集う同志
次の部屋は、とにかく狭い部屋だった。
部屋の広さは、これまでに通ってきた部屋と大差はない。きっと何処の部屋も、間取りは同じなのだろう。
一直線に貫くように配置されたふたつの出入口を結ぶ道が唯一の足の置き場所で、それ以外の場所は隙間なく置かれた箱によって塞がれていた。
何を保管している箱なのかは外見からでは分からなかったが、一見してかなり古いものも見受けられる辺りからして、少なくとも傷みの早いものを入れた箱ではないということだけは確かなようだ。
部屋の中央辺り、丁度通路の中間に、ゼノヴィアは立っていた。
彼だけではない。隣に、もう1人佇んでいる。女だ。
娘、と言うには少々齢を重ねすぎている感がある。いいところ20代後半か、30代前半といったところだろう。複雑に編んだ漆黒の髪を腰の辺りで束ね、白い模様が入った紺色のボディスーツのような服を着ている。青い双眸から放たれる眼光は鋭く、しかし何処か気だるげにものを見ているようにも見て取れる雰囲気は、明らかに普通の人間とは異なった印象を受けた。
彼女は目の前に現れたイルに、すぐに視線の先を向けた。動かない表情からは感情を読み取ることはできないが、少なくとも自分の存在に興味を示しているであろうことはイルにも理解できた。
とりあえず挨拶のつもりでイルは彼女に向けて軽く会釈をした。
「来たか。……知ってるだろうが、一応紹介するぜ。ジル」
ゼノヴィアはイルを顎で指し示すような仕草をして、女の方を見た。
「イル・ソリュード。細かい説明は端折るが、要は例の勇者様だ。こっちはセーフェル。ドミヌスをイルに継承した写本だ。んで……」
次に女の方をイルに示して、続ける。
「イル。セーフェル。こいつはジルディエール・アクウィム。おれの同志で、此処でグリモワール研究を専門にやってる学者だ。仲間内じゃジルって呼ばれてる」
「そのような大層な者ではありません。私は……貴方の指示通りに研究の記録を取っているだけなのですから」
ジルディエールはそう呟くと、綺麗に切り揃えられた前髪を掻き上げる。
日焼けのない白い額の中央に、赤い宝石が3粒、正三角形を描くように貼り付いているのが一瞬だけ見えた。
綺麗に磨かれた球状の石。まるでそれらが個々の目玉のように、相手を見つめているような錯覚がある。綺麗な宝石ではあるが、それ以上に異様な雰囲気があった。
「こいつが、今回の潜入に協力してくれることになってる。……ジル、手筈通りに頼むぜ」
「分かりました」
彼女はゼノヴィアの言葉に頷くと、1人部屋の奥へと姿を消した。
「潜入?」
「馬鹿正直に真正面から喧嘩売るこたぁねぇんだ。いらねぇ戦はしねぇに限るってな」
ジルディエールが去った方向に目を向けていたゼノヴィアが、振り返りながらイルの問いに答えた。
「この工房の地下に、王都と繋がってる抜け道がある。そこを使って直接王のところに殴り込みをかけるのさ」
曰く。その道は、ある日偶然発掘された道なのだという。
イシスも此処を通り王都へと向かったという話を聞かされて、イルは表情を引き締めた。
いよいよ本格的に戦いが始まるのだと、覚悟に身が締まる気持ちになったのだった。
「必要な物資はおれの部屋にある。とりあえずそこで仕度してから行くぜ」




