計略
「痛……」
身を起こしながら、イルは何に足を引っ掛けたのかと懸命に足下を見やる。
そこには、無造作に差し出されたゼノヴィアの足があった。
ゼノヴィアが、イルに足払いを仕掛けて転ばせたのだ。状況から、それは訝るまでもなくすぐに分かった。
「何するんだよ!」
抗議の眼差しを向けるイルを、ゼノヴィアは悠然と見下ろしている。
口元に、笑みを刻んで。
「……ったく、子供ってのは本当に人を疑うことを知らねぇのな」
前髪を掻き上げてくっくっと肩を揺らして、腹を下から上へ掌で撫で上げる仕草をした。
ゼノヴィアの全身が、青い炎に包まれる。
炎は彼の全身に巻かれていた包帯を焼き、素肌を露わにした。
謎の紋様がびっしりと右半身を覆った身体を惜しげもなく晒して、ゼノヴィアはイルの真正面に立つ。
「お陰で、仕事はやりやすかったけどな。感謝するぜ」
「……あんた……神の眷属なのか」
「そうだな。改めて自己紹介でもしてやろうか」
その場にしゃがみ、身を起こそうとしているイルの顔を覗き込んで、笑った。
「おれの名前はラルヴァンダード。王都が誇る3賢者の1人、『黄金』の名を冠した白の賢者だ」
「……死んだのかと思っていたぞ」
歩みを止め、ラルヴァンダードの顔をじっと見つめるヴェゼヴィーユ。
そんな彼を、ラルヴァンダードは鼻で笑った。
「敵を騙すにはまず何とやらって言うだろ。そう簡単にくたばるわきゃねぇだろが」
立ち上がり、イルの背中を無造作に出した足で踏み付ける。
唐突に身体を押されたイルは、その場に突っ伏してしまった。
「なあ、兄貴」
一転して真面目な面持ちになり、ラルヴァンダードは言った。
「イシス・プライウェルをおれの工房から勝手に持ち出したのはおめぇか? 困るんだよ」
「!……」
イシスの名が出て、イルの表情が強張った。
「せっかくの研究材料を、許可なく勝手に弄りやがって。お陰で研究がパーになっちまったじゃねぇか」
「……私は知らん。グシュナサフの独断だろう」
「ち。文句も言えねぇとか最悪だぜ」
八つ当たりのように、イルを踏み付ける足に力を込める。
「なら……その代わりとして、こいつはおれが貰う。文句は言わせねぇぜ」
「……勝手にしろ」
「ありがとよ」
ラルヴァンダードの左手に、薄紫に輝く光の玉が生まれる。
彼はそれを、迷わずイルの背中に向けて叩き付けた。
ばちっ、と空気中の塵が爆ぜるような音がして、イルの全身を電気ショックのようなものが駆け抜けた。
信じていたのに騙されたという絶望感が渦を巻きながら、イルの意識を押し流していく。
拳を握り締め、最後の抵抗と言わんばかりに顔を持ち上げて──視界の端にラルヴァンダードの笑みが薄く貼り付いた顔を捉えたところで、イルは気を失ってしまった。




