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廃都を翔ける流星

 都市オベクナ。

 神の眷属デミウルゴスに廃都と呼ばれるその場所から、空は見えない。

 昼は荒れ狂うような砂塵に、夜は雲の如く広がる濃霧によって天に蓋をされ、目にすることができないというのがその理由だ。

 広大な砂漠の一角に存在する、常夜の死都。

 此処で神の眷属デミウルゴスの目を逃れて今もなお生き永らえている人々は、廃都と化した都市の地下に集落を作り、時折やって来る神の眷属デミウルゴスの脅威に警戒し、あるいは反撃の機会を伺いつつ、息を潜めた生活を送っていた。

 幸い集落を作った地下には水脈があったため、飲み水には困らなかったが、食糧はとにかく手に入らなかった。

 大人が命懸けで砂漠の外から持ち帰った動物の肉やら果実やらで飢えを凌ぐ生活。太陽の光がないために自ら畑を作って作物を栽培する土壌を得ることができなかった環境。

 まさに死地と呼べるこの地では、子供もろくに育たない。

 故に、若者は何かと重宝され、そして人類に希望のある未来を齎す存在として育てられていた。

「イルー、あまり外をうろつくなよ」

 イルも、そんな大人たちに希望を見出された数少ない子供の1人である。

 140センチほどしかない身の丈は、16歳の少年のものとして考えるならば相当に小柄だ。これは食環境の問題から自然とそうならざるを得なかったことなのだが、当人は外見を気にしない性質たちだったので問題になったことはこれまでに1度もない。

 引き攣ったように縮れた栗色の髪や日焼けに無縁な肌が砂埃で黒っぽく汚れていることは、此処に住む者の外見としては割と普通のことであるが──彼の場合は少々汚れすぎだろうか。大人の目を盗んでは地下から抜け出し、神の眷属デミウルゴスが徘徊する地上を歩いている彼は、何かと埃まみれになる機会が多いせいである。

「連中に見つかると面倒だからな。この前も襲撃に遭って1人やられてるんだ。いたずらに連中を刺激するんじゃない」

「見つかるようなへまはしないって」

 背後から呼びかけてくる大人に適当な返事を返し、イルは瓦礫で覆い隠してある穴から外へと這い出した。

 髪を軽く手櫛で撫でながら、壁の隙間を縫うように通り抜け、大通りに出る。大通りといっても、そこかしこが瓦礫で埋もれているため動き回れる広さなどないのが現実だが。

 砂塵が収まっている夜は、とても静かだ。

 持って来た蝋燭が生む明かりが照らす僅かな範囲だけしか見通すことはできないものの、地下と違い、全身を包む開放感が地上の広大さを教えてくれる。

 この広大な土地を単身歩いて、魔王討伐のための旅に身を投じた親しき兄の顔を、イルは思い出した。

「……大丈夫かな。イシス兄」

 つい、口に出してしまう。

 無論『兄』とは言うが本当の兄弟ではない。

 オベクナに住む子供の中には孤児が多く、イルもそんな子供の中の1人だ。

 イシスは、そういう子供たちの集団の中で最年長の部類に入っていた存在で、あれこれと幼年組の世話を焼いたりと面倒見の良い性格だったこともあってか、いつしか皆から慕われて兄と呼ばれるようになった人物だった。

 大人に混ざって都市の外へ狩猟に出ることもあり、都市に姿を見せた神の眷属デミウルゴスと戦い、人々を護ることも多々あった。

 神の眷属デミウルゴスと生身で刃を交え、生き残れる人間は数少ない。若いということもあり、大人からもイシスは人類の救世主として期待されていた。

 とはいえ──魔王は別格だ。実際にそれを目にしたことがないイルでも、そのことくらいは分かる。

 だからこそ、安否が心配になってしまうのだ。

 何となしに真っ暗な空を見上げ──

「……ん?」

 視界内を滑るように横切っていった光の存在に、眉を顰めたのだった。

 光は小さい。そして想像していたよりも、ずっと空の低い位置を飛んでいるようだった。

 都市を飛び越えて、砂地ばかりが何処までも広がっている平原の方へと落ちていく。

 イルが今立っている場所から、そう遠くはない。子供の足でも、比較的すぐに行けそうな場所のようだった。

 もしも神の眷属デミウルゴスが近くにいたならば、今の光はまず間違いなく彼らの視界にも入ったことだろう。現地に向かえば、下手をすれば鉢合わせになる可能性がある。

 イルでは、神の眷属デミウルゴスを撃退することはできない。普通に考えたら、足を運ぶべきではない。

 が──

 イルにとっては、今の光が何なのかを知りたいという好奇心の方が強かった。

 蝋燭の炎を吹き消し、ベルト代わりにしている腰紐に折れないようにしっかりとそれを結び付けて、彼は光が落ちていった方向を目指して瓦礫の隙間を進んでいった。

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