命が、既に汝の中に宿っている」
「……!?」
「星の嘆きを、悲しみを、苦しみを知り、苦悩するが良い。己が愚かな人の子であるという事実に。そして後悔するが良い。余の生命を手にすることが、如何に愚行であるかということを。……英雄など、ただの幻想譚に過ぎぬのだ」




