もしもの話
「イル」
前方を歩く小さな身体を見つけ、ラルヴァンダードは声を掛けた。
イルが振り向く。その横に並ぶようにして移動して、彼はほうと一息ついた。
「随分のんびりしてたな。追いついちまったじゃねぇか」
「そっちこそ……早かったんだな。あいつは?」
「……あそこまですりゃ、流石に動けねぇだろ。しばらくは放置しといて大丈夫だと思いてぇな」
これで後はクラウディアだけだ、と言って、掌を拳でぱちんと叩いた。
「あの女を倒して──そうすりゃ後は王だけだ。おめぇも気合入れろよ。これで最後なんだからな」
「覚悟はできてるさ」
イルは笑って、前を向いた。
立ち止まっていた足を再度動かして、1歩ずつ、確実に階段を上がっていく。
「オレが世界を救うんだ、なんて立派なことを言う気はないけどさ。でも此処まで来ちゃったんだから、最後までやらなきゃ。イシス兄のためにも」
「……そうだな」
出会ったばかりの頃は、剣の使い方もろくに知らないただの子供だったのに。
ドミヌスを継承して身体が色々と強化されている影響も無論あるのだろうが、随分と大人らしく立派になったものだと思い、ラルヴァンダードは微笑んだ。
彼なら、本当に神を倒してこの歪んだ世の理を正してくれるかもしれない。
そうなるように、精一杯できる限りのことをして、彼をサポートしてやらなければと改めて決意を固める彼なのだった。
「……なあ、ラルヴァンダード」
「……何だ?」
「もしも、オレが魔王を倒して、世界が平和になったらさ……あんたは、どうするんだ?」
それは、唐突な質問だった。
ラルヴァンダードは目を瞬かせた。
考えること、しばし。小首を傾げながら、彼は口を開く。
「さあなぁ……考えたこともなかったな。けど、おれは神の眷属だからな……今までと同じ風に生活、ってわけにゃいかねぇだろ」
いくら彼がイルに協力し、共に神と戦った存在であるとはいえ、彼が神の眷属であるという事実には変わりがない。
人類が神の眷属に迫害され続けてきた歴史を、そう簡単に忘れ去ることができない以上は。彼は、人とは相容れない存在なのだ。
「ま、工房に戻って、細々と生活してくんじゃねぇのかね? おれの居場所は、もうあの場所にしかねぇんだから」
それも、彼の正体を工房の人間が知ったら──
それでも彼は、その場所に受け入れられ続ける存在であれるのだろうか。
「……もしも、あんたが良かったらだけどさ」
イルはラルヴァンダードの目をまっすぐに見据えて言った。
「オレたちと、一緒に暮らさないか? 工房の人たちも連れて、皆で新しい街作ってさ。きっと上手くいくよ」
「はぁ?」
ラルヴァンダードの片眉が跳ねた。
「おめぇ、夢物語語るのも大概にしとけよ。おれは神の眷属だぜ? オベクナの住人が、そんなの受け入れるわけがねぇだろが」
「そんなの、やってみなけりゃ分からないだろ? あんたがいい奴だってのは、オレが保障する。話せば、きっと理解してもらえるさ」
「……甘ちゃんだなぁ、おめぇは」
は、と溜め息混じりに笑うラルヴァンダード。
「自分と違うモンを迫害する習性があるのが人間だ。絶対に無理に決まってら。そんなの。もしもそんなことができたなら……裸で砂漠1周でも何でもしてやるよ」
「言ったな? 練習しとけよ?」
視線を交わし、2人同時に破顔する。
夢物語。確かに、イルの話は夢のまた夢の話だ。
人間と、神の眷属が共存するなど──
でも、もしも。本当に、そんな話が実現するとしたら。
それも悪くはないと、思うラルヴァンダードだった。
「……ありがとよ」
相手に聞こえない程度の小さな声で呟いて、彼はおしっと気合を入れた。




