朽剣の末路
次の部屋は、鍛冶場の汚さなど比較にもならないほどに混沌としていた。
部屋の広さ自体は変わらない。しかしそれが幻想だと思えてしまうくらいに散らかっていた。
四方の壁を護るバリケードのように山積みにされた大量の剣、剣、剣──とにかく剣。壁際に立て掛けられ並べられているものが、途中から崩れて横倒しになったまま積まれている。おそらく立てて並べるのが面倒になったのだろう。
鞘の類はなく、そのためか刃毀れを起こしたり折れているものが結構見受けられる。
どうやらこの部屋の管理者は、それほど几帳面な性格ではないらしい。
先行したはずのゼノヴィアの姿はなかった。先程のように、1本道だからとさっさと奥へと進んでしまったようだ。
「なかなかの業物だね」
置かれた剣の1本を見て、セーフェルがそのようなことを呟いた。
同じように、こちらは実際に1本を手に取って後を続けるイル。
「イシス兄が持ってたのと同じくらい凄そうな剣だな。……何でこんな風に放置してるんだろうな? 壊れちゃってるじゃん」
刃の腹を指先で撫でて、眉間に皺を寄せる。元々はその剣も丁寧に磨かれた1本だったのだろうが、今は刀身に修復しようがなさそうな深い亀裂が入り、表面も曇ってぼろぼろである。
イシスが持つ刀剣の数々は、オベクナで手に入る武器の中では上等な部類に入る。神の眷属と戦うために、と少ない上質な素材を集めて作られたものなのだ。イシスもそれを知ってか、手入れを欠かすことはイルが知る限りではなかった。
オベクナの人間は、今ある物をとても大切にする。例え壊れても、修理不可能になるまで繰り返し何度も修理して使い続けるのだ。
無論それは、イルも同じである。──だから、このぞんざいな扱い方が信じられないのだろう。
「勿体無いなー」
「……確かに、勿体無いね」
セーフェルはイルの言葉に同意を示した。
「これ全部が、失敗作だった。これだけ作っても、神に通用する業物が1本もできなかったっていうのはね」
「……へ?」
「よく覚えておくことだね。ただの人間が神に挑むということが一体どういうことなのか。……つまりはこういうことなのさ。無謀な挑戦者の末路は、此処にある武器と同じなんだよ」
セーフェルは既に剣を見てはいなかった。横目でイルを見上げていた。
「残酷な言い方だけど、継承したドミヌスを使いこなせなかったら、君も此処にある武器と同じになる。比喩でも脅迫でも何でもなくて、絶対にそうなるんだ」
神と対峙するまでに、力を自分自身のものとして制御できるようにならなければ、その先に待ち受ける結末は死、ひとつ。
万が一はない。確実にそうなるのだ。
「ぼくやゼノヴィアには『力』がないから、君の助力はできても君の代わりにはなれない。君の代わりは何処にもいないんだ。そのことを忘れないようにね」
──それは、期待以上に願いを込められた言葉だった。
神を倒してほしいという望み。しかしそれ以上に、決して人柱にはならないでほしいという祈り。他の誰でもない彼自身のために、生きて帰るための力を身に付けてほしいという願い。
イルは口を閉ざした。剣を置き、胃の辺りに掌を添える。
今身に着けているこの衣服は、ドミヌスの力によって生まれたものだ。だから全くドミヌスの力を扱えていないというわけではない。
しかし、これだけでは神と戦うには全く足りないというのは事実だ。誰に言われずとも、それはイル自身がよく理解していた。
とはいえ、すぐにドミヌスを自在に扱えるようになるというわけでもない。言われてすぐに技術を得られるのなら苦労はないのだ。
せめて、ドミヌスとまではいかなくてもいい。グリモワールについてを教えてくれる先生がいれば、また話も違ってくるだろうに。
ゼノヴィアは、グリモワールを専攻にした学者だと自分のことを言っていた。とてもそうは見えないが、彼に尋ねれば、多少はグリモワールについての話を聞かせてくれるのだろうか。
技術の向上に繋がるような話をしてくれるとも、思えないが──
イルは溜め息をついて、腹に添えた掌をきゅっと握り、次の部屋を目指して歩みを再開した。




