狂乱の歩み
「ヴェゼヴィーユ」
階段をのろのろと昇るヴェゼヴィーユの前に、漆黒のドレス姿の女が立ち塞がった。
冷笑を浮かべた表情はそのままに、瞳の奥に宿した冷気を何倍にも鋭くした眼差しを、彼女は彼へと向けている。
「貴方を処断します。理由は述べなくても理解していますわね?」
「…………」
ゆらり、と伏せ加減だった頭を持ち上げて、クラウディアを見上げるヴェゼヴィーユ。
虚ろな眼差しが、悠然と佇む彼女の顔を、捉えた。
「……力を……」
呟いて、彼はふらりと前へと進み出る。
両腕を伸ばし、クラウディアの喉笛を握り潰さんばかりの力で掴み上げた。
「……う!?」
半死人とは思えぬほどの尋常ならざる力に、クラウディアの表情に焦りの色が浮かぶ。
きりきりと気管を締め上げられ、彼女はかはっと喘ぐような咳を漏らした。
「この……力は。ヴェゼヴィーユ、貴方は一体何処まで──」
「……血を……奴らを倒すための力を、血を、寄越せ……!」
──彼女は、エルシャダイの盾。同じ使徒とはいえど、その存在のあり方は根本的に違う。
攻めるための者と、護るための者。
最強の力を有するエルシャダイの剣の力に抗うだけの力は、護るだけの彼女には備わっていなかった。
ヴェゼヴィーユの凶牙が、クラウディアの白い喉に突き立てられる。
クラウディアの手から扇子がぽろりと零れ落ち、具現力を失って塵と消えていった。
「……う、あ……父、上……この、男、は」
膝が笑い、力が抜ける。
がくりとその場に崩れ落ちるクラウディア。そんな彼女をヴェゼヴィーユはなおも離そうとしない。
こうやって、緑の賢者も、妹も殺されていったのかと何処か他人事のように自覚しながら──
クラウディアは、魂の一欠片までもを吸い尽くされ、目を見開いたまま息を引き取った。
「……くく……」
クラウディアの喉元から口を離し、ヴェゼヴィーユは笑う。
先程より幾分もしっかりとした様子で立ち上がり、彼は、唇を舐めながら上階へと続く道を悠然と見上げた。
「……そうだ。これこそがエルシャダイの使徒として相応しい力。私は、ようやく、王の御身をお守りすることができる……」
背の翼をばさりとはためかせ、彼は歩みを再開した。
先にいるであろう勇者と、裏切り者。その背中の存在を決して遠くないものとして感じながら。




