紙一重
血が滴る。
痛みで頬の皮膚がぴりっと突っ張ったような感覚が生じる。
しかし、それだけだ。
ゼノヴィアは手首を丸めて構えていた右手を、大きく真横に一閃させた。
ちぎれた草の欠片を纏いながら、金属の輪はサーベラスの喉元を大きく切り裂いた。
「……え?」
やたらと間の抜けた声を発しながら、サーベラスは上体をぐらりと傾がせる。
「……甘いな」
自由を取り戻した右手で、ゼノヴィアは続けて左腕の戒めを、足に絡み付く草を金属の輪で断ち切った。
サーベラスの一撃を受けた、あの瞬間──
ゼノヴィアは咄嗟に内側に金属の輪を構え、相手がぶつかってきた衝撃を利用して右腕に絡み付いていた草を切ったのである。
「死なねぇってんならそれでもいい。少しの間だけそこで寝てな」
「…………」
こぽ、と言葉の代わりに水音を吐き出して、首から下を真紅に染めたサーベラスがくず折れる。
戒めを切る際に一緒に傷付けてしまった腕の皮膚を撫で、ゼノヴィアは草の包囲網から逃れるようにその場を後退した。
すっかり静寂を取り戻した庭の風景をぐるりと一瞥し、呟く。
「……すっかり出遅れちまったな。早いところ、あいつらに追い付かねぇと──」
「サーベラス~!」
「!」
降って沸いた子供の呼び声に、ゼノヴィアの表情が険しくなる。
城のバルコニーから飛んできた道化師姿の子供が2人、同じ表情をして倒れたサーベラスに近付いた。
「サーベラス、怪我したの?」
「サーベラス、死んじゃったの?」
「どうしようローシュ、クラウディア様呼んでくる?」
「どうしようアッタ、ヴェゼヴィーユ様呼んでくる?」
ゼノヴィアは身構えた。
此処でエルシャダイの使徒を呼ばれるのはまずい。いつか知られることとはいえ、今はまだ知られるわけにはいかないのだ。
握り直した金属の輪を、双子に向けて投げ放つ。
無論こんなものが通用する相手ではないが、今はとにかく相手の注意をこちらに引き付けるのが先決だ。
金属の輪は、顔を見合わせる双子の丁度顔の間を飛んでいった。
わっと驚愕の声を上げ、揃って振り向く子供たち。
「……どうしよう。このお兄さん、ボクたちと遊びたいみたい」
「……そうだね。どうしようか、遊んじゃう?」
言って、にんまりと、満面の笑みを顔一杯に刻んだ。
『遊んじゃおっか♪』
どうやら、注意を引くことには成功したようだ。
後は──
腰から新たな金属の輪を取り出しながら、ゼノヴィアは小さく喉を鳴らす。
──この状態で戦って、勝てるかどうか、だ。




