蟲喰い
「御主は、一体こんな場所で何をしておるのじゃ?」
臨戦態勢を取るイルを目の前にしながらも、相変わらずの柔和な笑みを浮かべただけの態度でグシュナサフは言う。
眼鏡の奥の双眸を、イシスへと向けながら。
「儂は、勇者を消すように言ったはずなんじゃがの」
「……!?」
驚愕に目を丸くするイルの態度が面白かったのだろう。目を細めて笑い、彼は似たような言葉を繰り返した。
「イル・ソリュードが王の間に辿り着く前に探し出し、倒せと命じたはずじゃが。はて……忘れてしまったかの」
「…………」
イシスは黙したまま、目を閉ざす。
そして、首を左右に振った。
「俺は……貴様の手先になったつもりはない」
「御主がそのつもりでも、儂としてはそういうわけにはいかんのじゃよ」
グシュナサフは手にした杖でとんと足下を突く。
途端、イシスの全身がぴくんと震えた。
「イシス・プライウェル」
再度イシスの名を呼び、グシュナサフはあくまで温和に語りかけた。
「これ以上は押さえ切れんよ。手遅れになる前に、命令に従った方が身のためじゃよ」
「…………ッ」
イシスの身がぶるりと震える。
背を丸め、口元に手をやり、咳き込んだ。
何かを必死に飲み込もうとしている。そのように、イルの目には映った。
「──イシス兄」
イルが呼びかけると、イシスは必死になって首を振った。
更にびくんと身が跳ねて──何かが、ぽとりとイシスの足下に落ちる。
それは、毒々しい色をした、芋虫だった。
「…………断る」
ぜいぜいと呼吸を荒げながら、イシスはグシュナサフを睨み付けた。
「やりたければ……やれ。俺は……人間だ。貴様たちの尖兵になど、ならん!」
「……そうかの」
ふぅ、と肩を落とし、グシュナサフは再度杖で足下を突いた。
「……ぁ……」
イシスの目が大きく見開かれる。
その目を突き破り、何かがぼろぼろと零れ落ちてきた。
大小様々な、赤の。緑の。黄の。青の。紫の。茶の。黒の。
毛虫が。芋虫が。羽虫が。百足が。
肉を突き破り、皮膚を食い荒らし、全身のありとあらゆる箇所から。溢れ出て。
ざあっと土塊のように崩れ落ちていく兄の姿を、イルは見開いた目で見つめていた。
構えていた大剣の先端が、かたかたと震える。
唇が意味のない開閉を繰り返す。声なき声が、何かを呟く。
右の頬を、涙が1粒、伝い落ちていった。
「……!……!!」
ひゅ、と喉が鳴る。
「……うぁあああ────ッ!!」
甲高い絶叫が、中空に響き渡った。




