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それぞれの決意

 此処は、普段マグスが詰めている部屋とは別の場所にあるラルヴァンダード専用の工房である。

 普段他者の出入りがないこの部屋に、ラルヴァンダードは王との対決に敗れたイシスを匿っていた。

 表向きは研究材料にするという名目で。本当は彼の怪我を治療して外にこっそりと逃がしてやるつもりで。ラルヴァンダードは、イシスにこの部屋に身を隠しているように提言していた。

 それが、仇となった。

 ラルヴァンダードが外に出ている間に、イシスはグシュナサフに連れ出されてしまった。

 後のことは、イルが目にした通りのものだ。

 二の舞にはしないと、誓っていたのだろう。イルが自らの足で外に出ると言い出すまで、ラルヴァンダードは片時もイルからは目を離そうとしなかった。

「……此処を出れば、中央塔の入口に出られる」

 隠し通路を先導しながら、ラルヴァンダードは言った。

 今までとは違う賢者の法衣姿がそう見せるのだろうか、今の彼は、以前よりも厳しく頼もしい存在に、イルの目には映っていた。

「先に出るぞ」

 戸口から滑り出るように外に出ていくラルヴァンダード。やや遅れて、イルもそれに続く。

 見覚えのある塔の入口が、先と変わらぬ様子で2人のことを出迎えていた。

「おし……再戦だ。今度は逃げねぇ、1人残らずブッ潰してやる」

「なあ、ラルヴァンダード」

 自らの掌を拳で叩いて気合を入れるラルヴァンダードに、イルは尋ねた。

「あんたは、何でオレの味方をして、魔王を倒す手助けをしてくれるんだ?」

 イルからすれば、それは疑問でしかなかった。

 神の眷属デミウルゴスであるラルヴァンダードには、エルシャダイと対立する理由はないはずなのだ。

 いくらイシスとの旧友説が本当のことであったとしても、それだけで、自身の命が危うくなる王都転覆に力を貸してくれるものなのだろうか。

 ラルヴァンダードは、その辺に視線を這わせながら答えた。

「……嘘を信じられるほど馬鹿なつもりはねぇってことだ」

「?」

「何でもねぇ。要はおれにはエルシャダイと相容れねぇ理由があるってことなんだよ」

 振り向き、イルの肩をぽんと叩く。

「エルシャダイの使徒は──おれに任せろ。おめぇはエルシャダイだけを見てればいい」

「……あ、ああ。そういえばあんた、グリモワール使えるんだもんな」

 グリモワール、の一言で思い出したらしい。イルは懐に手をやると、首から掛けていたペンダントを外して、ラルヴァンダードへと差し出した。

「これ、返すよ。元々あんたのなんだろ? 持ち主が持ってた方がいいんじゃないのか?」

「……返してくれるってんなら返してもらうが……おめぇは、ドミヌスの扱いに自信が付いたのか?」

 イルは頷いた。

「感覚は……何となく掴めた気がする。後は実際にやってみて、慣れるよ」

「そうか。んじゃ返してもらうぜ」

 ラルヴァンダードはイルからペンダントを受け取り、自らの首に掛けた。

「短期間で、逞しくなったもんだな。びっくりだ」

 笑って、前方に視線を戻して──

 その笑みが、一瞬にして引っ込む。

 塔の入口の前に、白い燕尾服姿の男が佇んでいるのを、目にしたからだ。

「……やはりな。先のは狂言か。警戒しておいて正解だった」

 ヴェゼヴィーユは左手に剣を喚び出して、2人をひたと見据えた。

「ラルヴァンダード。貴様には失望したぞ。マグスとしての──いや、マグスと呼ぶのもおこがましいか。一族の裏切り者め」

「随分必死じゃねぇか、兄貴。さては失態続きで一族に居場所がなくなってきやがったか? ざまあみろ」

「……もう失態は冒さん。貴様らは私が此処で始末する」

 ラルヴァンダードの挑発にも表情ひとつ動かさず、ヴェゼヴィーユは剣先を2人の方へと向けた。

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